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9 神の庭Ⅱ③

 夕食後、両親は九条の様子を見る為に旧野崎邸の離れへ向かった。

 彼の体調を確認し、悪くないようなら話の続きをしてくるとも言っていた。


「『剣』についての話は、野崎の離れから帰ったらしましょう。先にお風呂に入っていなさいね」


 母は言い、父と連れだって出掛けた。



 父から静かな声で叱られた後。

 さくやは自室の机の前に座り、混乱していた。


 神事の場へ飛び込んだこともそうだが、木霊たちに『オナミヒメとして命令』したことは特に、自分ながら自分らしくない。

 後悔しているのかと問われれば、少し、と答えるだろう。

 父へも母へも相談せず、独断でそんな大変なことをしでかすなど、さくや自身が『結木さくやらしくない』と思う。


 九条に『緑蔭の癒し』を付けたことそのものには、まったく後悔はない。

 ただそのせいで、もしかすると木霊の誰かの命に関わるかもしれない、と思うと胸の奥がひゅっと冷たくなり、息が止まる。

 幼い頃から親しく付き合ってきた木霊たちだ。

 身内も同然の彼らの、誰を欠くことも耐えがたい。

 その耐えがたいことの起こる可能性が、決して低くないことも彼女はわかっている。

 『緑蔭の癒し』を命じるということは、つまりそういうことだ。


 今までさくやに絡んできたモノは所詮、不浄とはいえ小物。

 年を経た、しかも不浄と戦う経験の豊富な小波の奇跡たる木霊たちなら片手間で撃退できる程度の……、天津神的に表現するなら、ちょっとばかり厄介な【dark】だ。

 しかしそんな彼らであっても、【Darkness(怨霊)】は手に余る。

 殲滅でなく遠ざける程度でも、彼らは致命傷を負うかもしれない。

 そんな残酷な命令を、さくやは彼らへ下した。

 確かに衝動的だったが、あの時、あの命令を出したことそのものは彼女の中で必然であり、何を引き換えにしても九条を守りたい強い思いもある、自分でもかなり後で気が付いたのだが。



 木霊たちを欠くことは耐えがたい、嘘偽りなく。

 しかし……、九条円という人がこの世から消えるのは。

 さくやは多分、もっと耐えられない。

 理由なんかない。

 彼が死ぬと思っただけで、気が狂いそうになる。


 初めて会った時の、少し疲れたような立ち姿。

 穏かにほほ笑む口許、困惑しながら『キョウコさん!』と叫んでいた、ちょっと情けない表情。

 蒼司を診察していた真面目な目と真摯な指先、そして不浄を祓う時の、天津神・エンノミコトとしての冴えた真顔。

 わずかな時間でさくやが見た彼のあれこれが、自分でも驚くほど強く脳裏に焼き付いている。

 


 あの神事の場で倒れそうになった彼の顔には、まぎれもなく死相があった。

 死なせない、絶対!

 そう思った瞬間、さくやは神事の場へ飛び込んでいた。

 くずおれる彼を支えたのは、そうしないと彼が死ぬ、と、本能的に察したからだ。

 地面に倒れる、というわずかな衝撃だけで、彼の心臓はショックで止まる。

 そういう状況・そういう状態だったのだ、何故わかったのかは不明だが。


「ねーちゃん」


 遠慮がちにドアを叩く音と、呼びかける蒼司の声が聞こえてきた。


「ねーちゃん、飯やで。……食えるか?」


 ぶっきらぼうな中にも気遣いのほの見える声音。さくやはかすかに苦笑する。


「うん。わかった。ありがとう」



 夕飯の味はよくわからなかった。

 だしの利いたつゆに冷凍らしいうどんを湯がいて作られた、葱のたっぷり乗った素うどん。

 さつま芋やかぼちゃ、舞茸や椎茸、後は残り物らしいちくわが天ぷらになっていた。

 玉ねぎと三つ葉のかき揚げも少しだけあった。おそらく三つ葉が残っていたのだろう。

 そして、わさびをちょんとのせた胡麻豆腐。

 これでは物足りないであろう蒼司のために、冷凍して保管していた炊き込みご飯が解凍されて添えられていた。

 父が手早く作った夕飯は、いつも通り美味しい、はずだ、さくやの舌が仕事をしないだけで。

 取りあえず彼女は、自分用に盛られているうどんと胡麻豆腐だけは何とか食べ、天ぷらはほとんど手を付けず食事を終えた。

 両親も蒼司も何か言いたそうな顔はしていたが、結局何も言わなかった。

 奇妙に静かな夕飯だった。



 夕飯の後片付けを終えると、両親が出掛ける。

 食事の前に沸かし始めたお風呂がちょうどよく温まっているので、先にさくやがお風呂を使う。

 お風呂の後、テレビの音がするのでリビングへ行くと、蒼司が所在なげにテレビを見ていた。


「お風呂、空いたよ」


 一応声をかけると蒼司は無言でうなずき、のそっと立ち上がった。

 そしてさくやへ白いコンビニ袋を、ぬっと差し出す。


「小腹空いたから、コンビニでお菓子()うてきたんやけど。ねーちゃんの好きなグレープフルーツ味のゼリーもあったから、ついでに()うてきた。後で食べェな」


 もぞもぞとそう言うと、照れくさいのか、彼は慌てたようにお風呂場へ向かった。


「もう……ツンデレ小僧」


 小さくつぶやくと、なんだか目頭が熱くなった。

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