夢の話B(九条円side)
俺は夢を見る。
とても綺麗でとても切ない、同じ夢を。
この夢を見るようになったのは、医師の国家試験に受かった頃あたりだと記憶している。
見覚えのある小高い丘。
丘の頂上にはシンプルな二階建ての家。家の玄関の前は芝生の庭になっていて、庭の端に若い木が一本、生えている。
そこを、俺は俯瞰で見ている。
季節は初夏、だろう。
丘の上には、新緑のさわやかな香りを含んだ風が吹いている。
快い昼下がりだ。
だが、そこで不意に視点が変わる。
俺は何故か、木の下でうずくまっているのだ。
驚いたことに、うずくまる俺は人間ではなかった。
白い体毛に覆われた馬に似た獣で、額に細い角が生えているのが、視界の隅で確認できる。
(……ユニコーン?)
己れの姿のあまりのファンタジックさに呆れるが、それと並行して、半端ない痛みにうめいてもいた。
あちこちに、新旧問わず無数の傷がある。
一番ひどいのは、左脇腹の傷。
鮮血のにじむその傷は、鋭利な刃物で刺されたのだと俺は知っている。
(痛い……痛い……痛い!)
だが俺はその言葉を発しない。
発しても意味がない。
ここには誰もいないし、そもそも俺は人間ではない。
人間でないモノが人間の言葉を発して、誰がまともに受け取るだろう?
だから俺は、若木の幹に頭を預け、半分気を失ったようになりながらただひたすら痛みに耐えていた。
どのくらい、そうしていたのだろう。
とても長い時間のような気もするし、意外と短時間のような気もする。
丘を上ってくる、誰かに俺は気付く。
ゆっくりゆっくり近づいてくるその人へ、俺は、もたれていた頭をあげて目を合わせる。
その人は若い女性……まだ少女と呼ぶべき年齢かもしれない。
古代の女性が身に着けていたような、そう、歴史の教科書にあった天平時代の女官の服装を連想するような、そんな装いだ。
全体的に白っぽい衣装であり、肩から腕にまつわるはんなりとした色合いの山吹色の肩巾が印象的だ。
「黄泉津大神……黄泉津姫」
俺は何故か、彼女をそう呼ぶ。
この人は『死』に近しい。
『死』がどういうものか、知悉している。
それは決して忌まわしいものではない、とも。
それどころか、ようやくこの苦しみが終わるのだと、心のどこかで俺はホッとしている。
「迎えに、来ていただけたのでしょうか」
だがその人はかぶりを振る。
「いいえ。いいえ、私は黄泉津姫ではないのです。私は……」
口許に施された、えくぼのような朱が哀し気に歪む。
額を彩る四弁の朱の花までもがしおれて見える。
名乗る彼女の声が、何故か俺には聞こえない。
……悲しまないで。
悲しまないで、名も知らぬやんごとなき方。
貴女が黄泉津姫でないとしても、貴女は俺を気にかけて来てくれた。
誰も知らない、この丘を見つけて。
それだけでも嬉しい、本当に。
だから悲しまないで、どうか、どうか……。
そこで目が覚めてしまう。
……いつも。