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広くも狭くもない部屋に、カインとアベルは居た。部屋にはすこしの機械音がするだけで、あとはなんの音もしなかった。アベルは簡素なベッドに座り、カインは大きく外を臨む窓から、外の風景をぼんやり眺めていた。荒廃し地面が露出した、しかし広がる青空に包まれた風景を。
「エバは僕たちのことが嫌になっちゃったのかな」
アベルは膝を抱き、丸くなりながら言う。カインは応えず、ただ外を眺めている。
「僕らが目覚めたときからああしてエバは居た。でもそれもエバは嫌だったのかな」
アベルはカインに話しかけるわけでもなく続ける。
「エバはずっと窓の外を眺めていた。そんなイブを僕は見ていた。エバはただあそこに居てくれるだけでよかったのに」
「なんでエバは、僕らを裏切ったの」
アベルは膝に顔をうずめる。
「エバは裏切っていない」
窓を見ながら、カインが口を開く。アベルは顔を上げてカインを見る。
「裏切ってなんかいない。エバは絶対に俺たちを裏切ったりなんかしない」
アベルは訳がわからないと言うように首を振る。
「だって現に、エバは逃げたじゃないか。あの侵入者の手を取って。それが裏切りでなくてなんになるのさ!」
頭を抱え、ヒステリックにアベルが叫ぶ。
「ノアが試験管の中の状態で、男女を作り分ける実験に成功したらしい」
アベルははっとしてカインの方を向く。
そして笑うように顔を歪ませながら言う。
「だから、エバはもう不要だっていうわけ?」
アベルが怒りに身体を震わせる。カインはため息をついてアベルを見る。
「そんなことは言っていない」
「同じことだろう!」
アベルは机の上に置かれていたコップを、カインに向かって投げた。コップは窓に当たり、派手な音を立てて砕け散る。
「エバは裏切ったんだ。僕らを裏切ったんだ。許せない、許せない許せない!」
「落ち着け!」
カインにそう怒鳴られアベルは口を噤む。
「いいかエバは裏切っていない。そして裏切らない。これまでもこれからも」
ふたりは見つめあい、そこにすこしの沈黙が生まれる。
「兄さんは、裏切らないよね?」
アベルが力なく微笑みながら言う。
「兄さんはずっと僕のそばにいてくれるよね?兄さんは…」
そこまで言って、アベルはつう、と涙を流す。自分の言葉が胸に刺さったように。
「…当たり前だ。エバも俺も、お前を裏切ったりしない」
それだけ言うと、カインはドアに向かい歩き出す。ひとり咽び泣くアベルを残し、カインはドアの向こうに消える。
「当たり前だ。エバは俺を裏切ったりしない」
ごぽごぽと低い音を立てる水槽の前でカインは止まる。
「そうだろう?エバ」
ぼんやりした光に照らされた青緑の水の中には、人の形をした白い肉塊が浮かんでいた。