表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/15

3

イブが目覚めたのは、数時間後だった。

男の前で泣き続けたイブは、そのまま疲れて眠ってしまっていた。

「おはようイブ。よく眠れたみたいだね」

イブの身体には、男の着ていたジャケットがかけられていた。寝ぼけてむくりと起き上がったイブの身体から、ジャケットが滑り落ちる。

「イブ、目が腫れてすごい顔になってるよ」

男がくすくすと笑いながら言う。それを聞いたイブは真っ赤になって顔を隠す。

「ごめんって。謝るよ。そんなに腫れてないよ」

イブは指の隙間から、恨めしそうに男を睨む。そんな顔すらかわいい、と男は微笑ましく思う。

そのとき男の持つ端末が、ピーという機械音をたてた。赤外線の網を抜けると察知し警告するトラップだ。部屋に緊張がはしる。男はイブを壁にやり、自身の身体で覆い隠す。そして銃をドアに向け、現れるであろう敵を待つ。


「エバ、探しました」

現れたのは、ひとりの少年だった。小柄なその少年は、白い髪に、真っ赤な目をしていた。

「侵入者さん初めまして。僕の名前はノア。武器を下ろしてください。非戦闘員の技術者です」

「それならきみも、その身体のトラッププログラムを解いてくれないか。きみの身体に触れた部分が、細切れになる。そうだね?」

ノアは屈託無く笑う。

「失礼しました。ですが、あなたが変な気を起こさなければ、これは無意味なものですよ。保身のために、一応付けさせておいてください」

男はゆっくりと武器をおろす。しかしノアから視線は外さない。

「エバ、アダムから通信です。今繋げますね」

そう言うとノアは手に持っていた端末をイブの方に向けてみせた。それまで黒一色だった画面に、アダムと呼ばれた黒い髪の男の顔がうつる。

「エバ、戻ってこい」

イブが震える。

怯えているのだろう、イブの身体が固まるのが、男の背中越しに伝わる。

「侵入者に告ぐ。今すぐエバを解放しろ。そうすればここから出してやる」

高圧的。その言葉しか似合わない口調だった。しかし男はそれにも屈しない。

「塔の主要人物かな?それなら話が早い。僕達の要求を聞いてくれないか」

男は続けようとするが、次のアダムの言葉を聞いて絶句した。

「侵入者。彼女は女性だ」

「な…」

男の顔が戸惑いに歪む。イブは男の背中を掴み、動揺を露わにする。

「女性…?女性は氷河期以前に滅んだはずじゃあ…」

「お前たちの認識ではそうだろう。幾つかの細胞を残し滅び去ったと。しかしエバは生きている」

「彼女は、生きた被験体なんだ」

イブの身体が崩れ落ちた。泣いているのだろうか。さっき泣き止んだばかりなのに、と、男は空虚に思った。

「僕も、エバの卵子から産まれた人間です。カインとアベルもそうですよ」

ノアが続ける。

「彼女は人類の希望だ。お前たちには勿体無い。返してもらおう」

動揺した男とイブを嗤うようにアダムが告げる。ふたりは硬直し、動けずにいた。

「判断はお前たちに任せる。これが最後の温情だ。もしエバを返さずにこのまま逃げるなら、お前の命はない。よく考えるといい」

そう言うと画面が消えた。ノアは端末をおろすと微笑んだ。

「帰りましょうエバ。アダムもああ見えて心配しているんです」

混乱のなか、男は、自分の服が引っ張られるのを感じた。振り向くと、イブが男の背中を掴んでいた。そして、音をたてない唇が動く。

た・す・け・て

「こっちに来てくださいエバ。案内します」

「いいや、イブは渡さない」

男はノアに向きかえり言い放った。イブとノアが男の方を見る。

「行こうイブ。言っただろう?僕がきみを守ってみせる。きみが望むなら、いっしょにここから逃げよう」

一瞬、狼狽を瞳に映すが、イブは意志を持った瞳で頷く。

「きみたちが追ってこようと構わない。失敗したらもとから死ぬ予定だった身だ。イブは渡さない。帰って伝えるといい」

男は部屋に響くように言う。それを聞いたノアは微笑みを絶やさず、しかし残念そうに言う。

「わかりました。でも、そんなに死に急がなくてもいいと思いますよ。ではこれで」

ノアは背中を向けて歩き出した。ドアが閉まり、部屋はふたりだけになる。

「…そういうことだったのか」

男はしゃがみ、イブの顔を覗き込む。イブは視線を逸らし、なにかに耐える。

「大丈夫。僕がきみを守るから」

イブが男に向き直る。

「きみが何者だろうと構わないよ。ただ、きみはここを逃げ出したくて、僕に助けを求めた。それだけだ。さあ行こう」

イブは涙を拭うと頷く。男は微笑んで、イブの髪を撫でる。


ふたりは歩き出す。塔の外の自由に向かって。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