婚約破棄された悪役令嬢に求婚する隣国のイケメン王子に転生した俺
初投稿です。よろしくお願いします。
「3ヵ月後の学園の卒業パーティーで、この国の公爵家のご令嬢、エリザベス・ゼルスタン・アングル嬢が第一王子に婚約破棄されます。
その後、すみやかにアングル嬢に求婚するようにと、本国から指示が届きました」
学生寮の俺の部屋でカップにお茶を注ぎながら、ジョスがいま思い出したかのように告げてきた。
「・・・は? いや待て。求婚しろ? 俺は、ここに留学してまだ2ヵ月だぞ?」
「王命とのことです」
あのクソ親父! この留学の実現に、俺がどれだけ苦労したか、知ってるだろうがー!
そりゃあ、「お前は愛妾に産ませた第五王子。婚姻相手は好きに選べ。ただし、状況次第では国の駒となってもらう」とか、言われてたけどさぁ!
「その状況が来たんでしょうね」
すました顔でカップを俺の前に置きながらジョスが言う。
こいつは俺の、従者兼護衛兼留学仲間だ。
「それにしたって、まだ2ヵ月だぞ。俺の長年の夢、魔道具研究三昧の日々が・・・」
「もとより夢とは儚いものです」
ジョスは仕事のデキる男だが、口が悪く、やさしくない。
いや、ちょっとはやさしいのか?
カップの脇に、俺の好きなスモモのシロップ煮が、ちょこんと添えられていた。
「そもそも、そのアングル嬢は、なぜ婚約破棄されるんだ?
あと、なんでわざわざ卒業パーティーで?」
「前者は、第一王子のお気に入りの聖女を、ご令嬢が嫉妬にかられていじめたから。というのが表向きの理由ですね。
後者は、様式美?」
はやりの恋愛小説でよくあるパターンらしいですよ。学園の卒業パーティーで悪役令嬢を断罪・婚約破棄する展開が。
と、俺の向かいに腰かけながらジョスが説明する。
どこの世界でも似たような小説がはやるんだなぁと、俺の頭に前世の記憶がよぎった。
※
そう。
俺にはこの世界に生まれる前の、いわゆる前世の記憶がある。
前世の俺は、飯がうまくて物作りが得意な日本という国で、工業用機器の設計・開発に携わる技術者だった。
自分が転生していると気づいたのは、3歳のとき。
でも、ゲームやネット小説で異世界転生の概念は持っていたから、アラフォーのおっさんから、キンキラな幼い王子様に変身した自分に気づいても、あまり混乱はしなかった。
残してきた家族や友人、仕事を思って、ちょっぴり気分は沈んだが。
それよりも、俺の関心を強く引いたのは、魔道具の存在だ。
異世界モノにありがちだが、この世界にも魔法や魔獣は存在する。
そして、魔道具。
前世の工作大好き少年の血が騒ぎ、俺はこの摩訶不思議な道具に、すぐにのめり込んだ。
片端から分解、組み立て直しをくり返し、ときには識者を呼んで仕組みを学んだり――
そして、知ったのだ。
この世界の魔道具は「やさしくない」ことに。
この世界で普及している魔道具は、大半が、戦争や魔獣の狩りのさいに使う、戦闘を補助するタイプのものだ。
雷撃を落とす剣だとか、土の大壁を出す杖、といったやつである。
魔石を動力とした、ポットや掃除機などの前世の家電に近い生活用魔道具は、この世界にも存在はする。
しかし、下位貴族や平民はそれらを使えない。
なぜなら、魔道具は「魔石に一定量の魔力を注がないと起動しない」から。
この世界の人間は、みな生まれながらに魔力を持っている。しかし、高い魔力を持つのは上位貴族だけ。低位貴族や平民が持つ魔力は、ほんのちょっぴりだ。
つまり、魔力の低い彼らは魔道具のスイッチすら入れられないのである。
ちなみに上位貴族は、当然だが、自分でお湯を沸かすことも掃除をすることもない。
そもそも、上位貴族であれば、自身の豊富な魔力を魔法という形で具現化できるわけで。慣れた者なら、指先からお湯をジョロー、と簡単に出せてしまうのだ。
さらに、魔道具に使われる上等な魔石は、一部の魔物の体内で作られるものであり、平民から見れば高価な代物だ。
と、いうわけで。
この世界では、生活用魔道具は、ほぼ普及していないのである。
この現状に気づいてから、俺の人生の目標は「誰もが使える魔道具」作りになった。
その目標実現のため、魔道具作りの先進国であるこの国・イングラーへの留学を強く望んだのである。
当然、留学は周囲に大反対された。
「誰もが使える魔道具の武器」ができちゃったら、革命とか怖いもんね。
でも、そのリスクがあっても「誰もが使える魔道具」は、絶対に国を、みんなの生活を豊かにするはずなのだ。
だから俺は、いま持てる技術のすべてで、できるだけ安価で、まずは平民でも数人が頑張れば起動できる魔道具を作り、その国家への有益性をアピールし続けたのである。
それまで河や海に垂れ流していた汚水をきれいにする汚水浄化槽とか(水が汚れたら病気になっちゃうよ)、食糧倉庫で使う大型室温調整機とか(平民が餓死したら税収が減っちゃうよ)、いろいろ作ったなぁ・・・
決定打になったのは、魚群探知機だ。
北の海洋国家である我が国・ヴァイランドの近海には、サモンという、ものすごくうまいけど、成長すると恐ろしく凶暴になる魔魚が棲んでいる。
幼体は、前世のマグロのような見た目でサーモンのうま味を濃縮したかような美味だが、とにかく捕獲が難しい。
生態に謎が多く、なかなか見つけられなかったのだ。
だが! 俺の魚群探知機はあっさりとサモンの群れを見つけ出したのである。
留学に最後まで難色を示していた宰相が、脂ののったサモンのステーキを頬張りながら首を縦に振ったときは、思わずガッツポーズが出たっけ。
※
・・・思考が大幅にそれていた。
スモモのシロップ煮も、無意識に食べ切ってしまったようだ。はぁ。
「・・・先ほどの言い回しだと、婚約破棄の真の理由が別にあるのか?」
「聖女へのいじめ自体はあったんですよ。教科書を破られたり、制服を汚されたりといったショボいものですが。
でも、そのいじめにアングル嬢は関わってないようで・・・」
ジョスの調査によると、エリザベス・ゼルスタン・アングル嬢は、自分の派閥の人間の言動をきっちりと制御しているらしい。
また、そもそも婚約自体が、王族・貴族間の血統調整と派閥の勢力を鑑みた純然たる政略で、彼女には嫉妬するほど第一王子への執着はない様子だったとか。
「じゃあ、第一王子が聖女と浮気して、聖女を王妃にするために、公爵家のご令嬢をいじめの犯人にしたてた、ってことか?」
「それもあるんでしょうが、どうやら女神リリーの神託も関わってるようです」
ええー、宗教もからんでくるのぉ?
