婚約破棄の最中、天井から仮面の男が降ってきた
最近流行りの物語がある。王子が婚約者に婚約破棄を告げ、真実の愛を手にいれると言う話。
この物語は私も読んだが、読み終えた後色々と指摘したい箇所は沢山あった。そもそも王命である婚約を破棄できるのか、王子が婚約者を断罪しているが、そもそも浮気しているのは王子だ、とか、王太子でも無いのに刑罰を決める事はできないはずだ……など。ただ、頭を空っぽにして一読者として読んでみると、設定が斬新で面白いなと思ったのだ。
この話が今貴族内で流行しているのは、こんな事が現実で起こるはずがないから。だって、王命で結ばれた婚約を破棄するなんて、愚か者のすることに他ならない事を大抵の貴族は理解している。だから全員が娯楽のひとつとして、この物語を楽しんでいる――のだと。
だからまさか、この話の流れのままに事を起こす人がいるとは、思わなかった。
――しかもそれが自分の婚約者だと誰が思うだろうか。
広間は静まり返っていた。
原因は目の前の男である。彼は何が面白いのかニタニタとした下品な笑みを湛えている。
「アリアネ、お前とは婚約破棄だ!」
婚約者であるレオポルト様が唾を飛ばして宣言する。そして隣にいる顔も見たことのない女性は、こちらを見て勝ち誇ったような顔をしている。
――ちょっと待て、と言いたい。
現在私たちが参加しているのは、学園の卒業パーティだ。卒業生の皆様が、三年間の学園を振り返り旧友たちと学生としての最後の歓談を楽しむ、そんな場である。
確かにレオポルト様は卒業生。しかも筆頭公爵家の嫡男である。
だけれど、他の卒業生の皆様を差し置いてパーティを私物化して良いわけではない。現に彼の宣言が迷惑だったのだろう、他の卒業生の皆様は迷惑そうな表情でレオポルト様を見ているのだが、それに気が付かないほど彼は周囲が見えていないらしい。
以前から何かに集中しだすと周りが見えない事はあったが……流石にこれは嫡男として、いや、貴族としてあり得ない。
それにこの流れは完全に流行りの物語そのままだ。
貴方は馬鹿なの? 貴族教育はどこいった? と言いたい。言えないけど。
私が無言だからか、調子に乗ったのか……レオ……いや、もう彼の名を考えるのすら嫌悪し始めているのであの男、で良いだろう。あの男の話はどんどん進んでいく。
「お前は俺が可愛いへディを愛するから、と彼女に嫌がらせをしたのだろう?! 残念だな、俺の心はすでにへディにある。お前なんかにはない! それに気を引くにしても、へディを攻撃するなど言語道断! そんな女は俺の婚約者として相応しくない!」
つまり、嫉妬で私が彼女を攻撃した、とあの男は言っているようだ。
……嫉妬? この私が?
あの男の言葉に鼻で笑いそうになるのを扇で隠す。危ない、ここで笑えばあの男が逆上して面倒くさくなるだけだ。扇の下で表情を整えた私は、パチンと音を立てて扇を閉じると、その音に驚いたのか肩が跳ねる二人が視界に入り、少しだけ口角が上がってしまった。
「婚約破棄、承りましたわ。ここにいらっしゃる皆様が証人という事でよろしいでしょうか?」
私は周囲を見渡して、参加者の皆様に視線を合わせると、頷いてくれた方も多い。特に卒業生の皆様は、あの男にパーティを壊された恨みもあるのだろうか、眉間に皺を寄せて何度も頷く方たちが多かった。
ここにいる卒業生の皆様は一部を除いて、非常に優秀な方たちばかりだ。ご両親の爵位を継ぐ方だけでなく、王宮へと仕官する方もいる。そんな皆様だけでなく、我が家をも敵に回すとは……貴族社会で生きていけるのかしら? ついでにへディと仰るあの女性も。
顔すらもう見たくないのだが、再度あの男に視線を戻す。すると男はポカンとした間抜けな顔を晒している。勿論、女もだ。
すんなり婚約破棄に同意したはずなのに、何故そんな表情をするのだろうか、と首を傾げている私をあの男は指差した。
「婚約破棄だぞ? 破棄して良いのか?! 俺らの婚約は王命だぞ?!」
私も含め、周囲の者たちも「何を言っているんだ」という表情であの男を見る。婚約破棄を先に宣言したのはお前だろう、と。
それよりもこの婚約が王命である事を理解していたのに驚きだ。てっきり分かっていないのかと思っていたのだが。
あの男は婚約者としての最低限の礼儀すら身についていなかった。誕生日に贈り物を贈られる事は一度もなかったし、手紙や伺いの連絡にも返事がほぼなかったと言って良い。何度か婚約者として隣に立ったけれど、その際は隙あらば私の身体を下品な目で舐め回すように見られた事もある。
