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ホラー

帰る家

作者: 暮伊豆

「くせえんだよカスヤ! 学校来るなって言っただろ! さっさと帰れよ!」

「そうだそうだ! ちょっと100点とったぐらいで調子にのるな!」

「細いし白いし! きもいんだよ!」


昼休みの体育館裏。イジメの中心となっているのは多田野(ただの) 聖牙(せいが)、小6の男子である。一方、イジメを受けているのは白沢(しらさわ) 一哉(かずや)、同じく小6だが聖牙と違って体も小さく色白である。両親ともに医者であることへの嫉妬、本人の成績の良さや気弱さ、そして両親の多忙さが相まってイジメはどんどんエスカレートしていった。

決して服を汚すことはなく、顔を傷つけることもない。心に暴言、胴には暴力で。


そしてとうとう……


一哉は涙を浮かべ走り出した。そして校門から出ていってしまった。いつもは泣きながらトイレかどこかに逃げていたのが……今日は違ったらしい。


「ぎゃはははぁ! 帰れ帰れー! もう学校来んなー!」

「ひゃははぁ! だっせー! 泣いてやがるよ!」

「男のくせにな! あいつ実は女なんじゃん? 明日来たら校庭でパンツ脱がせよーぜ!」


聖牙たちは盛り上がっている。




そして放課後。一哉が置いて帰ったランドセルを聖牙は持っている。教師に自分が届けると率先して申し出たのだ。もちろん教師への点数稼ぎと……さらなるイジメのためだ。


通学路にある公園、聖牙たちが秘密基地と呼ぶ半球型の遊具の中にランドセルの中身をぶちまけた。


「おっ、こいつ高そうなシャーペン持ってる。生意気だよな。もーらい」

「教科書汚え! 破ってやろ。ひこーきひこーきー」

「じゃあおれはノートにはげましの言葉を書いてやろっと! はやく、ゲンキになって、ガッコーにきて、ください、また、なかせて、やるよバーカ、っと」


「おっ、おれにも書かせろよ!」

「こっちのノートでいいんじゃん?」

「べんきょう、がんばって、ください、しょうらい、なんの、やくにもたたないけどねザーコ、っと」


夢中で好き勝手なことをする三人。時が経つのも忘れて。


六時のサイレンが鳴る。街が茜色に染まり、少し寒くなってきた。


「そんじゃなー。俺こいつを届けてから帰るからさー」

「バイバイせいがー」

「カスヤんちのケーキ目当てなんだろー」


ランドセルは無傷。気弱な一哉が両親に何も言えないことを見越した行動なのだろう。


そしてランドセルを届けてケーキまで平らげた。いつもと違うのは一哉がいなかったことだ。たいていは一哉の部屋で一哉の分までケーキを食べるのだが、今日は一個しか食べることができず不満そうな聖牙だった。