この世界の主要な宗教は、女神信教と精霊信仰の二つだ。
前者は女神リリーを唯一神とする一神教。後者は、前世の神道に似た多神教だ。
そして、女神リリーは年に一度、神託を下す。
その神託が、「聖女の機嫌を損ねるな」とか「アングル家との婚姻は不吉だ」といった内容だったのではと、ジョスは推測した。
たしかに、よそ者であるジョスとその配下が察知したくらいだから、この国の王家も第一王子の計画はとうに把握しているはず。
それでも静観しているのは、やはり女神リリーから何らかの神託があったのか。
ちなみに聖女は、下位貴族出身だが、女神リリーの癒しの力を使える稀有な存在として、高位貴族を含めた信徒たちに敬われている。
そして、イングラー王家は女神信教の、アングル家は精霊信仰の信徒だ。
・・・うーん、宗教団体の勢力争いとかもからんでいるのか?
「じゃあ、父親のアングル公爵はなぜ動かない? まさか、第一王子の計画を把握していないとか?」
「そのまさかの可能性が大ですね。
アングル公爵は、十数年周期で凶暴化する魔獣への対処で、いまは自領から動けません。今回の凶暴化はとくに強烈で、側近たちもその対処にかかりきりだとか。
アングル嬢自身は、第一王子が当日のエスコートを断ることで、聖女を未来の側室として周知させる程度、と甘く考えているのかも」
「アングル嬢の兄は? たしか、長男が学園に在籍していただろう? 俺と同じ魔法科の、2年先輩で、エリートの・・・」
「第一王子と同じ3年生ですね。で、これも第一王子と同じく、いまや聖女にメロメロです」
メロメロ仲間はほかにも、王立騎士団団長の息子である剣術エリート、宰相の息子で成績トップの知能エリート、フルートを見事に奏でる芸術エリート、大商会の息子であるお財布エリートがいるらしい。
すごいな、聖女。魅了魔法でも使っているのか?
「現状は、だいたいわかった。
それで、俺とアングル嬢との婚姻で、我がヴァイランドはどんな利を得る?」
「それはやはり、イングラーとの直接交易の再開でしょう」
ビンから追加のスモモをとり出しながら、ジョスが即答した。
じつは近年、ヴァイランドとイングラーはちょっとだけギスギスした関係にある。数年前に両国の一部の貴族同士が海域の漁業権をめぐって小競り合いを起こしたのだ。
以来いまに至るまで、一部の物資の直接交易がストップしている。両国とも、割高になるが、第三国経由で輸出入を続けているのだ。
自国だからとヴァイランドをひいきするわけではないが、この件の非はイングラーにあると俺は見ている。
先に領海侵犯をして魚介を漁ったのはイングラーの人間だし、小競り合いの結果、負けたのもこの国の貴族だ。
他国の評価も、おおむね似たようなものだろう。
ただ、国内外への体面やら何やらで、イングラー王家は頭を下げない。
ヴァイランドも下げる気はない。
もともとウチは海賊と漁師が集まって建てた国だから、基本的に皆、思考が脳筋よりなんだよね。
親父たちは、いくら利があっても、形だけでも頭を下げるだなんてマネは、絶対にしないな。
現在、第三国経由でこの国から輸入している物資の一部は、アングル公爵領の農産物だ。
親父は、これをアングル公爵領から直接輸入したいんだろう。
「うまくすれば、ほかの物資も直接交易に戻せるかもしれませんよ」
ジョスの見立てはこうだ。
第一王子のやらかしで、イングラー国内で強い影響力を持つ公爵家のご令嬢が、その名を地に落とされそうになる。
そこを、海を挟んだ隣国・ヴァイランドの王子である俺が求婚すれば、「公爵令嬢の名誉を保ってくれた(国内の派閥闘争を未然に防いでくれた)ことへの礼」という建前ができて、イングラー王家がヴァイランドへ頭を下げやすくなる、というのだ。
――あれ? もしかしたら、イングラー王家はその心づもりもあって静観している?
だとしたら、すでに両国で俺の求婚は了承されているのか・・・?
「まぁ、いずれにしろ。我々の当面の目標は、周囲の耳目を集める華麗なる求婚と、その先の婚約です」
いまその美貌を活かさないで、いつ活かすんです? と、ジョスはスモモのシロップ煮をしゃぶりながら応援してくれた。
あ。それ、俺のおかわりじゃなかったのね・・・
自分でいうのもなんだが、今生の俺はたしかにイケメンだ。
顔立ちは国一番の美女といわれる母親そっくりだし、髪と目の色は父親譲りの窒化チタンみたいな金属質の金色で、ビカビカに目立つ。
「異世界」「イケメン王子」「魔法」ときたら、乙女ゲームとか魔王討伐モノだよなぁ。
実際、この世界は400~500年に1度、魔獣から進化した魔王が現れるらしいし。
いずれ何らかのイベントに巻き込まれそうだと、警戒はしていたんだよ、当初は。
魔道具作りに夢中で、すっかり忘れてたけど!
「でもさ。まともなご令嬢なら、婚約破棄の直後にすり寄る隣国の王子なんて、いくらイケメンでも、警戒するだろ?
それと、父親のアングル公爵から『計画を知っていたなら、なぜ早く教えてくれなかった』って、あとで文句を言われたりしない?」
「いまアングル家へ第一王子の計画を伝えるのは悪手ですよ。
いったんアングル嬢の名誉を落としかけないと、イングラー王家がヴァイランドへ頭を下げる建前がなくなりますから」
「まぁ、多少猶予はありますし、そのあたりの対策と調整はこれから考えましょう」と、ジョスは楽しそうに続けた。
※
それからの3ヵ月は、いろいろ調べたり動いたりで、本当に忙しかった。
当初は研究を中断された無念さで気力が萎えかけたが、よくよく考えれば、これはイングラーと俺自身が強い縁を結ぶチャンスでもある。
つまり! アングル嬢と結婚さえしちゃえば、この国の技術者・研究者を呼び寄せ放題にできるはず! なのだ!