流石にこの件はお父様にも報告しており、あの男の父親に苦言を呈していただいたが……あの子にしてあの親あり。お父様の注意後、私を品定めするような下品な目を向けながら猫撫で声で「注意しておくな」と言うだけ。気持ち悪くて鳥肌が立ったくらい。
そもそもの話。
王命であっても流石にこの人数……しかも公の場で発言したのだから、撤回などできるはずもない。
しかもここには国内の令息令嬢だけでなく、周辺国からの留学生だっている。先程留学生の何人かが侍従に指示を出していたから、この婚約破棄事件はすぐに広まるだろう。
あちら有責で婚約破棄になる事に何故気づかないのか。そこまで落ちたか、と残念に思った。
「王命ではありますが……このような公の場で宣言されてしまえば、受けざるを得ませんわ。それに、貴方様にはもう既に心に決めたお方がいるようですし……私も元々国王陛下に婚約白紙を奏上しておりましたし、良い機会ですわ」
「婚約白紙を奏上、だと……?!」
「はい」
あの男は目を丸くして驚いている。いや、当然の結果だろうに。
この婚約は陛下たっての希望で組まれた婚約だ。我が家は侯爵家ではあるが、現在王家にも影響を与えるほどの権力がある。その理由は私のお母様だ。お母様は隣国の公爵家から我が侯爵家に嫁がれたのだが、隣国は我が国の数倍以上の領土を持つ大陸屈指の大国なのである。
それだけでなく、お母様の両親……私の祖母に当たる方なのだが、彼女は隣国の前国王陛下の妹。つまり私は隣国の王族の血を引いている事になる。また、お母様の実家は隣国一の大商会を運営しており、その商会は我が国の流通にも大きく関わっているのだ。
王家は我が家との繋がりを強化したい、と考えた。それは当然の事なのだが……残念な事に王家には適齢期の男性がいなかったのだ。
そこで手を挙げたのが、あの男の実家である公爵家だ。かの家は過去に王女殿下が何度か嫁がれている。それもあって陛下もこの婚約に了承した、とお父様は教えてくださった。
婚約が決まったのは、弟が生まれてすぐの事だったそうな。
私たちの顔合わせ自体は七歳くらいだった気がするけれど。
流石に侯爵家を……私を蔑ろにし過ぎている、と怒ったお父様が婚約白紙を陛下に奏上したのが一ヶ月前。
現に私が卒業してから直ぐに結婚を、という話があったのだが、怒り狂ったお父様を止めるために、陛下が延期を認めたのである。
それが卒業してから数年後に伸びた。この間に婚約をどうにかできないか、お父様と話している最中でもあったのだ。
ちなみに侯爵家は弟に継いでもらうつもりだ。
本人は私がそう言えば「えーっ」と眉間に皺を寄せているが、私よりも能力があるのだから当然のことよ。
周囲の雰囲気は「まあ、そうなるよね」と私に同調してくれているようだ。元々学園での素行が二人とも悪いのは公然の事実として知られているのだから。
それよりもあの男の次の言葉が、私を驚愕させた。
「何故だ? ……お前は俺の事を好きなのだろう?」
「あ?」
思ってもみなかった言葉だからか、私は無意識にあの男を威嚇したらしい。あら、思わず言葉にも出てしまったわ。優雅に扇子で口を隠せば、あの男は私の視線に怯んだようで一瞬肩が跳ねた。
まるで流行りの物語そのままだ。
あの話でも何故か婚約破棄を告げた男は、婚約者が自分の事を好きなのだと言い張っていた。
物語では確かに婚約者はまだ男の事が好きだったけれど……考えてみて欲しい。落ち度がない婚約者に対し、一方的に蔑ろにしてきた男を好きになれるか……答えは否だ。
今日だけは許して欲しいと思いつつ、頓珍漢な答えを出しているあの男に対して、私は大きなため息をついた。
「お言葉ですが……貴方様は私に好かれるために何か行動を起こされました? 誕生日の贈り物も無し、手紙の返事すら送らない。私との交流会も大抵遅刻……その癖、浅ましい視線でこちらをみてくる……そんな男、こっちから願い下げですわ」
「なっ……?!」
溜まりに溜まった鬱憤が限界を迎えた私は、今までの事を暴露する。
はしたないが、これくらいの意趣返しなら良いよね、とも思う。私の言葉を聞いた周囲の方々は、あの男に対して幻滅したようだ。
皆が一様に冷たい視線を送っているが、残念ながらあの男は気づいていない。なんと幸せな事だろうか。
