7 共闘へ④
「……ということは。これは私にも責任のある事態ですね」
低い声で何かを考えながらそう言ったのは、母――一族の長たる神鏡。
イザナミノミコトが、少々困った顔をする。
「責任、というのとはちょっと違うが。関りがある事態なのは否めないな。元々月の一族の能力は、他にあまり類を見ないタイプの能力だからな。怨霊化されると、単純な浄化が効きずらいのは事実だ」
母はスッと背筋を伸ばし、真っ直ぐ、イザナミノミコトの目を見た。
「一族の者ならば。長として彼女と向き合い、話をするべきでしょうね。たとえ――今は怨霊だとしても」
ぎょっとして、さくやは母を見る。
さくやだけではなく、父も蒼司も母の顔を見ていた。
父の顔色がみるみる悪くなっていくのが、さくやは恐ろしかった。
「……お願いすることになるだろう」
苦みのこもった声音でイザナミノミコトが言うのへ、九条が声をあげる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それって……」
しかしイザナミノミコトは目で制する。
「九条君の言いたいことはわかる。これは本来、我々サイドの問題であって結木家の皆さんは関わりのなかった事だ。前に少し話したかもしれないが、月の一族の長が怨霊と話す、というのは、祭主である月の鏡の命に関わるかもしれない、非常に危険な神事を行うということだ。出来ればやるべきではない。だがな」
イザナミノミコトはここでひとつ、深いため息をついた。
「……もうそんなことなど言っていられない、とことん『ヤバい』状況なんだよ、残念ながら。事態の解決には、斉木千佳嬢を怨霊から人間へ戻すのがベストだが、仮にそれがかなわなくても。彼女が大怨霊――【Darkness】化しないよう、我々は対策しなくてはならない。そのために可能なことはすべてやる、覚悟というか気構えが必要だ」
「え、でも。い、いや、ですが……」
九条は何か言いかけるが、イザナミノミコトは首を振る。
「はっきり言おう。彼女は君、つまり愛する男を飲み込んで諸共に滅ぶことを夢見ている。願いそのものは個人的で、ある意味ささやかなものかもしれない。が、その強さと、強さを保てるだけの彼女の『負』の力が尋常ではない。君がかつてスイと共に浄化した、安住幸恵の狂った思いに匹敵していると言って過言ではない。諸共に滅びたいというそのパワー……、世界を道連れに、しかねない」
九条は青ざめ、絶句した。
(は? 世界を……、道連れ?)
ずいぶん大仰な言葉だ。まさか文字通りの意味ではあるまいとさくやは思ったが、イザナミノミコトは大真面目だし九条の表情も硬い。
おそらく霊的な意味で『世界を道連れ』なのだろうが、それが途方もないダメージになるであろう予測はつく。
明確にわからないながらも、少なくとも彼ら『天津神』にとって非常にシリアスで深刻な事態だということが、さくやにも察せられた。
イザナミノミコトはそこで一度、美しい所作でひとくち紅茶を飲んだ。
「……我々ばかりが色々としゃべってしまったな。失礼した。あなた方がご存じのことを、我々に教えてくれないだろうか」
常は尊大と紙一重の少女が、へりくだった態度で真摯に問うた。
さくやは居住まいを正し、思い切って、よろしいでしょうかとイザナミノミコトへ声をかけた。
彼女がうなずくのを確認し、さくやは、さきほど母へ伝えた今朝方の不思議な夢について、かいつまんで話した。
さくやの夢の中にしばしば出てくる、丘の上にある若木の下で苦しんでいる『左脇腹に傷があるユニコーン』は、九条であるということ。
彼はさながら野山に住む野生の獣のように、傷や苦しみを他人に見せようとしないし、助けを求めることもしたがらない傾向がある、とも。
そのため大事に至って取り返しがつかなくなる可能性を、今回ツクヨミノミコトに示唆されたこと。
そして一番の問題は彼自身が無自覚に『死にたがっている』ので、周りの者は気を付けるべきだ、ということ。
「ツクヨミノミコトはこんな風にもおっしゃいました。
『今のところ、この男には死ぬつもりも怨霊の娘にほだされる様子もない。だがある瞬間、ふいっと何もかも嫌になり、娘と死ぬ『運命』とやらに従う可能性がある』
そして、死へ向かおうとする彼を止められるのは、私を含めたすべての小波の者たちだとも。ただ……これが本当に正しいのかまでは、私には確信が持てません」
「いや。かなり信憑性の高い夢だと私は思う」
イザナミノミコトは薄く笑んだ。
「九条円という人物の、弱みというか私が懸念している部分を、かなり的確に言い当てている。さすがは月の一族の姫、あなたの『夢見』は鋭い」
イザナミノミコトの隣に座っている九条が、非常に複雑な顔をしていてさくやは気になったが……、この場合、どうしようもない。




