7 共闘へ②
結木氏に連れられ、彼の家族が神妙な面持ちで宿舎――旧野崎邸の離れ――へ来たのは、それからすぐだった。
彼らが来るのを察知していたキョウコさんは、【home】から持ち出してきたらしいお気に入りのティーセットで、お気に入りの茶葉を使って紅茶を淹れ始めた。
どの季節でもそうだが秋は特に、彼女はダージリンを好んで淹れる。
今回もそうらしい。
円個人としては紅茶にさほど興味ないが、彼女がいつも淹れてくれる茶葉の種類くらいは、なんとなく把握している。
把握しているという事実に、彼女との付き合いも長いんだなと、改めて円は思った。
今後も付き合いは続くだろうから、親の次くらい長い付き合いになるかもしれないと思うと、さすがに気が遠くなる。
彼女が嫌いだとかではないが、軽い疎ましさに似た感情はどうしても胸に揺曳する。
その辺も、親に対する思いに近いのかもしれない。
やがて結木家の人たちが来た。
宿舎の、強いて言えばLDKにあたる部屋に立派な座卓が据えられる。
野崎邸に元からあるものだろう、結木氏と蒼司がどこからともなく運んできたのだ。
キョウコさんが固く絞った台布巾で丁寧に天板を拭き、頃合いのお茶を、ラングドシャクッキーを添えて出す。
夫人が手土産代わりにと持ってきてくれた、お手製のパウンドケーキ(焼き菓子作りは夫人の趣味だと後で知った)も切り分けられてクッキーの隣に並ぶ。
当たり前かもしれないが、結木家の人達は皆、顔がこわばっている。
失礼しますと会釈をしつつ、彼らは座卓の前に座った。
「呼び立てて申し訳ない」
キョウコさんの言葉に、結木氏がややこわばった笑みでいいえと応える。
「蒼司のこと、改めて九条さんにお礼も言いたかったですし。……お蔭さまで蒼司の体調も戻りました。ありがとうございます、九条さん」
結木氏は居住まいを正し、美しい所作で頭を下げる。彼に従い、結木夫人と子供たちも頭を下げた。
「ああいえ、お気遣いなく。蒼司君が元気になったのなら、それが何よりです」
丁重な礼に少しばかり困惑しながら、円は答えた。
結木氏は頭を上げると、気遣いのにじむ目で円を見た。
「九条さんこそ、お身体の調子は如何ですか? さっき昼飯持ってきた時には、神社でしんどそうにしてはった時より顔色も戻ってきてたみたいやったから、ちょっとは安心したんですけど」
円は、出来るだけのんびりして見えるように笑みを作る。
「お蔭さまで、かなり持ち直したと言いますか治ってきたと言いますか。イザナミノミコトの治療が今回、殊の外よく効いたようですね、医者としては若干複雑ですけど。まあ、超科学の薬や医療と人間が今現在持っている医療技術がケンカしても、意味ないですからねえ」
円はわざと気楽そうに言い、結木家の皆の気持ちをほぐそうとした。
「結木先生が持ってきてくださったお昼ごはんも、先程ありがたくいただきました。奥さまとさくやさんが作って下さったそうですね」
円は夫人とさくやへ、これは作ったのではない笑みを向ける。
「美味しかったです、どうもありがとうございました」
そう言って軽く目礼した時、さくやが少し困ったように眉を寄せ、遠慮がちにふわっと笑った。
(……あ!)
その困ったような笑顔に、強烈な既視感があった。
津田高校の桜並木で初めて彼女に会った時にも、影がかすめるようにそんなことを感じたが、気のせいだろうと彼は流していた。
が。
(……この笑い方、黄泉津姫だ。夢の中に出てくる、古代の女官の装いをしたあの乙女だ!)
そう言えば、仰々しい古代風の衣装や結った髪、額と口許に施された朱の化粧に紛れてわからなかったが、よくよく見ればそもそも顔が、女官とさくやは同じだ!
卒然と円は気付く。
そんな莫迦なと笑う気持ちと、何という偶然なんだとでもいう驚愕が、瞬間的に胸を去来する。
「あり合わせのもので作ったお弁当ですけど。お口に合ってよかったです」
やや恥ずかしそうに夫人がそう言うのへ、ハッとした円は慌てて頭を下げ、もう一度礼を言った。
何故か、変に胸が騒いでいた。
「それでは。さっそくお互いの情報を交換しようかな。まずはこちらサイドでわかっていることを簡単に話そうと思う」
キョウコさんの声に場の空気が再び緊張し、引き締まった。
円も居住まいを正し、隣に座っているゴスロリ風の装いをした少女――少女の姿をした超越者――へ、視線を向けた。