矛と盾の初対面
初のオリジナル小説のつもりです。勢いで書いてみました。
楽しんでもらえれば幸いです。
「ちわー、殺し屋でーす」
そう言って、玄関前の男は玄関先の女の眉間に拳銃を突きつけ、引き金を引いた。
―パヒュ
乾いた発砲音と弾丸がサイレンサー付きの拳銃から放たれるが、それよりも早く、男の体が浮いていた。
「……おぉ?」
思っていたより驚いていないのか、逆さまになった男が呆気ない声を上げる。
銃口から弾丸と硝煙が放たれたのはその直後――銃口が眉間から大きく逸れた頃だった。
それでも、男の眼前に居る逆さになった女は黙々と、そして早々とした手つきで次の手を加えだす。
―そう、『あの技』を繰り出すために。
「キン●バスター」
―それはもう見事なまでに美しい流れで、そして淡々とした口調で告げたのだった。
(意外とノリいいんだな)
それが、激痛に伴って意識を失う直前に男が思ったことだった。
小鳥の囀りが聞こえ、朝日の光が差し込む早朝六時頃。
信頼あるセキュリティが自慢の10階建てのアパート――そのアパートの一室の玄関先で行った戦闘時間―9秒ちょっと。
―
長い手足と手入れのしていない銀髪が特徴的な、だらしなさの中に鋭さを合わせ持つ殺し屋。
オールバックにポニーテールという、OLのような「デキる女」のイメージを漂わせている令嬢。
男がだれている黒スーツを着ているのに対し、女はパリっとした白いシャツを羽織っている。
そんな2人が会合を果たしてしばらくした頃。
彼女の部屋のリビングで、2人が向き合って朝食を取っていた。
一見すると平和そうに、よく見ると物騒に。
「しっかしなぁ……殺し屋を看病する処か一緒に朝食を取るって、俺ぁ初めてだよ」
若布と豆腐の味噌汁のお椀を片手に持って啜った後、男が面白そうに話す。
風切り音と残像しか残さないほどの速度で、女の眼に狙いを定めた箸を片手で操りながら。
「客人はもてなすのが基本です。あなたがそれに応じなければ、普通に排除していました」
そう淡々と言いつつも、鮭の美味しさのあまり、凛々しくて真面目そうな顔を綻ばせる。
相手が繰り出す高速の箸捌き&急所狙いを黙々と、それでいて楽々と避けながら。
彼女の後ろには、殺し屋と名乗る目の前男から没収したのであろう、山積みの武器が置かれていた。
拳銃やスタンガンに留まらず、手榴弾、ナイフ、さらにはマシンガンまで隠し持っていた(どこに、とは言えない)。
護身用か暗殺用かは知らないが、それにしたってこの量は手ぶらな彼には多すぎるはず。
そんな彼に対する疑問ですら彼女は抱くことはなく、黙々と食事を続けている。
その姿には絶対的な強さの自信の表れを感じさせ、向こうも同様の気配を漂わせていた。
―傍目からみれば、ただちょっとした会話をしながら食事をしているだけなのに。
箸による急所突きを諦めた男はその箸でご飯を口に運び、美味しく咀嚼する。
彼は基本パン派なのだが、白いご飯に味噌汁は日本人の心。美味しく召し上がるのが礼儀だと理解していた。
「大体よ、合気柔道くらったと思ったら次にプロレス技……それも漫画の技とか、どういう趣味してんだお前は」
「目には目を、埴輪には埴輪を。それに習い、唐突な挨拶には唐突な挨拶をしようと思っただけです。バスターは、いわばノリです」
「ノリでやったのは別にいいんだが……」
いいんですか、と彼女は突っ込んだが、男は気にせず話を続ける。
彼女のさりげない間違えを訂正する為に。
「俺の間違いじゃなけりゃ、埴輪じゃなくて歯じゃなかったか?口に生える白いの」
彼の指摘に、彼女は凛とした表情のまま、しかし顔を真っ赤にして男から視線を逸らす。
どうやら自分の言い間違いに理解したようだ。
「……幼少の頃から国語は苦手でして」
「苦手で済ますな、伝統ある御家のご令嬢」
そもそも国語を勉強していればっていう問題じゃないだろう。
さりげなく毒薬を盛っておいた湯のみを片付ける彼女を見つつ、そう思った男だった。
ここで彼女は、彼の言葉に入り混じっていた「あること」に気づく。
「……私の素性を調べてきたのですか?」
湯飲みに入っていたお茶を外の花壇に掛けながら、彼女は問い掛けた。
ちなみに猛毒のお茶を被った花は一瞬にして涸れた。恐ろしい毒もあったものである。
「そりゃ、殺し屋ですから」
さも当たり前だと言わんばかりに頷く男。
事前にターゲット、またはターゲットの護衛の情報を集めておくのは必須行為と言えよう。
両手を合わせて「ご馳走様でした」と言うと、胸ポケットから「GOKUHI」と書かれた手帳を取り出す。
付箋だらけのそれをパラパラとめくり、そして手を止めて目を動かす。
「古き日本の伝統の中でも特に名高いとされる武術の名門・盾無家。その盾無家は代々お偉いさんの護衛を生業としており、剣道に柔道、果ては合気道や中国拳法も会得しているという最強の武道派一族として世界中が恐れている」
まぁこれは当然の範疇だ。
彼女は手帳を見ながら語る男を淡々と見つめており、表情に崩れを見せない。
「また」
まだ続くのか、とピクリと彼女が反応を示したが、男はそれでも話を続ける。
「その盾無家の中でも特に優秀かつ秀才であり、20歳という若さで出家し、25歳となった今は世界中が注目する最強のSPとして仕事を請け負う盾無家の長女……それがお前だろ?」
