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9 神の庭Ⅱ②

 着替えを済ませた父は、神事の祭主を務めた母を休ませるためもあり、率先して夕飯の支度を始めた。

 母は、後を父に任せて寝室へ向う。

 やはりかなり疲れているようで、少し横になると言っていた。

 姉は姉で青い顔をしたまま、黙って自室へ向かう。


 時刻はすでに午後五時に近い。

 そういえば洗濯物を取り入れていなかったと思い出し、蒼司はまず、二階の物干し台へ向かうことにした。

 元々蒼司は、料理があまり得意ではない。

 食べるのは好きだが作る方には興味が向かない、ということなのかもしれない。

 でも洗濯物を畳むのは小さい頃からわりと好きなので、小学校の高学年になった頃から、日常的に洗濯物を取り入れたり畳んだりをやっている。

 習い事のある日は別だが、それ以外ほぼ毎日、彼は洗濯物を取り入れて畳んできた。

 時々、さすがに毎日は面倒くさいなこれくらい他の家族がやってくれないかな、と思うことも、なくはない。

 が、それならご飯を作る手伝いをしろと言われるに決まっているので、口を噤んでいる。


 慣れた手つきで蒼司は、ルーティーンになっている作業を済ませる。

 畳んだものそれぞれを、家族各々に別けられたバスケットへ入れる。

 物干し台のある部屋は、強いて言えばランドリールームというのか、取り込んだ洗濯物を畳んだり整理したりするのに使っている。

 畳んだ洗濯物を家族ごとに別け、一時保管している部屋でもある。

 それぞれ各自、ここから洗濯済みの自分の衣類を持って行くことになっているのだ。


 自分の衣類を手に、蒼司は自室へ戻る。

 チェストに下着類や着替えの部屋着を仕舞っていて、ふと、制服のブレザーが襟の歪んだ状態でハンガーにかけられているのに気付いた。

 さっきは考え事をしながら着替えていたから、いい加減にハンガーに引っ掛けてしまったのだろう。

 ブレザーを直そうとし……本当にかすかではあったが、ポケットから異質な気配を感じた。


「あ……」


 神事の場から持ってきてしまった、よくわからない紙切れのようなもの。

 あの場から拾い上げ、とっさにポケットへ突っ込み、持ち帰ってしまったものだ。


 これが、ある種の神具のようなものの欠片、なのはわかる。

 おそらく、九条がアチラで死にかけた時に発動した、天津神の神具の欠片……だろうと思われた。

 本来なら持ち帰ってくるべきではないし、持ち帰ったのなら母へ見せて託すべきものであることもわかっている。

 しかし。

 蒼司は正しい行動が取れなかった。

 この神具の欠片には、イザナミノミコトの気配が残っていたから。



『そんな! エン! 九条君! 九条円ァ!』


 あの時の、悲痛なイザナミノミコトの絶叫を思い出す。

 さながら、死神に攫われかけている幼い我が子の魂を呼び戻そうとしている母親のような、必死の声。

 ……胸が痛い。

 彼女の絶叫を思い出すと、蒼司は胸が痛くなる。


 彼女を悲しませるすべてが憎い。

 そして。

 彼女を悲しませるだけのものを持つ、九条円……天津神・エンノミコトが、憎い。

 己れの心のつぶやきに気付き、蒼司はぎくりと身を震わせた。


(はあ? オ……オイオイオイ~。そりゃあ九条は、オレ的にっちゅうか生理的にっちゅうか、いけ好かんタイプのオッサンやけど。さすがに『憎い』ってほどでもないやん! 完全に八つ当たりってヤツやんけ!)



 イザナミノミコトの心に大きく占められている、九条の存在に嫉妬している。

 それがどんなタイプの感情であれ、蒼司は妬ましい。

 彼女にとって自分は、『オナミの水神の息子である、月の若子』として気に掛けられている、だけ。

 その当然のことが悲しく、翻ってあの男、彼女の『秘蔵っ子』である九条が羨ましく、妬ましい。


 ……わかっている。

 これでも蒼司は『月の若子』、ある程度以上は自分の心の姿を冷静に見つめる訓練をしているのだ。

 同世代の少年達より余程、自分の感情を見極めてコントロール出来る自信もある。

 だから、これが愚かしい嫉妬、要するに子供じみたヤキモチなのだとわかっている。

 わかっていても……抑えにくい、激しい感情へと育ちかけている。


(……オレ、一体何がしーたいんやろう?)


 可能なら自分が九条の立場になりたい、という望みは、おぼろげながらわかる。

 でも、多分それだけではない……。


 ため息を吐きながら、蒼司はブレザーの襟を真っ直ぐにし、ハンガーに掛け直した。

 『それだけではない』の正体を見極めるのが恐ろしくなり、彼はいったん、この辺りの物思いを棚上げすることにした。


 階下からだしの香りが立ち上ってきた。

 頭をひとつ振り、彼は、今は夕飯のことだけを考えることにした。

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