壇上ではあの男が私に対してピーチクパーチク……ずっと喋り続けている。そして隣にいるヘディという女性。最初は私を見下すような表情で見ていたけれど、いつの間にか顔色が悪くなっている。まあ、知らないけど。
聞く価値もない、と思った私は、あの男の言葉を右から左に流す。
……王命でなかったら、あの男との婚約は拒否したかった。最初に会った時から、ああだったんですもの。
口には出せないけれど……私だって、心に秘めた想いがあったのだから。
お父様から婚約者について話されるまで、私はその方との未来を思い浮かべていたのよ……。幼い頃の淡い恋心を思い出し、胸が痛んだ。
だからだろうか。私が何も反応しない事に痺れを切らしたのか、あの男が声を荒げる。
「おい! 聞いてるのか!」
私があの男に言葉を返そうとしたその時――。
「ああ、ちゃんと聞かせてもらったよ♪ ただ……君のみっともない姿は、『皆』が見ているけど大丈夫かい?」
どこからか声が聞こえてくる。
「誰だっ!」
「あ! う、上よ!」
女性の甲高い声が響き渡る。彼女の声に釣られて私は天井を見上げた。すると天井近くの窓に立っている男がいるではないか。その男は顔の上半分を隠すような仮面を付けている。そして黒いマントをなびかせ、彼は軽い掛け声と共に窓から飛び降りた。
「きゃあっ!」
令嬢の悲鳴があちこちから上がる。あの高さで飛び降りたら致命傷になると思い……少しだけ顔を背けたが、目だけは彼へと向けた。すると落ちている途中で彼が何かを呟くと、足に風を纏っていた。仮面の男性は魔法を使うらしい。
彼はゆっくり地上へと降り立つと、優雅に歩きながら私の隣へとやってくる。
そして私の隣に立つと、あの男に向けて話しかけたのだ。
「君はフォースター侯爵令嬢との婚約を破棄する、という事で良いのかい?」
フォースター侯爵令嬢とは私の事だ。
「な、なんだお前は! いきなり出てきて――」
「私の質問に答えて欲しいな? フォースター侯爵令嬢との婚約は、本当に破棄で良いのかい?」
「い……いいに決まっている!」
出鼻をくじかれたあの男は、顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし仮面の男性の圧に負けたのか、狼狽えながらも言い切った。あらあら、みっともない事……。そう考えていた私の横で、仮面の男性がニタリ、と笑ったような気がした。
「それなら私がこの美しい御令嬢を戴いても良いという事だね?」
「あ……当たり前だ! ヘディを虐める女なんて俺はいらない!」
「そうか……その言葉後悔しないといいね♪ それじゃあ、遠慮なく戴いていくよ」
「……へっ?」
最後の言葉は誰が言ったのだろう……いや、私だったかもしれない。
――私は何故か仮面の男性にお姫様抱っこをされていた。
周囲が呆然とする中、仮面の男性は呪文を呟く。すると先程登場した時に立っていた窓まで飛んでいった。一瞬のことで、誰も言葉が出ない。勿論、抱っこされている私もだ。
「それじゃあ、よい日々になる事を祈っているよ♪」
そう告げた仮面の男性は、空いてる窓から私を抱いて飛び降りたのだった。
仮面の男性は、私を抱っこしながら兎のように木の上を飛んでいく。そして学園の女子寮の屋上にたどり着くと、優しく私を下ろす。地に足を着いた事に安堵した私は胸を撫で下ろした。
流石の私でも、ずっと飛び跳ねている状況は怖かった……彼の首をぎゅっと掴んでいたし、彼が落とすとも思わなかったけれどね。
私は仮面の男性に顔を向け、首を傾げた。
「ねえ、どういう事か説明してくれるかしら? マシュー」
「おや、バレていましたか?」
仮面を外すと、そこにいたのはやはりマシューだった。私の母の実家、隣国の公爵家の嫡男――そして、幼い頃から何かと気にかけてくれていた人だった。
マシューは留学という形で私たちの学園に通っていた。元婚約者と同い年なので、三年生として……。
「なるべく言葉遣いも含めて分からないようにしてみたのですが……どこでお気づきに?」
そう彼に訊ねられ、私は無言で扇子を顔の前で開く。
熱を帯びていく頬を隠すためだ。
だって、歩き方を見て気づいた……なんて、恥ずかしくて言えないじゃない。
それに今になって思い返してみれば……あの場で彼が言った言葉――。
「私がこの美しい御令嬢を戴いても良いという事だね?」
あれはまるで私を嫁に迎えるかのような……いえ、そうとしか取れない言い回しじゃない?
