7 共闘へ③
「まずは事の経緯を簡単にまとめる」
キョウコさんは言うと、ティーカップのダージリンを一口飲んだ。
「大体一ヶ月くらい前の話だ。九条君は勤務先の病院で、心神喪失の状態であろう女性に左脇腹を刺された。女性の名前は斉木千佳、十八歳。高校三年生になるが、ここ半年、学校へは行っていない。休学の届は事件の一ヶ月前には出ていたらしい。精神状態が不安定で、通院しながら療養していたそうだ。彼女は一年ほど前に過呼吸の発作を起こして救急搬送され、そこで研修医として勤めていた九条円と出会って一方的に思いを募らせ……、彼と心中することが最も素晴らしい恋の成就になると思い込み、凶行におよんだ」
キョウコさんはそこで息をついた。
「憶測が半分以上の、警察の見解を元にしたこの事件のまとめだ。なにしろ加害者は未だに目を覚まさないまま、病院で命を繋いでいる状態だからな、本人が真相を語っていないからどうしても半分は憶測になる。そう外れてはいないだろうが、真相そのものでもなかろう」
キョウコさんは再び、何かを考えるような遠い目をしてお茶を口に運んだ。
「事件のことは、とりあえず横に置く。議論しても意味はないからな。今現在の困ったことを考えてゆこう。彼女は意識不明のまま……生霊になった。もちろん、愛する男を探す為だ」
『愛する男』という言葉に、円は露骨に迷惑そうに眉を寄せた。
キョウコさんは淡々と続ける。
「九条君が勤務先の病院で入院していた間は、彼女も大人しかった。彼女自身、自分の状況をよくわかっていなかったのが半分、残り半分は、九条君があの病院にいるということがわかっていたので安心していた、辺りではないかと思う。愛する男の居所がわかっていれば、本気で会おうと思えばいつでも会えるからな。しかし彼は退院後、【home】で療養を始めた。【home】は現実であって現実でない場所、入りこまれてしまえば彼女がどれだけ望んでも九条円には会えないし、どんな形であろうと関われない。そのせいで……彼女はさらに狂ったのかもしれない。ただの生霊が執着のあまり、怨霊化してしまった」
彼女はため息をついたが、口調は淡々としたままだった。
「かといって。当初の予定通り、九条君の御実家で療養するのも危険だったと改めて私は思う。彼女の執着心は生半可ではない。たとえ御両親であったとしても、九条君が仲良くしたり信頼した顔を見せたりすることを、彼女は快くは思うまい。御両親の身の安全、最悪、命の危険すらあったと思う」
「……なんでまた、病院でちょっと会っただけの医者にそこまで……」
円が思わずぼやくと、キョウコさんは淡く苦笑いをした。
「それは彼女にしかわからないな。恋と言うヤツはそういうものなのではないのか、人間ではない私には今ひとつよくわからないが。……とりあえず。狂ったように彼女は九条円を探し続けた。そしてついに、小波へリハビリに来た彼を見つけ出したんだ。見つけ出したが小波は特殊な土地柄、怨霊化してしまった彼女は不浄と見做され、おいそれと彼に近付けない。そこで彼女は色々な手段で近付く努力をして……今に至る、というところだ」
再びダージリンに口をつけると、彼女は続けた。
「自分を『招いて』くれる人材として蒼司君を利用したのは偶然だったろうが。蒼司君に出会ったことで、彼女は己れの霊力の、方向性のようなものに気付いたのだろうな。己れに近しいものを蒼司君から感じ取り……それの使い方を洗練させ、先鋭化させることに成功したんだ。私は【home】へ帰っている間に、斉木千佳嬢の霊力の残滓を分析した。乱暴に例えるなら、霊力のDNA検査のようなことをやってみたんだ、私も私で気にかかることがあったからな。その結果、彼女の霊力が『月の一族』の流れをくむ者の霊力であることがわかった。急いで彼女の血筋を遡ってみたら、十二代前に『月の一族』の女性が縁づいているらしい、こともわかった。彼女は……あなた方から見てほとんど他人と言える傍系ながらも、ツクヨミノミコトの末裔と呼べる能力が潜在していたようだ。彼女の情緒が思春期以降、著しく不安定だったのも、ひょっとするとその副作用のようなものかもしれない。……今現在、私に見えているのは。大体、それくらいだな」
場に、なんとも言えない沈黙が落ちた。