俄然やる気になった俺は、ジョスたちと共に行動を開始した。
まず考えたのは、アングル公爵への「なぜ早く教えてくれなかった」に対する言い訳だ。
これは、「数日前に偶然、計画を知ったけど、第一王子が醜態をさらさぬよう、さすがに王家が止めると思っていた」ということにした。
まぁ、婚約がスムースに進めば嘘とバレるだろうが、「建前」は必要だしね。
聖女をいじめた真犯人は、ジョスの配下が突き止めた。
犯人は生真面目な騎士志望の学生で、アングル嬢に対して崇拝に似た感情を持っているらしい。
それで、アングル嬢の立場を脅かす聖女へ、ささいな制裁を加えたつもりだったようだ。
この一人よがりな騎士志望君の言動は、静観することにした。
さすがに命にかかわるような聖女へのいじめは、王家が止めるだろう。
ただし卒業パーティーは、当日に下剤を盛って彼を欠席させる手はずを整えた。
「婚約破棄される悪役令嬢へのお助けキャラは、一人で十分です」と、ジョスが悪い顔で笑う。
ほかに、俺以外のお助けキャラとなりそうな人物がいないかも、手分けをして探った。
「第二王子」とか「若い王弟」とか「辺境伯の息子」とか、婚約破棄モノでは定番だもんね。
調べた結果、彼らの多くは既婚者だったり婚約者と密な関係を築いていたりで、問題はなさそうだった。
ただ、一人だけ。黒とも白とも判別しづらい人物がいた。
ある侯爵家の長男だが、つい先日、婚約者の病弱を理由に婚約を解消したのだ。
「父親の侯爵は情報通ですし、第一王子の計画を察知して、アングル嬢を息子の嫁に狙っているのかもしれません」
「侯爵令息への対策は自分が取ります」と言うから、ジョスに任せたんだけど――
「さすがに、それはひどいんじゃないか?」
ジョスの奴、配下を使って令息を娼館遊びへ誘導。
その上で、令息に、性病に似た症状の出る魔法薬を盛りやがったのだ。
「別にいいじゃないですか。本物の性病を感染させたわけじゃないんですし」
「そもそも令息が娼館へ行かなければ、魔法薬を使うつもりはありませんでした」 とジョスは言うが、コイツのことだ。そのときは別の何かを盛るつもりだったんだろう。
魔法薬の効果で、いま、令息の股間は真っ赤に腫れあがり、おそろしくかゆくなっているらしい。
「侯爵家が、その手に詳しい医者を内々に呼び寄せましたから、まず間違いありませんね。
これで、卒業パーティーまでに令息が回復しても、“医者に診てもらった”という事実は残ります。アングル嬢との婚姻はつぶせますよ」
それだと、令息の評判もつぶれるよね?
・・・令息の未来のため、あと少しだけ彼の股間が腫れていますように、と祈っておいた。
ちなみにそのヤバイ魔法薬は、俺たちと同じ魔法科の優秀な平民学生に、ジョスが金をつかませて作らせたらしい。
「卒業後の就職先も世話する予定ですし、彼女から情報が漏れる恐れは、ありません」
と、涼しい顔でジョスは言う。
――「彼女」って、女の子かよ!? お前、女の子に何てものを作らせてんだ!
※
あとは、アングル嬢との「出合いの場」も考えたな。
さすがに『はじめまして。結婚してください』は、ないと思ってさ。
俺は、落とし物を届ける程度でいいと思ったんだが、ジョスが「ちょっとした窮地を救ったほうが、アングル嬢の心証がよくなる」と言い出した。
いや。それは、むしろ作為が過ぎて相手が警戒するんじゃないの?
それとも、これも様式美とやらで、周囲の評判とかを考えるなら、アリなのか?
と迷っていたら、答えを出す前に、俺はいきなり舞台へ上がることになってしまった。
ある日の昼下がり。
学園の中庭の、少し奥まった場所で、アングル嬢とそのお友達たちが、ある侯爵令嬢のグループと遭遇していた。
侯爵令嬢たちは敬虔な女神信徒で、聖女への信愛も強い。
そして、通りがかった俺たちの目の前で、両者の言い争いが始まり。
ヒートアップした侯爵令嬢が、アングル嬢に手を振りかざして――
バチン!
「危ない!」と、とっさに間に入った俺は、アングル嬢の代わりに、盛大に頬を叩かれてしまったのだ。
「――いきなり割り込んで、すみません。
しかし、淑女のご歓談は穏やかなものだと思っておりましたが、この国ではなかなかエネルギッシュなんですね」
ちなみに学園での俺は、認識阻害の魔道具(大昔に作られたレア物)による地味な見た目の、隣国から来た下位貴族という設定だ。
そんな地味令息に皮肉を言われたら怒るかなと思ったけど、侯爵令嬢も手を出したのはマズイと思ったようだ。
少し狼狽した様子で、モゴモゴと何か言いながら、大人しく友人たちと立ち去っっていった。
「――お怪我はありませんでしたか?」
俺は振り返り、アングル嬢と視線を合わせる。
うーん。
「出合いの場」は、もうちょっと検討してから作りたかったんだけどなぁ。
「はい。助けてくださり、ありがとうございます」
はじめて間近で見るアングル嬢は、黒髪の楚々とした美人だ。
声は震えず、立ち居振る舞いにも動揺は見られない。
お金と時間と手間をかけて、磨き抜かれたご令嬢、って感じだ。
手当てを――と、こちらを気遣うアングル嬢を、平気ですと制し、俺は続けて、
「不躾ながら伺いますが、いつも周囲からこのような・・・敵意のような感情を向けられておいでで?
それとも、今日が初めて、ということでしょうか?」
と聞いてみた。
「・・・このようなことは、今日が初めてです。
いつもの彼女は、ここまで感情をあらわにすることはないのですが・・・」
白くて薄いまぶたが伏せられ、斑銅鉱みたいに煌めく紫の瞳が、悩まし気にかげる。
制服の上からでもハッキリとボリュームのわかるバストが、吐息にあわせて、ふるり、と揺れた。
――うおおお、憂い顔の美人って、セクシーだぁ。
ゆるみそうになる顔をグッと引き締め直して、
「もし証言などが必要でしたら、ご連絡ください。私は――」
と、自己紹介をする。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。
ただ、いまのところ大事にするつもりはありませんの。
幸い、人目もありませんし。
できれば、あなた様も、ここでのことはお忘れになって?」
軽く首を傾げてお願いするしぐさも、品がありつつ、愛らしい。
うんうん。宗教がらみの派閥闘争とかに発展したら、国内が荒れるもんねー。
美人で可愛くてセクシーな上に、大局を見る冷静さもある。
こんなご令嬢を手放すだなんて、第一王子もイングラー王家も、もったいない真似をするもんだ。
※
「――けど、侯爵令嬢みたいな熱くなる信徒が他にもいたら、危険じゃないか?」
翌日。アングル嬢から届いた見舞いの菓子を、行儀悪く手づかみで食べながら、俺はジョスに聞いてみた。
「そこまでの危険人物は、王家がアングル嬢へ近づけさせませんよ。一応、まだ第一王子の婚約者ですから。
昨日のアレは、陰から魔道具を使って侯爵令嬢の闘争心を高ぶらせたから、ああなっただけで・・・」
――お前の仕込みかよ!? ジョス!
いや、闘争心を高ぶらせる魔道具って、俺が子供のころに改良した、アレだよな?
それは、もともとは逃げ隠れのうまい魔獣を、興奮させて隠れ場所からおびき出すための魔道具だった。
これって、範囲を絞って魔力波の波長を変えたら人間にも効くんじゃね? と思った俺は、面白半分で改良。
で、ジョスと一緒にジョスの兄貴で試したら、本当に効いてしまった――という代物だ。
あのときは、二人とも周囲の大人たちにこっぴどく怒られたっけ。
――で、それを、なんでお前が持っているんだ?
しかも侯爵令嬢相手に使うとか、シャレになんねーぞ!