「……よくご存知ですね。殺し屋なら当たり前に調べることでしょうが」
さすがに自分が20歳で出家したことを知っていた事には驚きを隠せなかった。
驚いたように目を丸くして男を見るが、男は「いやいや」と手を振って否定する。
「それ以前にあんたは超有名人だからなぁ。話を聞いた同業者の八割があんたに惚れているし」
実際、彼女に妨害されて返り討ちにあった後、足を洗った元同業者が急増しているのだ。
美人な上に一切の容赦なく力で叩きのめすのだから、足を洗った連中はMだったのかもしれない。
そんな事情に気づくはずのない彼女は、「ご馳走様」と手を合わせて完食を告げる。
「そうですか。……では次は私の番ですね」
「お?俺のこと知って……あ」
男は呆気に取られてしまった。
彼女が指で挟んでいる黒い手紙……彼が標的に渡すべき予告状がそこにあったからだ。
「三つの銃痕があるドクロ……裏の世界を知る者なら、これを知らないはずがありません」
「あちゃー、いつの間に」
とはいうが、先ほど武器を没収された時にこっそりと盗られたのだろう。
真面目そうな顔をしているが、案外ちゃっかりした性格のようである。
器用に指で予告状をクルクルと回しながら、彼女は男を見つめる。
まるで、彼の内側……心境までも覗いているかのように。
「銃殺・斬殺・刺殺・圧殺・毒殺・滅殺・謀殺・惨殺・抹殺・暗殺・虐殺・爆殺まで、有象無象の区別無く等しく殺す腕の立つ殺し屋」
「その果てについた通称が……『死神』」
「ついでにいうなら、頼まれれば殺虫や殺菌もしてやるぜ。害虫も細菌もまとめて滅殺してやんよ」
「それはありがたい!是非!」
この頃Gが出てきて困っていたんです、と外見に似合わぬはしゃぎようを見せる彼女。
男は呆気に取られたが、とりあえず殺虫依頼に対してOKを告げると、彼女は落ち着きを見せる。
―なんというか、クールに見えて実は喜怒哀楽が激しそうな女性だな。
先ほどまで淡々と漫画のプロレス技を繰り出してきた女性を見ながら、男はそう思った。
「そんな殺し屋が何故私に?あなたはターゲット……つまりは私の護衛対象を殺すつもりではないのですか?」
「まぁ、違わなくはないな。挨拶がわりの発砲はついでみたいなもんだ」
「挨拶代わりでしかもついでで発砲ですか。レンジャーですね」
「デンジャー、な」
今度は輝く額に汗を垂らして無言で視線を逸らしてきた。
各地で有名なSPなのだから世間には詳しいはずだが、どうしたものか。
仕方ないので助け船を出してやろうと、男は彼女が未だに指で挟んでいる黒い手紙を指差す。
「用件は、その手紙に書いてあるぜ」
男が手紙を指差すのを見て、女は「いいのか?」と言わんばかりに男を見る。
男が黙って頷くのを見てから、女は黒い手紙の封を爪で切り、中身を開く。
-守護母神ノ殺害ヲ宣言セリ。
真っ黒な紙に白い文字で、そう大きく書かれていた。
女はふっと笑みを浮かべると、鷹のような鋭い目つきで男を見る。
「……標的は私、ですか」
「そ。ちなみに依頼主は、お前さんの次の護衛対象を狙った暗殺者集団ね。無駄にプライド高い連中さ、あんたがガードマンだと聞いて慌てて、しかし依頼主に黙って俺に契約してきたんだよ」
鋭い目つきで見られているにも関わらず、男は飄々とした口調で話す。
標的を前に堂々としたものだが、恐らくはまだまだ秘密があるのだろう。
―だからこそ。
「なるほど」
女は淡々とした口調で答えた。
互いに、敵意ではなく好奇心を目に宿して見つめ合う。
「語るに及びませんし、警戒するにも及びません。私は命を守り、護る者の勤めを果たすまでです」
「クールだねぇ」
彼女に秘めた確固たる信念を垣間見た男だが、それでもくつくつと笑って見せた。
最強の守護者の二つ名を背負うだけの強さが、この女には備わっていると理解していたからだ。
「だが、俺も仕事なんでな……酷く、儚く、悲しく、美しく、そして有象無象の区別なく、てめぇを殺してやる」
「やってごらんなさい。私はただ、目の前の障害を排除するのみです」
―まるで新しい玩具を見つけたかのような、そんな子供じみた感情を抱く二人であった。
「ところで、殺虫の方は今すぐにでもお願いできませんか?」
「ホイホイでも仕掛けてりゃいいんじゃね?」
「そんな単調な……」
「そういうお前さんこそ、俺の商売道具を今から返してくれんのか?」
「では取引として、酷く、儚く、悲しく、美しく、そして有象無象の区別なく、私の部屋に潜む害虫を駆除してください。完全に駆除でき次第、あなたの商売道具はお返しします」
「面倒な女だな……」
―そんなことを言いつつも、彼は渋々と殺虫に勤しんだそうな。
―完―
「彼」と「彼女」に名前は付けていません。
強いて言えば「彼女」の苗字は「盾無」ということぐらいです。
楽しんでいただけたでしょうか?
私はこういう、のんべりだらりとした非日常って憧れます(笑)
我ながら突発すぎますね(汗)
まずは書いて見なければ始まらないだろうと思って書いたので、悔いはないです。
今度はもっとしっかりとした作品を書けるようにしたいなぁと思います。
最後に、読んでくれてありがとうございました。