12-1
イブの瞼がゆっくりと開く。
億劫そうに長い金の睫毛が揺れる。
「おはよう」
男が、いや、アダムがイブに微笑んで見せる。
イブは穏やかに微笑んで、アダムに手を伸ばす。アダムがその手を取る。そして自分の頰へ寄せて口付ける。
「イブ、すまなかった」
イブはきょとんとした顔を見せる。アダムは、そんな彼女に笑顔で言った。
「ただいま、イブ。待たせたね」
イブの動きが止まる。そして、アダムの顔を見たまま、溢れるほどに目に涙を浮かべた。
アダムはイブの身体を掻き抱いた。イブはアダムの腕の中で震えながら、しかし彼の背中を強く掴んだ。お互いの鼓動が聴こえる位置で、今までの時間を、孤独を確かめ合うように。
陽はもう落ちかけていた。朱に染まる部屋で、ふたりは長い影を落とす。
言葉にもならなかった。このいとおしさ、そしてお互いを、子どもたちを、人生を奪われた怒り、悲しみ。
懺悔にも似た怒りと愛情のなか、アダムとイブはただ、ずっと、お互いを抱きしめあっていた。
どのくらいそうしていただろう、もうすっかり陽は落ちてしまっていた。
アダムはゆっくりとイブの身体を離した。そしてイブの涙を指で拭い、真っ直ぐに目を見つめて言う。
「イブ行こう。僕たちの、子どもたちに、会いに」
イブは頷く。ふたりの目には、決意が浮かんでいた。
ふたりは手を繋ぎ、広いホールを歩く。
室内は明るいが、窓の外には濃紺の闇が立ち込めている。
言葉はない。ただ、繋いだ手の温もりだけを感じていた。
ちらりと、ホールの向こうの薄暗い廊下で、何かが動いた。
銃声がするより先に、アダムが動く。イブの身体を庇うように引き寄せ、自身は襲いくるであろう痛みに備える。しかしそれは来なかった。
アダムとイブは銃声のする方に向いた。
そこにはカインが立っていた。
「…なぜ動かない」
青ざめた顔のカインが言う。
「なんで反撃してこない!」
「僕はもうきみを攻撃することは出来ない」
アダムはイブを抱きしめていた手を離し、イブに、大丈夫だと言うように目配せをする。そして、カインの方に一歩踏み出した。
「来るな」
「カイン、アベルはどこだ」
「来るなと言っている!」
カインの撃った弾が、アダムの頰を掠める。アダムは少し目を細めたが、それでもカインから目を離さなかった。
「アベルなら死んだよ、俺が殺した。俺が殺した!」
カインが笑みに似た表情を浮かべる。絶望のなか、自我を保とうとするカインの姿が、酷く痛々しかった。
「…そうか」
「次は俺が死ぬ番だ。戦え。さもなければ殺す」
カインが銃を向ける。しかしアダムは立ち止まらない。ゆっくりと歩いて、カインに近づいていく。
「来るな」
アダムとカインの距離が、数歩程になる。
「来るなと言っている!」
カインが発砲する。
アダムは、銃口を、弾丸を、手で受け止める。弾はアダムの手を貫いて消えた。
アダムはその衝撃で、半身を後ろに持って行かれそうになるが、耐え、そしてもう片方の腕で、カインの頭を抱きしめた。
「よく…よく、頑張ったな」
カインの目が見開かれる。そして崩れるように、アダムの肩に顔を埋めた。
「アベルのところへ、案内してくれ」




