表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/106

14 月と水とめぐる夢とⅢ③

 体調が戻るまでここで暮らしなさいとイザナミノミコトに言われ、蒼司は、しばらく旧野崎邸の離れで寝起きすることになった。

 たとえ帰宅しても家族は皆入院しているから、蒼司は独りきりで困るだろうから、と。


 当然、学校も休む。

 熱は下がったとはいえ、蒼司自身も自分の体調が万全ではない自覚があった。

 軽い食事と水分を取る以外、彼は一日の大半、部屋に延べた床でうとうとしていた。


 それでも蒼司は幸せだった。

 すぐ近くにイザナミノミコトがいて、常に自分を気に掛け、世話を焼いてくれるという生活。

 ずっとこのままでもいいとさえ、チラッと思った。


(……阿呆(アホ)か。それやったらミコトのお世話になっているだけで、ただメーワクなだけやん)


 蒼司はミコトの世話になりたい訳ではない。

 いやまあ、本音を言えばこうして世話をしてもらえるのは嬉しいが、それでは彼女の役に立てない。

 蒼司の究極の目的は、ミコトのお役に立ってミコトに認められること。

 君がいてくれてよかったと、心から彼女に笑ってもらうこと。

 そうでなければ、彼女の下働きに立候補した甲斐がない。


()よう元気にならな)


 うとうとしながら彼は思う。



 二日ほど経った。

 少なくとも蒼司の体感ではそうだ。

 このところ眠ってばかりだし、いつ起きても外が薄暗いので時間の感覚がない。

 イザナミノミコトは、ここ最近、空模様がはっきりしない日ばかりだと言っている。


「この天気……どうも新手の【dark(不浄)】が小波をうろついてるせいのようだな。あの怨霊が入り込んだ、後遺症のようなものだろう。……蒼司くん。体調はどうだ?」


「しつこい眠気はありますけど、何処かが痛いとかだるいとかはないです」


 蒼司が答えると、イザナミノミコトはかすかに表情を曇らせ、言った。


「……そうか。本調子ではない君に負担をかけてしまうが、手伝ってもらえないだろうか?」


 言った後、彼女は目を伏せた。


「……と言うか。申し訳ないが、手伝ってもらえないと困るのが正直なところだ。頼まれてほしい」


「もちろんです! 何をやればいいのですか?」


 前のめりになってそう言う蒼司へ、彼女はほっとしたように笑んだ。


「そうか。すまない、恩に着るよ。……君の月の鏡に、うろついている不浄を捕らえてほしいんだ。怨霊ではないからさほど君の負担にはならないだろうが、それでも甘くみる訳にはいかない。もちろん私からも、出来るだけのサポートはする」


「わかりました! 任せて下さい!」


 勇んで答える蒼司へ、彼女は薄く笑んだ。

 その笑みにはどこか陰りというか、抑えた嘲りのようなものが閃いた、ような気が、蒼司はした。

 が、彼女はすぐいつもの端正な真顔に返り、


「よろしくお願いする」


 と言って軽く頭を下げた。


 神格の彼女に頭を下げられ、すっかり舞い上がってしまった蒼司は。

 そのかすかな違和感を、意識の外へ追いやってしまった。



 蒼司は制服に着替え、イザナミノミコトと共に目的地へ向かう。

 津田高校の敷地のそばだった。

 なんとなく嫌な感じがしたが、そこでいつもあの怨霊と出会ったからだろうと蒼司は思った。


「蒼司くん」


 目的地へ着いた時、イザナミノミコトが蒼司を呼んだ。


「君は今、体調が万全とはいえない。だから……」


 言いながら彼女は、どこからともなく平たい錠剤を取り出した。


「これを飲んでくれないか? 一種の強壮剤になる。噛んで服用できる形にしてある」


 わかりましたと彼は答え、錠剤を口に入れ、嚙んだ。

 一瞬、吐き出したくなる衝動に駆られたが、涙目になりながら何とか飲み下す。

 飲み下した瞬間、視界にふっと紗がかかったような気がしたが、すぐ晴れた。


「……来たぞ、蒼司くん」


 鋭い囁きに、蒼司は身構える。

 高校の敷地内に、大きな黒い影がゆらめいている。


「……我が名は結木蒼司」


 蒼司は祝詞をとなえる。


「光と闇のあわい・生と死のあわいであるあおにおいてすら、自らで自らをつかさどる者であれかし、との願いにより名付けられし者。我が真名において命じる。不浄なるものよ、月の鏡に映る己れを見つめ、己れの真の姿を知れ!」


 鏡を向けた途端、聞き覚えのある声が蒼司の耳へ鋭く響く。


「……蒼司さん!」


(え?)


 彼は混乱した。

 この声は、メタセコイヤの遥のもの……。


「しっかりしろ、蒼司くん! まやかしだ、騙されるな!」


 空気を切り裂くようなイザナミノミコトの声。

 蒼司はハッとして鏡を持ち直す。


「騙されるか、この、不浄め!」


 叫び、彼は鏡へさらに霊力を込める。


「鏡の中へ縛られろ!」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いやもう…… このあとのメンタルフォローが大変そうです…… 間違いなく黒歴史……
[一言] あちゃあ( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