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Bー1 刺される②

 107号室からナースステーションへ戻り、円は改めて引継ぎの内容を確認する。

 全体でのミーテイング後、彼は各病室の回診へ向かう。


 107号室の翔真君以外、基本は短期入院の子供ばかり。

 乳児が一人、幼児が二人、児童が二人。

 ウイルス性の胃腸炎で食事が摂れなくなった患児、風邪が悪化して肺炎を起こしかけて緊急入院になった患児……などだ。


「せんせー。今日はどうして白い服なの?」


 おしゃまな五歳の患児、美果(みか)ちゃんに訊かれた。

 ウイルス性の胃腸炎で、水を飲んでも吐くようになったために入院した子だ。

 昨日あたりから徐々に食事も摂れるようになってきたので、近いうちに退院できるだろう。


「うーん、今朝はちょっと寒かったからね」


 手元のデバイスに情報を打ち込みながら、円は答えた。


「お外、寒いの?」


「寒いってほどでもないけどね。朝とか夕方とかはちょっと冷えちゃうかも、だから美果ちゃんも気を付けてね。あ、もしかして白い服は嫌いかな?」


 白衣を見ると怖がる子供がいる、ということを思い出したので訊いてみると、彼女は首を振る。


「ううん、嫌いじゃない。せんせーは白い服の方が『いけめん』に見えるよ」


 円は苦笑する。


「そう? ありがとう。じゃあこれからもちょいちょい、着ようかな?」


「その方がいいよ、モテモテになるよ」


 五歳児のファッションチェック&恋愛アドバイスを胸に、笑いをかみ殺しながら円は、次の病室へ向かった。



 回診は順調に済み、ナースステーションに戻って、上司であり指導教官である隠岐医師に報告。

 書類の作成をいくつか済ませると、昼の休憩時間になった。

 周りに声をかけ、円は食堂へ向かう。


 久しぶりにシフト通りに休憩できる。

 こんな日は貴重だ。

 午後は外来だからきっとまた、勤務時間オーバーになるだろうが、まあある程度は仕方がない。

 せめて、食事の後にゆっくりお茶して英気を養おうかななどと、彼はぼんやり思いつつ、歩いていた。


「……先生。九条先生」


 後ろから小さな声で呼びかける者がいる。

 声を聞いた途端、何故かすさまじい寒気がした。

 ()()()()()()()()()だ。

 今は亡き師匠と共に、初めて【Darkness】と対峙した時の、肌が粟立つ感じを思い出す。

 円はゆっくりと眼鏡を外し、白衣の胸ポケットへ仕舞って振り返った。


 この眼鏡は特別製。

 【世界】を作り上げた【創造主】に、【eraser】の管理を託されている【管理者】と呼ばれている存在が調整したものだ。

 【dark】を浄化する性を持つ【eraser】が本当に浄化が必要なもの以外の、自然界に普遍的に存在する【dark】に翻弄されて疲れてしまわないために与えられる。

 円くらい、長く【eraser】としてのキャリアがある者には、本来必要ないものだが。

 勤務先が『病院』という特殊な環境である彼は、今でもこの眼鏡を重宝していた。


 病む人が集まる『病院』という場所には、どうしても通常以上に【dark】が集まる。

 ほぼ無害であったとしても数の暴力?で、裸眼では円の視界はかなり暗くなってしまう。

 ただ……()()()()()()()()()()()()()()()()が必要になる。

 きちんと、見極めるには。



 そこにいたのは。

 まだ十代後半ではないかと思われる、少女に近い娘さん。

 細身で、自信なさげに視線を揺らすその人に、見覚えなくもないが……では誰かと問われても、正確にはわからない。

 去年おととしの、研修医時代に会った患者ではないかというおぼろげな記憶はなくもない。


「えーと。何か用でしょうか?」


 当たり障りなくそう尋ねると、彼女は嬉しそうに笑った。


「ようやく会えました。ずっと探してたんですよ、私。九条先生、こちらの病院へ転勤になってたんですね、誰も教えてくれなくて。あ、私は斉木(さいき)千佳(ちか)といいます。あの時は自己紹介も出来なくて、失礼しました」


「そうですか」

(……まずいな)


 彼女はおそらく、精神的な病を抱えている。

 かなり深く、彼女の魂に【dark】が食い込んでもいた。そのせいで余計、病をこじらせている。

 おぼろな記憶の中、彼は、彼女であろう患者と出会った時のことを思い出した。


 救急科で研修医として勤めていた時だ。

 彼女は過呼吸を起こして意識を失い、救急車で運ばれてきた。

 その時の担当医が円だ。

 通常の治療と同時に、こっそり【eraser】としても『治療』した。

 どんな深い事情があるのか不明だったが、彼女は【dark】に心を乗っ取られかけていた。

 このまま放っておいては碌なことがないと、これは医者としても確実に判断できる事例だ。

 彼女は文字通り『憑き物が落ちた』ような顔で退院していった、記憶があるのだが。


(たとえ症状を和らげる処置をしても。今そこに巣食っている【dark】を浄化したとしても。本人あるいは本人の状況が変わらなければ、同じことを繰り返してしまうんだよなあ……)


 医師として、そして【eraser】としての己れの限界に、円は脱力する。

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― 新着の感想 ―
[一言] 対症療法の限界ですね( ˘ω˘ )
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