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第1部:Double Drive — 鼓動と咆哮

この物語には、「歌」がない。


少なくとも、あなたが期待する形では存在しない。


ここにあるのは、音が失われた後の空白と、その空白を埋めるために選ばれた、あまりに乱暴で、あまりに正確な方法だ。

旋律の代わりに速度があり、感情の代わりに圧力がある。

そして何より、人間の身体そのものが、音を発生させる機構として扱われる。


彼女たちは壊れたのではない。

壊れた地点を「基準」にして、もう一度、回り始めただけだ。


本作『Double Drive』は、再生の物語ではない。

欠落を埋める物語でもない。


噛み合わなくなった歯車同士が、無理やり同じ軸に固定され、摩擦と発熱を繰り返しながら、やがて一つの運動として成立してしまうまでの過程を記録したものだ。


読んでいて、不快に感じる箇所があるかもしれない。

あるいは、どこかで妙な快感を覚えるかもしれない。


そのどちらも、正しい。


音は常に、快楽と暴力の境界に存在する。


これは、その境界を越えた後の話だ。

第1部:Double Drive — 鼓動と咆哮


第1章:死点(Dead Center)


スタジオは、音が減衰しきる中心に落ちていた。


カヨはソファの端に沈み、ベースを膝に置いたまま、ペグを回す。

「キン」と上がり、すぐに戻す。さらに少し下げる。

基準がない。音程ではなく、判断が狂っている。


「……決まらない」


声は短く、空気に消えた。

頭の中で回っているのは旋律ではない。噛み合わない歯車の、乾いた空転音だけだ。


ともちはアンプの前に座り、パッチケーブルを抜いては差す。

「カチッ」

その接点だけが、裏切らない。

弦には触れない。音を出せば、空っぽの内部が露出する。


ハノンはドラムの中で、パラディドルを繰り返す。

「タタタタ……」

正確だが、何にも接続されない。

中央の欠落を、精度だけが空回りしている。


視線が壁際のマイクスタンドへ向く。

そこにあったはずの"声の中心"は、もうない。


三人は同じ空間にいながら、同期していない。

回転数だけが異なる機構が、無駄に空気を撹拌していた。

 

第2章:レオナの来襲


「バァン!」


防音扉が壁に叩きつけられる。

静止していた空気に、外力が入った。


赤いヒール。

次に、三段のシンセ。

最後に、女。


レオナは中央まで迷いなく歩き、三人を一巡り見た。計測は一秒で終わった。


「……葬式? 湿気がえぐい」


声には艶がある。言葉に遠慮がない。

彼女はシンセの電源を入れる。操作に迷いがない。


カヨの足元を顎で示す。

「弦、落ちてる。そらボケるわ」


ともちは反応しない。

ハノンには飴が放物線を描いて飛ぶ。反射で受け取る。


「喉、使うやろ。黒飴。摩擦が減る」


カヨがわずかに眉を寄せる。何も言わない。

異物が、精度を持って内部に食い込んだ。


レオナは鍵盤に指を置く。


「……いくで」

 

第3章:同期(Synchronize)


「ワン、ツー」


鍵盤が走る。


「ドレミファソラシド」


正確。一定。容赦がない。

そのフレーズは音楽ではなく、回転数の基準値だった。


ハノンが応答する。

キック。スネア。ハイハット。

テンポを合わせるのではなく、機構ごと引きずられる。


負荷が上がる。

呼吸が浅くなる。

停止の選択肢が、消える。


レオナがマイクを掴む。


「ギア上げろ」


ハノンの中で、止まっていた回路が接続される。

打撃の反動が腕を伝い、喉に突き上がる。


「……あぁぁぁぁ!!」


打撃と発声が、初めて同一の瞬間に成立する。

ドラムの振動と声帯の震えが、一つの系になる。


音が変わる。

分離していたものが束ねられる。

単体の音ではなく、圧として空間を充填する。


ともちは弦を叩く。

カヨが低域を入れる。

レオナは回転数を維持する。


四つの入力が、同一の駆動に収束する。


ハノンは笑う。

苦痛はある。だが出力が成立している。


「そこや。続け」


レオナの声が、維持力になる。

 

第4章:臨界(Overdrive)


初ライブ。


楽屋で、ハノンは手首にテーピングを巻く。

強く、強く固定する。


「締めすぎや」


レオナが言う。


「これくらいじゃないと保たない」


カヨがベースヘッドを床に当てる。


「行くよ」


ステージ。照明。熱。観客。


カヨが一音目を出す。低域で空気の粘度が変わる。

レオナが即座に重ねる。


「ドレミファソラシド」


観客が止まる。

期待していた"歌"が来ない。


ハノンが入る。

打つ。叫ぶ。回す。


ドラムと声が完全に同期する。

二つの駆動輪が、ズレなく噛み合う。


音圧が上がる。

スピーカーが歪む。


ともちが隙間に切り込む。

四つの出力が一点に集中する。


観客の反応は分裂する。

前列の一人は顔をしかめる。

別の一人は笑いながら前に出る。


拒絶と興奮が、同時に発生する。


最後の一打。

音が消える。


残るのは耳鳴りと、判断不能な沈黙。

 

第5章:残響(Afterburn)


裏口。夜気。


ハノンはテーピングを外す。

皮膚が赤い。


レオナが缶コーヒーを渡す。


「焼けとるな。ええやん」


カヨとともちが来る。


「割れたな、客」

「でも止まらんかった」


事実だけが共有される。


沈黙はある。

だが、さっきまでのものとは違う。

同じ回転を経験した後の、余熱だ。


レオナが飴を口に入れる。


「ここからやで」


一拍置く。


「うちら、もう元には戻らん。回し続けるしかない」


「GEAR CLASH」


短い。硬い。噛み合う感覚がある。


ハノンが繰り返す。


「……GEAR CLASH」


カヨが背を向ける。


「帰るよ。明日動けなくなる前に」


四人は歩き出す。


エンジン音。

赤いテールランプ。


回転は、止まらない。



――第1部:Double Drive 完――


実在のバンドをモチーフにしていますがフィクションです

そのバンドに感謝と尊敬の意を

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