ぐるぐると一晩考えて、俺はアングル嬢へお詫びの手紙を出すことにした。
内容は、
『あのとき自分が持ち歩いていた魔道具が、人の精神へ作用する“可能性”のある魔力波を出していたことがわかりました。
もしかしたら、危険にさらしてしまったようで、申し訳ない。
公爵家へはもちろん、侯爵家にもお詫びをしなければ。
学園への報告も考えています』
という、こちらに非があるような、ないような、なんともあいまいなもの。
アングル嬢からは、すぐに返事が来た。
淡い水色の上品な便箋で、開くと、かすかに石鹸のような清潔感のある香りが漂う。
丁寧な字で記された内容は、
『事情はわかりました。
魔道具の持つ“可能性”と、あなた様の真摯な言葉は、あの場にいたすべての人間へ伝えます。
当家と侯爵家への謝罪、学園への報告は無用です』
というもの。
「大事にしたくない」という意向だから、きっと上手くまとめてくれるはず、という期待を込めて俺は手紙を出した。
確かに期待通りだったけど、アングル嬢には余計な仕事をさせてしまったな。申し訳ない。
お詫びに、俺のお気に入りのスモモのシロップ煮を贈ろう。
「放っておけばよかったんですよ。侯爵家はアングル家の敵対派閥。侯爵令嬢の評判が多少下がっても、アングル家は損をしません」
とジョスは言ったが、「あの侯爵令嬢は、すぐに手を上げる」だなんて噂になったら、可哀想でしょうが!
ほかにも、あれこれ調べたり、自国と情報をすり合わせたりするうちに、あっというまに3ヵ月が過ぎた。
――まったく。
婚約破棄される悪役令嬢へ求婚する隣国の王子が、こんなに大変とは思わなかったよ。
※
そして。
ようやく迎えた、学園の卒業パーティー当日。
いじめの真犯人である騎士志望君には、予定通り、朝からトイレの住人になってもらっている。
彼には後日、公の場で真相を話させて、エリザベス・ゼルスタン・アングル嬢の真の無実を証明するつもりだ。
侯爵令息の股間は、まだちょっと腫れているようだ。
なんか、ウチのジョスが謀っちゃって、ごめんなさい。
数年たっても新しい婚約者がみつからなければ、俺の従妹たちを紹介するよ。
「――エリザベス・ゼルスタン・アングル嬢! 私は、あなたとの婚約を破棄する!」
と、壇上で、俺よりも淡い色味の金髪をなびかせながら、第一王子が高らかに婚約破棄を宣言する。
整った顔は紅潮し、熱い使命感のようなものがみなぎっていた。
脇に控える、赤、青、黒、銀、緑と派手な髪色のエリートたちの表情も、程度の差はあれ、熱気がすごい。
エリートたちの髪色がかぶらないのは、乙女ゲームあるある、だな。
ちなみに黒髪は、魔法エリートであるアングル嬢の実兄だ。
ただ、彼らのやや後ろに立つピンク髪の聖女は、どこか泣きそうな、苦し気な表情をしていた。
胸元でギュッと握りしめている細い両手が、少し痛々しい。
――ん? これは、第一王子たちが暴走しちゃっている感じか?
でも、学園での聖女様は、彼らといつも一緒で、楽しそうに過ごしていたよね?
エリートの婚約者たちからの「ご忠告」も、すべて無視していたし・・・?
聖女の真意を測りかねる俺をよそに、静まり返った会場で、アングル嬢への断罪が進む。
青髪の、眼鏡をかけた知能エリートが、アングル嬢が犯したとされる罪を、とうとうと述べ始めた。
――しかし、あらためて聞いても、いじめの内容がショボいな。
なんだよ、「聖女が好む菓子を売り切れにした」って。
あまりに茶番じみたその内容に、会場がざわつき始めた。
その反応を見て、早々に幕引きを図りたかったのだろう。知能エリートが罪の羅列を終えると、間髪を入れずに
「おそれながら。それらの一切に、私およびアングル家は、心当たりがございません」
と、アングル嬢が否定する。
続けて
「しかし、婚約を破棄するという殿下のご意向はわかりました。
つきましては、一度持ち帰り、アングル家の総意という形で、あらためて王家へご返答いたします」
私は、これにて・・・と、アングル嬢が退出の意を示した。
一筋も乱れぬカテーシーって、きれいだなぁ。
――おっと。見とれている場合じゃない。
俺の仕事は、ここからだ!
「――待て! いま、ここで言うべきことがあるだろう。まずは聖女へ謝罪せよ!」
と、王子がアングル嬢を引き留める。
いやいや。彼女、君らにこの場でこれ以上、恥を晒させないために帰ろうとしてるんだけど。
と、ツッコミたい気持ちをグッと抑えて――
「おや。これは、おかしなことをおっしゃる」
声は腹の底から。会場全体へ響くように。
けれど音色は、軽やかに、甘やかに。
一割ほど、王子たちへの揶揄を込めて――
俺は、舞台へ上がった。
「なんだ、貴様は! 殿下の御前だ、無礼だろう!」
叫ぶ赤髪の剣術エリートを無視して、
「たったいま、『心当たりはない』と、ご令嬢はおっしゃった。
ならば当然、いまここで謝罪をする理由はないでしょう?」
「ねえ」と、小首をかしげて余裕の笑みを浮かべ、あたりへ視線を流しつつ。
周囲の同意は当然、とばかりに。俺は胸を張り、ゆっくりとご令嬢のもとへ向かう。
剣術エリートが再び何かを叫んだが、その声は周囲のざわめきにかき消された。
そりゃあ、そうだ。
いまの俺は、認識阻害の魔道具をオフにしている。
いきなり見知らぬド派手なイケメンが登場すれば、誰だって驚くよね。
それに。
こちとら、元スーパー売れっ子女優である母親の仕込みで、キンキラな見てくれに見合った仕草や、聴衆の意識の引きつけかたは、お手の物なのである。
「よろしければ、私にエスコートの栄誉を」
背筋を伸ばし、紳士の礼をとりながら、俺はアングル嬢の目を、ひた、と見つめる。
斑銅鉱の紫に、わずかな戸惑いが滲んだ。
「――どちらの家門のかたかしら?」
涼やかな声が、まだざわめく会場に響く。
「これは失礼を。この姿でお目にかかるのは初めてでしたね。
私は以前、中庭で、あなた様を危険にさらしかけた愚かな男です――」
と言いながら、俺は胸元の魔道具を操作して一瞬だけ、地味な留学生の姿を映す。そしてすぐさま、元のキンキラ王子の姿へと戻した。
ちなみにこの魔道具、姿を変えるさいに、白銀の羽のようなエフェクトがシャララーンと飛ぶ仕様だ。
誰が作ったのか知らないけど、使うたびに魔法少女が変身したような気分になる。
「――あらためまして。
私は、隣国・ヴァイランドの第五王子、アスマン・ヨハンセン・ヴァイレンダールと申します。
先日は、私の不始末を寛大なお心でお許しいただき、ありがとうございました。
また立場上、混乱を避けるためとはいえ、姿と名を偽っておりましたことを、お詫びいたします」
事前にエフェクトが長く持続するように魔道具を改良しておいたから、自己紹介をする俺の姿は、舞い乱れる白銀の羽に彩られて、おそろしく煌めいていたと思う。
じっさい、あとでジョスに聞いたところ。このとき、3人のご令嬢が真っ赤にのぼせて立ちくらみを起こしていたらしい。
ふっ、と。
アングル嬢の目元が、わずかにゆるむのが見て取れた。
賢そうな女性だから、すでにこちらの思惑を、あらかた察したのかもしれない。
でも、一度上がった舞台だ。芝居は続けるぞ! かなり恥ずかしいけど!
