7 共闘へ⑥
誰のものとも言えないため息が、部屋のあちこちでもれた。
「蒼司」
母の、少し硬い声が響く。
「それに、さくや。今まで説明してこなかった……というよりも。どう説明すればいいのかわからなかった、もっと言うのなら、二人が本当の意味で大人になるまでは説明したくなかったことを。話しましょう」
父は一瞬、ぎょっとしたように目を見開いたが、あきらめたような感じで息を呑み、軽くうつむいた。
母は居住まいを正し、イザナミノミコトと九条へ軽く頭を下げた。
「内輪の事情を話すことになりますが、今回の件と無関係ではないと判断しました。少し長くなるでしょうけど、お二方にもお聞きいただきたいのですが」
イザナミノミコトがうなずき、九条へ目で合図する。
九条もうなずき、
「そちらに差し障りがなければ、我々も聞かせていただきます」
と、静かな声で答えた。
母は、ありがとうございますと言った後、紅茶一口飲み、軽くため息をついてうつむいた。
九条の言葉への謝意なのかもしれないし、無意識の動作なのかもしれない。
「私も正直に言って、上手く説明できる自信はないんですけど。出来る限りわかりやすく、かみ砕いて話す努力を致します」
顔を上げた母の周りの空気が、不意にピシリと引き締まる。
今の母は完全に、一族の長だった。
「……我々の血筋に脈々と受け継がれてきた能力は、月の神が司るとされる『夜の食す国』を治める力。具体的には、ヒトが眠って見る夢、あるいは自分でもわかっていない本音――人の心のままならぬ部分に、共鳴したり共感したりする能力です」
母はそこで、さくやと蒼司の顔を見た。
「この辺についてはあなたたちも、物心がついた頃から嫌というほど見てきたでしょう?」
「……はい」
「そう、やな」
さくやと蒼司が諾うと、母は軽くうなずく。
「天津神の皆さまに、おわかりいただくのが難しいでしょうけど。我々の血筋の者は幼い頃から、近くにいる人の心を自分の意思に関わらず、覗き見てしまいます。もちろん、すべての人の心の内が見える訳ではありませんし、見えるにしてもその人の心すべてを隈なく見る訳でもありません。主に、心の中に潜む強い思いや抑圧された感情を、自分のもののように生々しく察知してしまうのです、自分の意思に関わらず」
『自分の意思に関わらず』
繰り返される母の言葉に、さくやは苦い思いを噛みしめる。
見たくなくても見えてしまい、知りたくなくても知ってしまう、本来なら心の奥に隠されている他人のあれこれ。
本人でさえ気付いていないであろうあれこれを感じ取るのは、特に幼い者にとって苦行でしかない。
母がいて、この辺の苦しみを共感しつつ対処法を指南してくれたおかげ――といっても、これらの対処法は気休めよりは若干マシ、程度であったが――で、自分は発狂しなくて済んだのだとさくやは思っている。
あえて口には出さないが、おそらく蒼司も同じ思いだろう。
それから考えるに、今現在『怨霊化』しているらしい斉木千佳という人は、さぞ壮絶な人生を送ってきただろうなとさくやは思った。
100%、彼女に同情する気はないが(彼女は蒼司を利用しようと暗躍しているし)、30%くらいは同情してしまう。
母は続ける。
「我々の血筋の子供はある程度以上の自我が確立されるようになるまで、大体は思春期を過ぎる頃まで、この状態が続きます。それ以降も見えなくはないのですけど、いい意味で鈍感になるようです。私個人の感触からも、ある程度以上自我が確立できると、多少のことでは揺らがなくなるといいますか、他人の心から浴びせられる影響を、まともに受けにくくなるのです」
「大変、なんですね……」
思わずという感じで、九条が言葉をもらす。
「大変、とか、簡単に言うなや」
むっとした顔で蒼司が突っ掛かる。
「おっさ……九条サンが思ってる、百倍は大変やぞ」
蒼司、と父が小声でたしなめるが、蒼司はむっとしたまま言葉を続ける。
「九条サン。年端もいかん幼児がセクハラされたらどう思う? けしからん、ギルティやと思うやろ? オレらはな、そういう目ェにちょいちょい合うんや。それでも子供相手のセクハラ関係はまあ、大人が二~三十人おったらひとりとか、多かったとしてもそのレベルやから、躱せる場合も多いけど。コッチを嫌ってるとか敵意持ってるとか、そういう人間は結構、老若男女問わずおるもんやで? でもな、そういう人間みんながみんな、わかりやすい態度とは限らへんねん。メッチャ仲良くしてる相手が、ぎょっとするような敵意や嫉妬を持ってる場合もちょいちょい、ある。オレらの一族はな、いっぺんはひどい人間不信に陥るんや」
「蒼司」
母の底に恐ろしさをひそめた呼びかけに、さすがに蒼司は口を閉じる。
「自分たちだけが不幸だと思うのはやめなさい。……不遜です」
蒼司はやや青ざめ、申し訳ありません、と呟いて頭を下げた。




