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「エバが逃げた?」
金の髪をした男が振り返る。
「まさか、どうやって?」
同じ顔立ちの、しかし先ほどの男よりも柔和な雰囲気の男が言う。
「侵入者がいる。そいつがエバを攫って逃げたようだ」
黒い髪、黒い瞳の男が応える。
「侵入者?だって、エバがいるのはこの塔の最上階ですよ?」
他の三人に比べて小柄な少年が言う。その目は赤く、髪は雪のように真白だった。
「そんなことはどうでもいい。俺たちのするべきことはひとつだ。そうだろうアダム」
猟奇的とさえ言える瞳で金の髪の男が言う。アダムと呼ばれた男は口元に笑みを浮かべると言った。
「ああ。侵入者を殺してエバを連れ戻せ。どんな手段を使っても構わない」
「なんだってきみはあんなところにいたんだい?」
イブが振り返る。侵入者の男はゴーグルを着けて、いくつめかのドアロックを外している最中だった。
「なにか相当酷いことをしでかしたのかな?実は凄腕のハッカーだったりして」
イブは目を見開いて首を振る。
「まあそうだろうね。でももしも合ってるなら、このドアロックを外す手伝いをして欲しかったな。ああイブ動いちゃいけないよ。まだこのドアロックに付いている罠を外せていないからね」
男は笑いながらそう言う。あたりをうろうろしていたイブは、そう言われてすぐに男の後ろに立つ。
「一瞬で黒焦げになるから危ないよ。でもまあ、ほら取れた。行こう」
男はイブをドアへと連れて行こうとする。
そのとき、男は気配に気付いた。そしてイブを抱き寄せ自身も横へと跳ぶ。するとそれまで男が立っていた場所に、小さな、しかし深い穴が空いた。
「さすが、ここに侵入してくるだけのことはありますね」
そう言うと、柔和な顔立ちの男が笑顔で現れた。そしてその後ろから、同じ顔をした男が現れる。
「アベル、本気でやれ」
「すこしだけ遊んでもいいだろう?ここに侵入者だなんて初めてなんだから」
ふたりはイブと男を見つめたまま会話を続ける。
「それもそうだな」
「すぐには殺さない。エバを連れ攫ったこと、後悔させてやる」
「カインは怖いなぁ。まあ、僕も同感だけどね」
そう言うアベルの目は笑ってはいなかった。そしてふたりは銃を構える。
「イブ、さっき開けたドアの向こうに行くんだ」
ふたりから目を逸らすことなく、男はイブに言う。
「心配しなくても、エバに当てるようなことはしませんよ。あなただけを殺します」
アベルが発砲する。それが合図となり男はイブをドアの向こうへと突き飛ばし、転げながらアベルに向けて銃を撃つ。
「紳士だなぁ。でも、僕たちふたりに、ひとりで勝てるとでも思ってるんですか?」
アベルは引き金を引き、何度も男に発砲する。そしてカインは、その弾の雨のなかで、狙いを定めて確実に発砲していく。
しかし男も負けてはいない。それらの弾を避けながら、ふたりに向かって攻撃する。
しかし抵抗は長く続かない。カインの弾が男の頬を掠める。血が男の目に入り、僅かに視界が歪み隙が生まれた。
ふたりはその隙を見逃さない。決定打を打とうとしたそのとき、扉の向こうからイブが現れ、男を庇うように立ちふさがった。
「エバ!?」
動揺したふたりに向かい男は走ると、ポケットからナイフを出してカインに向かって振り下ろした。
カインは辛うじて避けたものの、バランスを崩し倒れる。
男はカインの持つ銃を遠くへ蹴ると、今度はアベルに立ち向かおうとする。しかしそれはかなわなかった。
イブが男とアベルの間に立ちふさがったのだ。
「イブ、どうして」
男はイブを見つめる。イブは悲しそうな、訴えるような顔をして男を見つめる。
アベルが動いた。アベルはナイフを取り出しイブに向かって走り出した。
男がイブを守るように抱き寄せる。アベルのナイフは狙いを失うが、そのナイフはイブの髪を切りとった。
切られたイブの長い髪が地面へと落ちる。アベルとカイン、イブ自身も、それを見つめていた。
男はその隙をついて、ポケットから小さなカプセルを取り出す。そしてそのカプセルを潰すと部屋には煙が立ち込めた。
「いくよイブ」
男はイブの手を引いて、ゴーグルを着けドアの方向に向かって走り出した。
「エバ!」
カインが叫ぶ。
「エバ、僕たちを見捨てないで!エバ!」
アベルが叫ぶ。
イブは振り返り、なにかを言いたげな視線を送ったが、ふたりの目にはうつらなかった。