「――っ!」
俺の正体を知り、剣術エリートの追求の声が止まった。
第一王子やほかのエリートたちの顔にも戸惑いが見える。
そうだよねぇ。
相手は現在、微妙な関係にある隣国の王子様だもん。下手に手出しはできないよね。
俺の留学は、上位貴族である彼らは耳にしていたはずだけど。いろいろと面倒くさいので、最初に「互いの交流は無用」って取り決めておいてよかった。
よーし。このすきに、一気に片づけよう!
「そもそもこのパーティーは、学園を卒業する者たちのこれまでの努力をたたえ、輝かしい未来への門出を祝う場。
在校生の一員として、私は、この場がこれ以上乱されるのは望みません。
その思いは、おそらくご令嬢も同じではないかと。
俺の視線を受けて、アングル嬢が同意の会釈を返してくれる。
「あらためまして。
本日卒業される先輩の皆様、ご卒業おめでとうございます。この先の皆様のご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
諸事情により、我々は、この場を退出させていただきます。
ご令嬢。よろしければ、ここは私がエスコートを。
そして――叶うなら」
威圧感を出さぬよう肩の力を抜き、視線はやわらかく。
重心はへそ下に。歩幅はやや狭く、ゆっくりと近づいて――。
「この先の、あなた様の未来まで、よりそうことのお許しを――」
片足を引きながら腰を折り、つい、とアングル嬢の左手を取って、その甲へ軽く唇を落とす。
この国の作法では、女性の左手の甲へのキスは、求婚を意味するのだ。
会場が一瞬、息を飲んだかのように鎮まり――ドッと、沸いた。
そのすきに。
俺は、退出の礼のために立ち位置を変えながら、アングル嬢の耳もとへささやいた。
「タエン港拡張のための技術提供と、海路の保全協力について、母国の了承を得ました。
私との婚姻、ぜひ前向きにご検討くださいますよう――」
これは、この3ヵ月で俺たちが用意した「持参金」だ。
タエン港はアングル公爵領にある、小さな漁港だ。
アングル公爵領は北側の一部が海に面しているが、海岸線は断崖・岩礁が多く、大型の商船・客船が停泊できる規模の港はない。
だが、北の海洋国家であるヴァイランドは、湾岸工事はお手の物だ。
そこで、俺たちは拡張工事に適した港を選別。母国の技術者や親父たちとも検討し、選んだのがタエン港だった。
魔海獣、魔魚から航路を守る技術も、ウチは提供できるしね。
婚約成立後、アングル嬢がウチに嫁入るのか、俺がアングル家へ婿入りするのかは、まだ決まっていない。
だが、どちらにしても持参金は多いほうが、ことがスムースに運ぶと俺たちは考えた。
調べて分かったのだが、アングル家は領民たちとかなり密な関係を築いていた。領民たちもまた、アングル家の人間を心から慕っている。
ロマンチックとは、とても言えないが、自領を豊かにする提案であれば、公爵とご令嬢の心証は良いだろう。
それに、持参金が多ければ、俺が婿入りした場合、魔道具に関する提案をしやすくなるだろうという打算もある。
これまでに俺が作った魔道具は、材料の仕入れと完成品の販売・メンテナンスを、ある商会に一任していた。
仮に婿入りとなった場合。引き続き彼らを利用できれば、母国ヴァイランドも俺の作る魔道具の恩恵を受けられるはずだ。
魚群探知機の試験で仲良くなった漁港のおばちゃんたちに、いつか洗濯機を作ってあげるって、約束したしね。
ちなみに、この商会はジョスの母親の実家だ。
あのヤバイ魔法薬を作った女子学生は、卒業後、この商会の医薬品研究部門で働く予定である。
ジョスの奴、最初から、学園で俺と一緒に学びつつ、優秀な人材を見つけて商会へスカウトするつもりだったらしい。
さすが、デキる男。ちゃっかりしているというか、抜け目がないというか。お前が味方でよかったよ。
・・・・・・味方、だよな?
※
軽やかに退出の礼をして、俺たちは未だ桃色に騒めく会場を後にした。
第一王子たちが「国外追放!」とか言いだすような短絡的な人間じゃなくてよかったよ。
アングル嬢の俺に対する心証は、まずまず、といったところか?
会場を出てすぐアングル家の従者と合流したから、ほとんど話せなかったんだけど、別れ際に「王家からの呼び出しには、公爵側の人間として同席してほしい」と頼まれた。
その王家からの呼び出しがあったのは、波乱の卒業パーティーから3日後。
王城で関係者たちが集い、「お話合い」が始まった。
出席者は、イングラー王と王妃、宰相をはじめとするエリートの親たち。エリートの婚約者たちの親族。公爵領から飛んできたアングル公爵と、そのご令嬢。そして俺と、ヴァイランドの外交官である。
この外交官のおっちゃん、小柄でウサギみたいな愛らしい顔をしてるが、かなり優秀な男だ。
「お話合い」への俺たちの同席も、事前に出席者一同の許可をすんなりともぎ取ってきた。
ちなみに、第一王子と聖女、エリートたちは同席しない。
彼らは個別に事情聴収を受けたあと、現在「謹慎中」なのだとか。
「大変申し訳ない。非は完全に我々にある」
冒頭で、早々に王が頭を下げた。
当事者たちが同席していない時点で察したけど、いきなりの全面降伏である。
「・・・ご説明願えますか」
アングル公爵が、目をすがめながら問いただす。
よかった。目の下のクマはだいぶ薄くなっている。ジョスがスカウトした女子学生の作った回復薬が効いたようだ。
卒業パーティーの直後に、俺はもうひとつの「持参金」をアングル公爵領へ送った。
それは、公爵領で凶暴化していた魔獣の群れを制圧する「魔道具」だ。
この魔道具は、ジョスが侯爵令嬢に使った「闘争心を高める魔道具」をさらに改良したものだ。
放出する魔力波の指向を逆にして、該当する魔獣を想定して微調整した結果、魔獣の闘争心を萎えさせることに成功。
効果範囲が半径15mと若干狭いのが難点だが、「お近づきの印に」と送ったこれが、公爵領で大活躍したらしい。
「闘争心が萎えて動けなくなった仲間を見て、助けるつもりなのか怒りが増したのか、魔獣が効果範囲内へ自分からどんどん突っ込んでくるんですよ!