……ずっと胸の奥で隠し持っていた想い。一生心の中に秘めていこうと決意した想い。その想いが胸から溢れそうになるのを抑え、私は言葉を紡いだ。
「私が気がつかないとでも思って? すぐに気がついたわよ」
声が震えないように、慎重に。堂々と。
マシューに私の想いが露呈しないように。
けれどもどうしても手の震えだけは、抑える事ができなかった。気がつかれないと良いのだけれど。
マシューは目を細めて私をじっと見つめている。引き攣る頬を押さえつけ、私は貼り付けた笑みをマシューへと送った。
お互いが見つめ合う。この永遠にも続くかと思われた時間は、マシューによって破られる。彼はフッと笑みをこぼすと、私に近づいてきた。
マシューがこちらに歩くたびに、私も一歩下がった。それを何度か繰り返した後、私は何かにぶつかる。チラリと後ろを見れば、扉がそこにはあった。
彼は穏やかな笑みをたたえながら、私の元に歩いてくる。
途中で視線が交わってしまった私は、彼の美しい笑みに目を離せない。
だから気がつかなかった。いつの間にかマシューは私のすぐ傍に立っていた事に。
息を呑むほどの距離だった……元婚約者ともここまで近い距離で接したことはない。
少しでも動けば、彼に触れられそうな位置。幼い頃でもここまで近かった事はないはずだ。それがまるで当然かのようにマシューに振る舞われ、私の胸は落ち着かない。
婚約者でもないのに、こんなに距離が近いなんて……ずるいわ。
頭ではそう思ったけれど、一方で喜んでいる私もいる。頭の中でぐるぐると考え事をしていたからか、気がついた時には、私は下を向いていたようだ。
「ねえ、アリアネ?」
彼の言葉が耳元で聞こえた。普段とは違う……あまりにも艶のある声色と口調に、私は肩が跳ね……無意識にマシューへと顔を向ける。
――動けば、触れてしまいそうな彼の唇。そんな距離に、彼の顔がある。
まるで私を逃がすつもりなど一切ないと言わんばかりに、彼は右手を壁についた。
「私の告白に、返事をいただけないかな?」
……こんなマシュー、私は、知らない。
周囲から爽やか王子と呼ばれ、いつもニコニコと微笑んでいたマシュー。いつも余裕がある表情で、楽しそうに私の話を聞いてくれていたマシュー。
マシューって猫みたいだね、なんて以前は話していたけれど、今のマシューはまるで肉食獣のよう。
獰猛な彼の姿に見惚れてしまいそうになった私は、扇子で顔を隠す。
「こ……告白って、何の事かしら……?」
先程の言葉は、やはり私を娶るという意味だったらしい。
けれど、思うのよ……私はあの男に婚約破棄を公衆の面前で告げられているの。そんな私があなたの隣に立つなんて……相応しくないじゃない……。
痛む心を叱責し、私は全力でとぼけた。
今なら謎の仮面が私をさらって行った、で終わらせられる……その後、修道院にでも入れば良いのだわ。この気持ちはを、胸にずっと秘めたまま――。
「ねえ、アリアネ?」
また彼の言葉が耳元で聞こえる。
「君はそんなに察しが悪かったかな?」
「……っ、え、ええ……」
私は彼の言葉から逃れようと、左側へと顔を背けた。ついでに扇子でそっと顔を隠す。
その仕草を見たマシューは、左手で私の扇子を器用に閉じると、そのまま私の顎に触れ――強引に、視線を自分へと向けた。
彼の瞳の奥には、言葉にならない熱が滲んでいる。
「君の事だから、きっと『婚約破棄された私は、あなたに相応しくないわ』とでも思っているんだろうけれどね」
マシューの言葉に私はわずかに目を見開く。
「何で分かったの? って顔をしているね? 私がどれだけアリアネを見てきたと思ってる?」
意図せず頬が熱くなる。その言葉はまるで――。
「私が君を手に入れたいと思っていたのに……もう君は他の男のものだった……さて、その時の私がどんな気分か、想像できるかい?」
