第8話
友哉の救出の次は救済だ。
不本意でも借金は借金だと返済をしなければいけない。金額的には組が負担すれば良いことではあったが、佐伯は考えがあって友哉に返させようとする。
その介助に指名したのは、旧知の仲のあの人だ。
「ごめんなさい」
90度どころか、膝に頭がつくんじゃないかと言うほど深く頭を下げた友哉の前で、事務所のソファに座っている榊は、腕を組んだまま黙って目を瞑っていた。
昼頃に友哉を伴って事務所入りした佐伯と姫木は、榊が来るのを待って友哉自身の口から榊に話しをさせた。
「やってしまった事は仕方がないが…今度から…いやあっては困るんだが、こう言う時は真っ先に俺に話すように」
隣室の戸叶たちは榊の怒る声がいつ聞こえてくるかとビクビクと様子を伺っているし、同じ部屋で榊と友哉を目の前にしている佐伯と姫木も、いざとなったら友哉を庇ってやらないと…などと考えるほどに空気は重かった。
だが榊の声は存外静かだ。
事情がわかり、こうして友哉が目の前に無事なのを確認したからもういいのだが、ここで甘い顔をしてしまったらこれからの潰しが効かないから、渋い顔のままじっとしている。
「友哉も懲りたようですし、榊さんこの辺で許してやってください」
本当のことが知れたら許してやってくださいどころか休戦協定まで壊れそうなことが起こりかねないのだが、今の時点では榊も半分は許しているようなので佐伯が間に入った。
「友哉」
呼ばれて立ったままの友哉はビクッと体を震わせた。
「あまり心配かけさせるな。言ってもらえない方が心配なんだぞ」
榊の静かな言葉に、友哉の頭がますます下がる。
「今度からは何があっても、絶対に俺に相談するんだぞ、いいな」
下げた頭の向こうで、友哉はーはいーと応えた。
取り敢えず和解したのに安堵して、佐伯は現実を切り出した。
友哉は姫木が声をかけ、身を起こさせて近くの1人がけソファへと座らせる。
「現時点で存在する800万の借金なんですが…どうします」
踏み倒したりはできないことは榊も心得ている。
榊にしてみれば、立て替えると言ってしまうのが一番楽なのだが、この場合友哉にも得策ではない。
「正式に黒狼会へ行けと言うのなら行きますけれど」
佐伯の言葉に榊が唸るが、その会話の内容はその場で友哉だけが理解していなかった。
「できるか」
榊の視線が友哉に及んで友哉は不安そうに隣の姫木を見る。
「なに…?」
「お前が自分で勝負するんだよ」
姫木に言われ、ええっ?と声をあげて今度は榊へと向き直った。
「自分のけりは自分でつけないとな」
物凄く心配なのだが、それは顔に出さず榊は厳しい顔でそういう。
「サシって訳には行かないけど、俺らが補助に付くから。やるか?」
この際、この世界の厳しさを味合わせて2度と足を踏み入れないようにさせるという意味も含まれていた。
最終的にもしもの時は榊の手助けが入るのだろうし。
しかしそこは新浜の息子だ。1分ほど考えてはいたが、きっぱりと
「やる」
と言い切った。
「わかった。榊さんもいいですね」
最終確認を後見人の榊に取って、佐伯は乗り出すつもりだ。
榊は頷いて
「宜しく頼む」
と一言言った。
~2日後~
「何の用だよ」
双龍会の事務所へは初めてきた越谷龍一は落ち着かなそうに辺りを見まわし、戸叶に案内されて佐伯の前に座らされての先の一言。
「呼びつけちまって悪かった。外で話せない内容なんだよ。どうしてもお前に頼みたいことがあってさ」
昨夜佐伯から連絡があった時から嫌な予感はしていたが
「お前らのお願いってなんなんだよ」
と、不機嫌そうにソファにそっくり返る。
「何怒ってんだよ」
佐伯は戸叶を大学まで迎えにやったのだが、戸叶は佐伯の客ということで、張り切ってブルーのシャツに黒いスーツでしかも真っ黒のレクサスを伴って校門の前に立っていたらしい。しかも龍一が現れると恭しく頭を下げご丁寧にドアまで開けたりしたものだから、周囲の注目を浴びっぱなしだったと憤慨しているのだ。