あれはもう、入れ食いでした!」
アングル公爵の側近だという額に傷のあるおっさんが、俺の両手を握りしめてブンブンと振りながら、いい笑顔で報告してくれた。
この魔道具の大活躍のおかげで、魔獣の制圧に目途がつき、アングル公爵も王都へ来ることができたらしい。
それでもお疲れのご様子だったアングル公爵だが、いまは気力が充実しているようだ。目力がすごい。というか、怖い。
そんなアングル公爵の気迫に押されたかのように、王が口を開く。
やはり、今回の件には女神リリーの神託が関わっていたようだ。
じつは去年の神託で、なんと「魔王の顕現」と、その魔王を倒す「精鋭たち」の名が伝えられたのだとか。
「精鋭たち」とは、もちろん第一王子と聖女、エリートたちだ。
『数年後に起こる、完全顕現した魔王との闘い。世界の命運をかけたその戦いに備えるため、精鋭たちは、いまから精進せよ』
との女神リリーのお言葉だったが、彼らはまだ学生。いきなり過酷な重責を担わすのは忍びない。
そこで王は、混乱を避けるために、神託の詳細を当面の間、秘すことに。
エリートたちには「数年後に、ある災いが国を襲う。その解決には多くの力が必要となる。優秀なお前たちも、いまから精進するように」と、あいまいに伝えたのだという。
ところが。
生真面目な第一王子は、災いの詳細がわかれば、効率よく鍛錬できると考えた。
そこで、無駄に賢い知能エリートと、教皇の甥で教会関係者につての多い芸術エリートと協力。
結果、神託の真実を知ってしまったのである。
真実を知った彼らのテンションは、爆上がりに上がった。
そして、残りの精鋭である聖女・エリートたちと接触。燃え上がった使命感に突き動かされるまま、突っ走ったのである。
学園でイチャイチャして見えたのは、モチベーション維持のために、互いに鍛錬の成果を報告し合っていたのだとか。
ほかにも、過去の魔王討伐の事例や、討伐に役立ちそうな武器・魔道具を調べるなど、いたって真面目に、魔王討伐の話をしていたそうである。
まぁ確かに。若い男女が顔を寄せ合い、目を輝かせて紅潮し、話し合うさまは、使命感によるものか色恋によるものかは、はたからじゃ判別できないよね。
10代の若さじゃ、世界の命運がかかるヒロイズムに、酔うなというのも無理な話だし。
謹慎中の精鋭たちは、全員が「聖女をめぐる、いかがわしい関係ではない」と断言したそうだ。
ただ、魔王討伐の要となる聖女へのいじめには憤っていたとのこと。
第一王子の婚約破棄は、聖女へのいじめを止めるためと、鍛錬に集中するために必要だった、と述べているらしい。
神託の内容が漏れたと気づいた時点で何らかの対処をすべきだったのだが、それで彼らの士気が上がるのならと、様子見に徹してしまった。
あと1ヵ月ほどで次の神託が下されるし、その内容次第でフォローを入れるつもりだった――と、王が、もう何度目かわからないほど頭を下げる。
――王様、ここで俺の親父に頭を下げる練習をしてないか?
「しかし、まさか卒業パーティーで断罪とは・・・。まったく気づかず、申し訳ない」
と、もう一度、王が頭を下げる。
いやいや。さすがに、それはないよね。あなた、気づいていたよね――と思ったけど、誰も余計なことは言わない。
皆さん、大人ですから。
そして、議題は「この先」へと移る。
まず、いじめの真犯人である騎士志望君。
彼は卒業パーティーの翌日に、いじめを学園長経由で王家とアングル家へ告白・謝罪したらしい。
一同で考慮した結果、この件は後日「聖女へのいじめは、王家・アングル家とは関わりのない第三者によるもの」と、名を伏せて公表することに決まった。
処罰はとくになし。本人は十分反省しているし、そもそもいじめの内容がショボすぎたので。聖女たちもこの措置には納得したそうだ。
次に、学園でないがしろにされ続けたエリートたちの婚約者。
こちらは、各家でなかなかの修羅場に発展していた。
じつは婚約者の父親たちは、王家からすでに神託の詳細を告げられており、エリートたちの言動は、しばし「様子見」に徹するよう、内々に指示を受けていたのである。
しかし父親たちは、その王家からの指示を娘たちへ伝えなかった! 嫁さんたちにも伝えなかった!
ただ「彼らを信じて待つように」とだけ告げたのである。
駄目じゃん!
そりゃあ、神託の詳細を当面秘すという王家の方針は分からんでもないけどさ。せめて「詳細は言えぬが、彼らの言動には理由がある。これは“王家も承知の上”だ。しばし静観して待て」くらいの説明はしとくべきでしょう。
ちなみに王家は、アングル家には神託の詳細は告げていたものの、「様子見」の指示は出さなかった。
精霊信仰の家でもあるし、「いまは魔獣討伐で大変だろうから」って。
それも、駄目じゃん・・・
結局、エリートと婚約者たちは、各家で話し合い、今後を決めるそうだ。
どんよりとした顔の当主たちと、笑顔でまなじりを釣り上げている奥方たち。
・・・話し合いは荒れそうだ。
とはいえ、どこも最終的には婚約維持で治まるだろう。適齢期のご令嬢にいまから新たな婚約者を探すのは、現実的ではないし。
彼女たちには将来、エリートたちを尻に敷くための条件付けを頑張ってほしいところだ。
ちなみに、魔法エリートであるアングル嬢の兄とお財布エリートに婚約者はいない。
アングル家にとって、この点だけはラッキーだったね。
アングル嬢と第一王子は、婚約解消となった。
公衆の面前で第一王子が婚約破棄を宣言しちゃったわけだし。
公爵家からの破棄とか、慰謝料云々とかがない分、まだおとなしい結末といえるだろう。
「我が国の令嬢の名誉を守ってくれたこと。王子たちの醜態を短時間で治めてくれたこと。あらためて感謝する」
王が、また深々と頭を下げる。
「私は、私の想いのままに行動をしたまでです。むしろ、よい縁を結べたことを感謝しています」
じつは、この会合の直前に、アングル公爵にご令嬢との婚約を了承してもらいました。
ミッション成功! やったね!