「……」
私は何も言えなかった。マシューの瞳はただただ切なくて、私は見つめることしかできない。
「あの男が婚約破棄をしてくれたお陰で……やっとアリアネを手に入れる事ができたんだ。もう逃さないからね? 諦めて私のモノになってくれるかい?」
すぐ彼の瞳に怪しい光が灯り始めた。マシューが私に執着している……彼の想いが心地よいと感じる私も、もう手遅れなのかもしれない。
ここまで求められているのであれば……彼に委ねてみても良いんじゃない? という考えが頭を過ぎる。
――理性半分、本能半分。
貴族としての理性が私を引き止め、彼を愛している本能がその手を振り払おうとしている。そんな葛藤を知ってか知らでか、彼は私にフッと笑いかけた。
「いや、既に私のモノか。どこまでも私と一緒に堕ちようじゃないか?」
目の前が暗くなる。
そして唇に何か温かなものが一瞬触れた。
思わず唇に手を触れる。
僅かに唇に残る温もり。
マシューは「ご馳走様」と私に告げているかのように、唇をペロリと舐めている。それがまた息を呑むほど艶やかだ。
――もう溢れ出る想いを隠し通す事はできなかった。
「……ええ」
ついに私は、陥落した。
その後私たちは今までの時間を取り戻すように、何度も確かめ合うようにそっと触れ合った。もう抑える必要もない。周囲に誰もいない、その開放感も手伝った。
気持ちが一旦落ち着いたところで、私はマシューに声をかける。
少し足が疲れていたので座りたい、と言えば……彼は自分の膝の上に私を座らせた。
恥ずかしかったけれど、マシューは離してくれそうもない。諦めて聞きたい事を訊ねた。
「ねぇ、私を連れてきて良かったの? そもそも何でマシューは仮面を被っていたの?」
公衆の面前で婚約破棄が行われるなんて思わないじゃない。それにしては準備が良かったような気がしたのだけれど……?
「ああ、あれは余興って事になっていますから、問題ありませんよ?」
「余興?」
どういう事? と思いながら話を聞くと……なんと今、あの会場には国王陛下がいるらしい。
レオポルトとヘディの婚約の承認と、私とマシューの婚約の承認をしてくれていると。そして皆に楽しんでもらおうとこの余興を行ったと。
マシューは上層部と話をつけていたらしい。
もしレオポルトが私に婚約破棄を突きつけたら、自分が私の婚約者になると。そして私が婚約破棄されたため、あの茶番を演じたのだと。
マシューは通信の魔道具を利用して、あの茶番を上層部に聞いてもらっていたらしい。あの時『皆』と言ったのは、会場の皆という意味ではなく、我が国の上層部も含めていたのね。
「少し無理があるんじゃない?」
「ありますけど、国王陛下が仰った事ですから」
どう見ても白色でも、陛下が黒といえば黒色になりますからね。そういけやしゃあしゃあと話すマシューに、私は思わず笑ってしまう。
「……こんな私で幻滅しましたか?」
先程までの自信はどこへ行ったのやら。目尻を下げて言うマシュー。
私は目が点になった後、声を上げて笑った。
「まさか! ……マシュー、愛してるわ。どんな貴方でも」
そう告げれば、彼は目を瞬かせる。そして美しい笑みを見せた後――。
「私もですよ、アリー」
そう言って抱きしめてくれた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
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【蛇足です】
レオポルトの実家である公爵家は、嫡男の管理不足を指摘され両親ともども(ついでにへディも)隠居させられました。田舎で細々と暮らしています。
公爵家はレオポルトの父の弟に爵位が引き継がれ、存続。爵位をひとつ落として侯爵家として再出発しました。