佐伯はやりすぎ、と戸叶をみると確かに言われた格好をしていた。流行んねえから着替えてこい と言われ、戸叶は渋々ロッカーへと向かった
「会うなら会うでいいんだけどさ、俺の立場も考えてくれよ。大学今退学になるかどうかの瀬戸際なんだからな」
それは自業自得だろ…と言う言葉は飲み込む。
「こう言うところに出入りしてるの見られると、まずい人もいるしな」
もう、こいつは一体どんな生活をしてるんだと小一時間問いただしたくなる佐伯だったが、今回は龍一の手がどうしても必要なので、下手したてにでるしかない。
「わかった、次からは気をつける。だから、今回ばかりは俺の頼み聞いてくれないか。この間の件もあるしさ」
コーヒーを持ってきた児島に軽く礼を言って、早速一口啜る。
「あれは金払ったんだから取引だろ。なにか?今回の頼み事とやらも取引なのか?なら少しは考える」
相変わらず不遜な態度で言う龍一に佐伯は
「今回はそう言うことじゃなくてな、借金を返す手助けを手伝って欲しいっつーか…」
龍一はその言葉に両手を挙げた。
「無理無理無理!人様に協力できる遊び金なんて俺にはないぜ」
ますます不遜になる態度に言い方が悪かったと佐伯は手招きした。
「手っ取り早く言っちまうと、博打の介添をやってもらいたい」
手招かれて身を乗り出した龍一は、10秒くらい考えた後
「なんだそれ、聞いたことねえぞ」
と、身を離して眉を寄せる。
佐伯にしてみれば、榊に責任持って補助につくなんて言ったものの、自分達は博打に関しては門外漢、つまりど素人だった。
この世界に入った直後から牧島の元で警護や切り込みを専門にやってきたから、そう言った遊びに傾倒している暇がなかったのである。
賭場への出入りの経験はあるが、付き添いやそう言った感じのことばかりだった。
「で、その子に要領を教えて、勝つように訓練をする…?無理だろ」
キッパリと言って龍一はコーヒーを啜る。
「お前そんなキッパリ…」
「教えごとじゃないのお前もわかってるだろ。そんなんで借金するくらいなんだから、その子だって解ってるんだろ?じゃあ教えることもないだろ」
言ってる事は理解できるが、この場合どうしても龍一の手助けは必要だ。
「そう言わずにさ、お前が1浪2留してまで培った技術を借りたいんだよ頼むよ。イカサマだっていいからさ」
そう言う言い方は良くないぞ、と佐伯を睨んでため息をつく。
「大体丁半なんてのは、本人の勘だろ?イカサマなんてあれはできないぞ?あれのイカサマは振る方がやるもんだし俺がそばにいたくらいじゃ…」
「いや、丁半じゃない」
龍一は再び嫌な予感がして身を引いた。
「じゃあ…なんだよ…」
「手本引きだよ」
その一言で、龍一は降りると即答した。
「なんだよそのガキは、手本引きで借金作ったのか?当たり前だよ!」
手本引きは、胴と呼ばれる所謂「親」と張子と呼ばれる「子」との心理戦の博打だ。高尚な駆け引きの上に成り立ち、昨日今日賭場に出入りした者に太刀打ちができるものではないのだ。
「大体から俺は、手本引きの胴師相手にイカサマやるほど図太くないよ。手本引きの胴師って言ったら関東にはいないから、発祥の関西から呼んでるに違いないんだ。そんな本場の人の前でできないね、俺は」
「どう考えても勝ち目はないのか?」
「ないね。サシなんだろ?それこそないよ。丁半にすりゃいいじゃんよ」
すればいいじゃん と言われてできれば苦労はしない。
「掛け率が違うだろ。800万の返済には、丁半じゃ無理だ」
それは最もなのだが…。
「どうしても手本引きで行きたいのか?」
龍一の言葉に佐伯は頷いた。根負けしたように膝の上で頭を抱えた龍一は、
「わかったよ…」
と承諾の声を出した。