自宅に着いた聖牙。外に漂う匂いがカレーだったことで上機嫌になっている。


「あれ? 開いてない。ったくかーちゃん何やってんだよ」


いつもなら自分が帰ってくるまで玄関の鍵は開いている。聖牙がピンポンを押すのを面倒くさがって母親に開けておくよう言っているからだ。

連打。ケーキは食べたが一個ではとうてい足りない。頭の中はカレーでいっぱいになっている。


反応がない。匂いはするし、談笑の声も聴こえる。


さらに連打。


『どちら様?』


ようやく反応があったが、インターホンから聴こえてきたのは酷く冷たい母親の声だった。


「かーちゃん開けてよ。おれだよおれ!」


『どちら様?』


「だからおれだって! はらへってんだよ!」


プツリ……切られた。


「ふざけんなよ! 開けろよ! かーちゃん開けろよ!」


今度は玄関の扉を叩く。叩くだけでなく蹴りまで。


「かーちゃん開けろって! おれだって言ってんだろ!」


だが、ちっとも反応がない。ピンポンを連打しても同じだった。屋内から漏れ聞こえる談笑。そこには母親の声だけでなく子供の声もあった。聖牙は一人っ子なのに。


仕方なく回り込み、中が見える場所を探す。自分の家に自分以外の子供がいるはずがないのだ。


そして、見えた。カーテンの隙間から。


「カスヤ……! あの野郎! なんで! おいテメー! カスヤ! なんで俺んちにいんだよ! 出ていけよ! さっさと帰れって言っただろ!」


窓ガラスを激しく叩き大声で叫ぶ。割れてしまうことなど気にもせずに。だが、びくともしないし中にいる一哉も母親もこちらを見向きもしない。


「おいかーちゃん! そのカレー俺のだろ! なんでカスヤが食ってんだよ! おいってば!」


やはり何の反応もない。ついに周囲は真っ暗になってしまった。

母親と一緒にテレビを見て笑う一哉。

母親が剥いた桃を食べる一哉。

いつの間にかパジャマに着替えていた一哉。見覚えのあるパジャマ、それは自分のだと窓ガラスを叩く聖牙。


そんな時、一哉を見てふと思いついた。


「くそ……だったら……」


すっかり真っ暗になった住宅街を歩く。街灯がある場所もあれば、ない場所もある。歩き慣れた道のはずなのに、暗さと寒さのせいか震えが止まらない。


それでもようやく目的地に着いた。先ほども立ち寄った一哉の家へと。


先ほどのようにピンポンを押す。


『はい?』


「こんばんは! 聖牙です! あのー、かずや君帰ってきてますか?」


『あら聖牙くん。一哉ならさっき帰ったわよ』


「え!? あ……そうですか……わかりました」


自分の家に一哉がいるのなら、代わりに自分が一哉の家に行くこともできる……そんなバカな妄想はあっさり砕け散った。


再び家に戻るも、どれだけピンポンを鳴らしてもドアや窓を叩いても一切反応はない。すでに部屋の灯りは消えていた。


「なんだよ! なんでだよ! おれんちだよ! 入れろよ! 開けろよ! 開けろおお!」


泣きながら叩き続けても何も変わりはない。

腹はへる。自分のランドセルがやけに重く感じる。


聖牙が次に訪れたのは一緒に一哉をイジメている友達、エージの家だった。ピンポンを押す。


『はい?』


「こんばんは! 聖牙です! エージいますか?」


『うちにそんな子はいません』


「え!? い、いや、ここエージんちじゃ……」


プツリ……切られた。


「はあ!? おいエージ! いるんだろ! 出てこいよ! エージい!」


ドアを叩くことこそなかったが、大きな声で呼びかける。返事はない。


「くそ! どうなってんだよ!」




次に訪れたのはもう一人の友達、タケシの家だった。


『はい?』


「こんばんは……あの、聖牙ですけどタケシいますか?」


『うちにそんな子はいません』


切られた。


「そんな……」


いくらなんでもおかしい……何度も訪れたことのある二人の家なのに。


行くあてがなくなった聖牙。座り込んでしまったが地面がやけに冷たく、すぐに立ち上がった。風も冷たい。震えがどんどん酷くなる。少しでも寒くない場所を求めて歩きだした聖牙。


行き着いた先は、公園だった。秘密基地で少しでも夜風をしのぎたいと考えたのだろう。瑛二と武史が、もしかしたら来ているかも知れないとの期待もあった。が、中には誰もいない。正確に言えば暗くて何も見えない。覗き込んだはいいが……慣れ親しんだ秘密基地が闇への入り口のように見えて、中に入れない。しかし、それでも寒さには勝てない。意を決して入る。


「痛ぇっ!」


足を踏み入れた所に何かあったらしく足首をねじり、転んだようだ。


「くっそ、何だよ今の……」


悪態をつくものの内心は恐怖でいっぱいだ。いつも同じ場所から入ることもあって、先ほどは何もなかったことが分かっているのだから。

しかも、足先に感じた不自然なほどに柔らかい感触。頭では否定するものの、心の中では理解してしまっていた。


そして目が慣れると……


「エージ! エージだろ! 何ねてんだよおい! 起きろよ!」


横たわる瑛二を揺すって起こす。両手でしっかりと。

だから、また気付いてしまった。瑛二の体が冷たいことに。


「ひいっ! そ、そんな! うそだろ! どうなってんだよ! かーちゃん! 助けてくれよかーちゃあん!」


尻餅をついて後ずさる。だが、その背中が秘密基地の壁に触れることはなかった。それより先に手が触れたのだ。壁とは違う、柔らかい何かに。


「ひいぃいい! タケシ!? なんでタケシまで!? どうなってんだよ! 起きろ! 起きろって言ってんだろ! なあおいタケシおいい!」


「せいがくん……」


「ひっ!」


声がした。方向は、先ほど自分が入ってきた丸い穴からだ。震えながらも体ごと向き直る聖牙。


「こんばんは……」


「てめっ! カスヤ! お前のしわざか!」


「なんのこと……?」


「エージもタケシも死んでるじゃんかよ!」


「しらないよ……ぼくにわかるのは……よるはひえるってことだけ……」


「じゃ、じゃあなんで俺んちにいたんだよ!」


「あたりまえじゃないか……だって、きみがそういったからだよ……?」


聖牙には秘密基地内の温度が数度下がったように感じられた。


「ふ、ふざけんな! そ、そんなこと言うわけないだろ!」


「いいや……いったよ……『かえれ』って……」


「うっ……そ、そりゃあ言ったわ! だけどそれがどうしたってんだ!」


「だから……かえったんだよ……? さいしょはたけしくんのいえ、つぎにえいじくんのいえに……」


聖牙の脳は必死に理解を拒むが……


「さいごにきみんち……せいがくんのいえにかえったよ……せまくてきたないいえだけど……かれーはおいしかったよ……」


「う、うそだうそだうそだ! 俺んちにお前なんかが帰れるわけない! うそに決まってる!」


「しんじるしんじないはきみのじゆうだよ……じゃあね……」


そう言って一哉の姿は消えた。聖牙はもう体中の震えが止まらなくなっている。


「うそだ……そんなことあるわけ……お、おいエージ……起きろよ……ここ寒いだろ? 帰ろうぜ……なぁタケシ? 腹へったろ? な、なあお前ら……帰ろうぜ、帰ろうよ! なあ! 起きろよ! 帰りたいんだよ! なあ! なあぁぁーーーー!」




翌日、一哉は学校に行った。三人は来ていない。しかし、誰もその話をしない。教師も気にすることなく、授業が始まる。


そして昼休み。


「おいカスヤぁ? お前また100点とったって?」

「けっ! 頭でっかちのガリ勉野郎が!」

「あんま調子にのるなよ?」

イジメはハイリスクローリターン。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)読み応えのあるホラーでした。虐められている子が実は恐ろしい存在だったっていうおはなしでしたが、虐めている側こそ恐ろしいんですよね。そのカタルシスみたいなのを絶妙に突いている感じが凄い…
[良い点] ホラーはこのくらい容赦ないと! ナイスホラーでした。 夏ホラーじゃないんかい! テーマぴったりだったのにねぇ。間に合わなかったのかぁ……。
[一言] 容赦のない感じが好きです 報いを受けたんでしょうね 追い詰められていくところが怖くて好きです 怖面白かったです!
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