結婚後は俺が公爵家へ婿入りし、いずれはアングル嬢が公爵家当主となる予定。長男の魔法エリートは、魔法の腕だけは確かだから、どこででも、どうにでも、なるだろう。
「ヴァイランド王も、この縁を大層喜んでおります。これを機に、両国の絆が深まればと・・・」
ウサギのおっちゃんが、ほんわかとした笑顔で口を挟む。
「ヴァイランド王へは、あらためて親書にて礼を述べよう。近年の、一部の者どもが犯した無法への謝罪もせねば」
と、にこやかに王が応じる。
どうやら無事に両国の直接交易は再開しそうだ。
――と、ほっとしたのもつかの間。
「ヴァイランドには、この先の魔王討伐でも力を借りたいしな」
何やら王が不穏な話をし始めた。
「・・・それは、我が国にも魔王討伐の要となる精鋭がいる、ということでしょうか」
ウサギのおっちゃんの笑顔が引っ込んだ。
「いや。魔王の現れる場所が問題なのだ」
王と宰相の説明によると、神託で魔王が現れる場所と示されたのは、アングル公爵領とヴァイランドの間に広がる海域なのだとか。
どうやら今回の魔王は、海の魔獣が進化したものらしい。
そういうことなら、北海の覇者たる我がヴァイランドの協力は欲しいよな。
王様の下げる頭が軽い理由がわかったよ。
「神託では、どこまで魔王について示されたのですか」
この先の交渉を円滑に進めるためには、ヴァイランドの王族である俺も積極的に会話に加わるべきだろう。
「神託では、完全顕現した魔王の姿が詳細に示されています。
それによると、今回の魔王はイカの魔海獣が進化したもので、体長は胴だけでおよそ70m。
体色は銀色がかった薄紫色で、足の数は13本。その先端はネジ状に渦巻き、濃い紫色に染まっています。
また、足の吸盤の色は深紅。目は4つで、色はやはり深紅。
それから、胴の中央には、巨大な魔石が露わになっており・・・」
「――失礼。その魔石の色は、緑ですか?」
「! なぜ、それを!」
「もしや、すでに目撃されているのですか!?」
王と宰相が身を乗り出す。ほかのイングラーの面々も、目を見開いて驚きを隠せない。
「・・・まぁ、“目撃”はしましたね。幼体なせいか、そこまで大きくはありませんでしたが。色や足、目の特徴は同じです」
「なんと! 奴は今、どのあたりにいるのです?」
騒然とするイングラーの面々の前で、俺は自分の腹を指さした。
「――ここです。
半年ほど前に、漁師が銛と網で捕らえまして。浜辺で、皆で調理して食べました」
※
すべては俺の自信作、魚群探知機の功績だ。
俺の依頼で魚群探知機を積んで出港した漁船団は、サモンの群れを見つける前に、バカでかいイカを見つけて捕獲した。
体長は胴だけで15m。ザトウクジラくらいの大きさだね。
ヴァイランドにイカを食べる習慣はない。
だが。前世日本人の俺にとって、イカは、おいしい食材なのである!
色がおかしかろうが、あり得ない大きさだろうが、イカはイカ。せめて味だけは確かめたい!
と、いうわけで。
止めるジョスを振り切り、おれはさっさと魔法でヤツの身を切り出し、塩焼きにした。もちろん、魔道具で毒性の有無はチェック。無毒を確認してから口へ放り込んだのだ。
で。これがまた、とてつもなくうまかったのである!
テンションが上がった俺は、魔法でザクザクとヤツを解体。粘液にまみれ、笑いながらデカい魔海獣を切り刻むイケメン王子の姿は、さぞや恐ろしかっただろう。
しかし、ヤツは火であぶるとやたらと香ばしく、うまそうな匂いを発する。
さらに、俺のすすめで恐る恐る口にしたジョスの反応を見て、漁師たちは確信したのだ。
「コレはうまいヤツだ」、と。
その先はもう、あっという間に大宴会である。
最初は、浜辺で火を起こし、俺が魔法で刻んで洗浄した切り身を塩焼きに。
「ニンニクやハーブと一緒にバターで焼いてもうまいだろうなー」という俺のひとことで、漁師の奥様方が調味料と調理器具持参で浜辺に参上。
街からは、酒と食材を片手に、俺の魔道具仲間たちがやってきた。
大根みたいな根菜とあわせて魚醤で味をつけた煮物、ミンチにして、潰したイモやハーブと一緒に丸めて揚げ焼きにしたコロッケもどき、いろいろと作ったなー。
一番うまかったのは、肝の魚醤焼き。あれは酒によく合った!
肝の半分はゲソと一緒に樽に漬けて塩辛に。残った身は魔法でスルメに――。
連日連夜のどんちゃん騒ぎの末、皆で残さず、おいしく食べ切りました!
・・・そうかー。アイツ、魔王の幼体だったのか。
もう二度と食えないのか・・・残念。
※
呆然とするイングラーの面々に、ヤツから取り出した緑の魔石と深紅の目玉・吸盤はヴァイランド王家が保管している。使者を送り、確認してみてはどうかと勧めてみた。
宰相は「そうさせていただきます・・・」と答えたが、言葉に力がない。
そりゃ、戸惑うよね。
世界の命運を左右する困難に、国を挙げて立ち向かおうと腹をくくったら、その困難がすでに食べられちゃってたわけだし。
「・・・その、魔王の幼体ですが。お味のほどは、いかがでしたでしょう?」
微妙によどんだ空気の中で、涼やかな声が俺の耳に届く。
振り返ると、キラキラと輝く斑銅鉱の紫と目が合った。
「・・・最高でした。焼けば食欲をそそる磯の香りが立ち、もっちりとした身はやや粘り気があって、噛めば甘みのあるうまみが口いっぱいに広がります。
肝にいたっては、クリーミーで一切の臭みがなく、濃厚なうまみの塊でした」
「まぁ・・・!」
素敵。
言葉には出なかったが、紅潮した頬とほころんだ桃色の唇が、そう告げていた。
――うん。アングル嬢、いや、エリザベス様とは、うまくやっていけそうだ。
※
結局、魔王の生死に関しては、1ヵ月後の神託の場で、女神リリーに確認することで落ち着いた。
で。その結果は――
『この間、神託をおろしてから、わずか数ヵ月で魔王の反応が消えたでしょ。私もう、びっくりしちゃって。最近の子たちは、なかなかやるわねー、って感じ。
うれしいから、ご褒美、奮発しちゃう。今年は大地も海も、豊作豊漁よー!』
と、まぁ、こんな感じで。
女神リリーは大層お喜びだったらしい。
宰相の報告によると、なりそこなった精鋭たちは、意外にもこの新たな神託を粛々と受け止めたようだ。
――一人を除いて。
「何を、してくれちゃってんですかー!」
王家でのお話合い後、学園で魔道具研究三昧の日々を再開した俺のもとへ、新たな神託を受け止めきれなかった聖女、マリカが突撃してきた。
ちなみに、エリザベス様はアングル公爵と一緒に公爵領へ帰っている。終息の目途がついたとはいえ、魔獣の凶暴化による被害が気になったようだ。
「魔王を食べるとか・・・、食べるとかぁ・・・!」
と、怒りすぎて言葉にならない聖女マリカを、どうなだめようかと迷っていたら、ジョスの奴、アングル公爵領へ送った改良版魔道具の試作機を聖女マリカへ使いやがった!
だからお前は、ホイホイとご令嬢へ魔道具を使うな、っつーの!
その後、闘争心が萎えてしおらしくなった聖女マリカが、スンスンと泣きながら話し出したのだが・・・
なんと彼女、俺と同じく日本で暮らした前世の記憶を持つ、転生者だった!
聖女マリカの記憶によると、この世界は、乙女ゲーム『碧いさだめの恋人たち』、通称『アオ恋』の舞台なのだとか。
この『アオ恋』、前半はよくある乙女ゲームだが、後半は魔王討伐のバトルゲームにシフトするらしい。
主人公である聖女は、前半で攻略対象の一人を落とす。
しかし、残ったほかの攻略対象の好感度も一定以上維持し続けないと、後半の魔王討伐に失敗。世界が滅ぶバッドエンドを迎えるそうだ。
ちなみに、前半で攻略したキャラが魔王へのトドメをさす。攻略するキャラが変われば武器の種類も、戦術も変わるらしい。
「いわゆるハーレムエンドとは違うんです! 一人をちゃんと攻略して、その愛を、ほかのキャラたちに祝福してもらわないと、魔王を倒せないんです!」
愛がなければ世界が滅ぶんです! と、ちょっと復活した聖女マリカ(元女子高生)は力説するが・・・聞いてるだけで頭が痛くなるゲームだな。
「そりゃあ私だって、聖女に都合の良すぎる世界だと思いますよ。
けど、世界が滅ぶっていうなら、シナリオ通りに動かなきゃ、と思ったんです。
それが、推しのエリザベス様を悲しませることになってしまっても・・・!」
なんとこのゲーム。後半の魔王討伐のキーマンは、悪役令嬢エリザベス様なのだとか。
主人公チームの危機に、エリザベス様が颯爽と参戦。魔法をぶっ放してともに戦うことで、魔王討伐の成功率がグッと高まるそうだ。
「魔王討伐時にエリザベス様が王都にいると、参戦してもらえないんです!
