次元のはざま~コンダクターは指揮棒を振る
次元のはざまで行われた上位存在達のやり取りを、擬人化して描写します。
「【一時停止】」
次元のはざま、とでも呼ぶべきところで、大いなる高次の存在【秩序】……小波の者たちに一言主と呼べと言った存在が指を鳴らして合図する。
イザナミが管理し、現在戦場エリアとして切り離された区画の時間が止まった。
イザナミノミコトの名で呼ばれている、彼の部下のひとりである【管理者】が、アバター内で待機し戦場エリアを展開した状態で、彼を見た。
嫌味なほど整った容姿の少年の姿をした彼は、機嫌のよさそうな顔をしている。
「……面白い。いいねえ。君が世話した子供たちは、どうしてこんなに面白い反応をするんだろう?」
「そう、でしょうか?」
警戒感もあらわにイザナミはヒトコトヌシへ言う。彼は楽しそうにニヤニヤした。
「嫌だな、変な深読みは必要ないよ、イザナミ。文字通りの意味さ。私は昔から、君が管理する【世界】が奏でる音色が好きなんだ」
「それは……ありがとうございます、コンダクター」
彼は楽しそうに笑う。
「コンダクター。いいね、その概念。様々な楽器が奏でるあらゆる音色を、重なり合わせてひとつの音楽にまとめる者。まさに【秩序】の存在意義、あるいは役割を表す概念だ。楽譜は【創造主】から与えられたけれど、音を奏でるのは君たちで、私は君たちの音色を音楽へと導くコンダクター。さしずめ君は、私がまとめ上げる交響楽団でソリストを務めるヴァイオリニスト、というところだろう。【Darkness】を完全浄化した、チーム・【eraser】による『キュウ』を導いた君の、奏でる音色は常にユニークで美しい」
ヒトコトヌシは優雅に右手を振り上げ、概念の指揮棒でリズムを刻む。
「しかし君のヴァイオリンは癖が強い。癖が強い、ように君の意思で調節したのかもしれないが。うまく奏でれば極上の音色を響かせるが、少しでも扱いを間違えば途端に機嫌を悪くし、最悪壊れてしまう。おそらく君でなければ扱えない。だが君は、癖の強いヴァイオリンが奏でる音色を愛している。仮に……自らの【寿命】を縮めることになったとしても」
「それは買い被りでありましょう」
彼女はため息を吐く。
「そもそも【管理者】は誰でも、自らが管理する世界に思い入れがあります。そういう風に作られておりますから」
ヒトコトヌシがふと、真顔になる。
「その【世界】、つまり君のヴァイオリンの大事な弦が切れかけているよ、イザナミ。……わかっているのだろう?」
イザナミはくちびるを噛む。
「今回、私が自ら戴いた名を、もちろん君は覚えているだろう?」
「……ヒトコトヌシ、ノ、オオカミ」
「そう。君の世界に存在する、この名を持つ神はどんな特性を持つ?」
「善事も悪事も一言で言い放つ、もしくは、一言ならばどんな願いもかなえる……と伝えられている神、です」
「願いなさい、イザナミ」
【秩序】の中でもトリックスター的な存在である彼が、イザナミが見たこともないほどの真面目な顔で言う。
「『キュウ』を実現した君へ、私からまだボーナスを支給していないからね」
「ボーナスは、今回の特殊な戦場エリアを敷く許可としていただきました」
「それじゃ安すぎるよ、イザナミ。謙虚過ぎて嫌味なくらいだ」
ヒトコトヌシは気障な仕草で肩をすくめる。
「君が成し遂げたことは、そんな程度のボーナスじゃ報われない。もっと吹っ掛ければいいのに」
イザナミはふっと、皮肉に笑んだ。
「後が恐ろしいので、謙虚なくらいでちょうどいいんです」
ヒトコトヌシは愉快そうに大笑いする。
「それは言えてる。さすが伊達にキャリアを積んでいないね。……まあでも」
彼は再び真顔になる。
「今回、そんなことを言っている余裕はなかろう?」
イザナミはうつむく。
「君の秘蔵っ子は、自分で自分の急所を折るなんてイレギュラーなやり方で呪縛から自由になった。なるほど、あの【dark】の紡いだ『全き形』という言霊の呪いを破るには、自分から進んで『全き形』を破壊するのはいいやり方だ、かなり乱暴というか無謀なやり方だが。だが……急所を激しく傷付け、無事でいられる生き物はいない」
イザナミの瞳に刹那、激しい感情がよぎったが、すぐ凪いだ。
「何を願うのです? 彼の延命でしょうか? それとも、今回の出来事を『なかったこと』にして、彼も小波の皆も互いに関わることなく穏かに……別の悩みや苦しみは生まれるにせよ、今回のような混乱は起こらない世界線へ移行させること、でしょうか?」
「そんなことなど望んでいないくせに。君も素直じゃないな」
ヒトコトヌシは優雅に指揮棒を振る。
「望みを言いなさい」
イザナミは逡巡したが、ため息まじりにこう呟いた。
「彼らのこれまでを道のりを尊重し……今後のことは彼ら自身の自らの意思で決め、自ら生死を定めて欲しいです」
ヒトコトヌシは鷹揚にうなずき、指揮棒を高く上げて緩やかにリズムを刻む。
どこかホッとしたようでもあった。
「……汝の願いは叶えられるであろう。【一時停止】、解除!」