だから、エリザベス様には婚約破棄をして、公爵領の北端にある別邸で、騎士様と一緒に過ごしていただかないと・・・」
この騎士様とは、ショボいいじめの実行犯の彼かな?
聖女マリカによれば、婚約破棄後、公爵領の北端で謹慎をしつつ騎士様と魔獣討伐を続けることで、エリザベス様の魔法技術は飛躍的に向上するらしい。
というか。聖女マリカ、エリザベス様が推しだったのね。
「そうなんです! エリザベス様の魔法は、華麗で、攻撃力が高くて、すごく格好いいんです!
でも私、リチャード殿下も、大好きで・・・」
リチャードとは、第一王子の名前だ。
要するに、聖女マリカは、世界を守るために、真剣に魔王の討伐を狙っていた。その努力の報酬として、第一王子の愛も欲しかった、と。
「それなのに、なんで魔王を食べちゃうんですかー!
いや、退治してくれたのは、ありがとうございますー!
けど、これじゃ私、リチャード殿下のお嫁さんになれないじゃないですかー!」
聖女マリカ、完全復活。ギャン泣きだ。
――だからジョス、その魔道具から手を離せ。
いまはそれ、必要ないんだよ。
だってほら。
わんわん泣いてる聖女の背後に、部屋の扉をそっと開けて入ってきた、リチャード殿下が立っている。
彼女の突撃を抑えに来たんだろうな。
見ろよ、あの顔。困ったようなふりをしてるけど、すごくうれしそうじゃないか。
このあと、すったもんだとイチャコラを見せつけてから、お騒がせの2人は詫びと礼を言って、帰っていった。
――エリザベス様、元気かなぁ。
ちなみに。
聖女マリカの記憶によると、『アオ恋』に、隣国の王子様である俺は登場しない。続編もないそうだ。制作会社が倒産したから。
つまりこの俺の、無駄に派手派手しいイケメン面は、ゲームとはまったく無関係の、天然モノだったのだ。
マジかよ……。
※
「――しかし、聖女にも前世の記憶があるとは。アスマン様の妄想は、妄想じゃなかったんですね」
前世の記憶に関しては、ずいぶん前にジョスに話したことがある。
・・・こいつ、俺の話を信じてなかったな。
その後、聖女マリカとリチャード殿下、エリートたちは、国を騒がせた罰として、イングラー南部に広がる魔獣多発地帯で討伐の任につくことになった。
魔王討伐のために精進を続けていた彼らは、想定とは異なる形とはいえ、国の役に立てることを喜んでいたそうだ。心底真面目な人たちだったのね。
聖女マリカは「南部の一部の地域では、お米を食べるらしいの。見つけたら、送りますねー!」と、張り切って旅立っていった。
彼らが数年の討伐任務を無事に務め終えたら、聖女マリカとリチャード殿下の婚約が発表されるらしい。これは、宰相がこっそり教えてくれた。
ちなみに、宰相の息子である知能エリート君は、今回の件で自身の知能が内政には不向きと自覚したようで、討伐後は宰相のあとは目指さず、王立魔獣討伐軍の戦略部門へ進むらしい。
婚約者(婚約維持を許された)の家には多くの軍関係者がいるし、収まるべきところへ収まった、という感じか。
俺は、あと1年学園で学んだあと、エリザベス様の卒業と同時にアングル公爵領へ移る予定だ。
結婚は、さらにその1年後。そのころには、今回の魔獣暴走による被害も落ち着いているだろう。
いま、エリザベス様は次代の公爵となるために領地経営を学んでいる。
もともと領地経営には高い関心があったそうで、勉強に、視察にと、毎日嬉々として飛び回っている。
兄である魔法エリート君は、南部の討伐任務を終えたあと、そのまま王立魔獣討伐軍へ入隊するらしい。
こちらはエリザベス様とは真逆で、領地経営には関心がなく、魔法さえ好きにぶっ放せればそれで満足、という質だったとか。
――じつは、今回の婚約破棄騒動は、この兄妹が自分たちの都合のいいようにエリートたちを誘導したのではないか、と俺はにらんでいる。
アングル公爵は、領民思いでやさしい人だが、定期的に魔獣狩りの危険を伴う公爵領の爵位は、よほどのことがない限り男児が継ぐべき、という思想の持ち主だ。
そんな彼が「娘」に爵位を譲るには、「息子」に誰が見てもわかるような失点が必要だったのではないか。
彼らが、リチャード殿下の暴走を止めず、婚約破棄を誘導したのだとしたら・・・
あ。もしかしたら、あのショボすぎる聖女へのいじめも・・・?
「まぁ物事、深く考えすぎないほうがいいこともありますよ」
カップにお茶を注ぎながら、ジョスが言う。
確かにそうだ。
予定された未来を含めて、俺は現状に十分満足している。
魔道具は研究し放題。商会を通じて故国ヴァイランドと研究成果は共有できる。
タエン港の拡張工事はこれからだが、イングラーとの直接交易が復活したいまは、故国から好物のサモンや海産物を自由に取り寄せられる。
公爵領で採れる柑橘類が、またサモンとよく合うんだよ。
そして、未来のお嫁さんは、エリザベス様。
はい。まったく問題はありません!
エリザベス様にしても、領地経営に口を挟む気のない俺は、伴侶としてお眼鏡にかなったようだ。
先日のお茶会でも「持参金がたんまりついたカワイイ婿様、ゲットだぜ(要約)」と笑っていた。
「――『美しい』とかじゃなく、『カワイイ』なんだよな・・・」
「そこに引っ掛るんですか? まぁ俺は、エリザベス様のその気持ち、ちょっとわかりますよ。
たとえば俺は、美しくて気高い猫よりも、多少間抜けであっても、気のいい犬のほうが好きなんです。あいつら、好みがハッキリしてるし、行動がわかりやすいし、そばにいると癒されるというか・・・」
「・・・主君を犬に例えるのは、さすがにどうかと思う」
「そういえば、ヴァイランドに発注していたサモンが届きましたよ」
「そうか! 輸送には、新作の『冷蔵機能付き魔道コンテナ』を使うように言ったんだ! 鮮度もチェックしたいし、今夜はサモンのステーキだな!」
生意気な従者がニヤニヤしながらがこちらを見ているが、知らん、知らん!
俺はこの先も、好きなことを楽しんで生きていくぞ!
ありがとうございました。




