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6 転換②

 蒼司は目が覚めた。

 自室のベッドだ。


 口の中にさっきの花?の後味がじわっと残っている気がするし、てのひらにはあの植物を折った時のぬめりの感触が残っている。


「蒼司。いくらなんでもそろそろ起きて、朝ごはん食べなさい」


 部屋の扉を叩く音と、母の呼ぶ声がのどかに聞こえてくる。いつもの通りに。

 何故か泣けてくる。


「……蒼司?」


 声を殺して泣いている様子が、外にも伝わったのかもしれない。

 母の声音が変わり、


「開けますよ!」


 という、叫びに近い声と同時に、扉が開いた。


「かー、さん」


 ドアを勝手に開けるなという悪態は、蒼司の口から出てこなかった。代わりに出てきた言葉は


「たす、けて」


 ……だった。




 大楠に浄化してもらった後。

 円は、昨日の続きのような世間話のような、そんなおしゃべりを大楠と楽しんでいた。


「……そんな訳で、結木氏は十四歳で泉の守り人である『おもとの守』のツカサ……いわゆる代表者に、泉そのものから選出されたのです。最初に彼を見た時、私は、こんな大人しそうな少年にツカサが務まるのだろうかと若干、不安を感じました。泉が見極めたツカサなのですから、彼の素質そのものに不安はありません。ですが、彼があまりにも若い……有体に言うなら幼くて、『ツカサ』という大任を背負わせるのが痛々しかったのですよ。それで私は、彼を慮るつもりで余計な気遣いをし……龍の逆鱗に触れたのです」


「龍の逆鱗?」


 首を傾げる円へ、大楠は苦笑いする。


「あの方は普段、おっとり穏やかですが。本気で怒るととても恐ろしいのですよ。さながら雷雲を纏った龍のようで、私などは竦みあがっているしかありませんね」


「何に対してそんなに怒ったんですか? あの方は」


「あの方は、特に若い頃ですが。自分の心を他人に決めつけられることを嫌いました。あなたはこう考えているでしょう? だからこうしますね、などとこちらが決めつけると、たいそうお怒りになりました。ヒトの心の中を勝手に決めるな、と」


「ああ、なるほど。それは……なんとなくわかる気がします」


 若い時はそういうの、特に腹が立つでしょうね。

 言いつつ円がうなずいていると、大楠の顔が急に険しくなった。


「……どうしたのでしょうか? 結木夫妻が蒼司さんを連れて……」


 円が振り向くと、血相を変えた結木氏が蒼司を抱え、夫人と一緒に鳥居をくぐって入ってきた。その後ろには、青い顔でおろおろしているさくやがいる。


「大楠さん!」


 青ざめた結木氏が叫ぶ。


「蒼司を、祓って下さい、夢の中で不浄に触れたらしく……」


 息切れしつつそう言い、彼は『義昭の楠』の根元に蒼司を降ろした。


(……これは!)


 円は息を呑む。

 半分気を失っているようにぐったりしている蒼司の身体の奥深くに、質の良くない【dark】が貼りつくように巣食っている。


「私にやらせてください」


 気付くと円はそう言っていた。

 そして一歩、前に出る。

 彼の身体からあふれ出る浄化の円陣が、小波神社の境内いっぱいに広がった。

 ぐったりと横たわる蒼司のそばへ、円は膝をつくと、そっと顔を覗き込んだ。

 血の気のない彼の唇は白い。その奥、口蓋に沿うようにへばりついている【dark】が【見える】。

 円はそっと、右のてのひらを蒼司の口許へ当てる。


(『彼を守れ』)


 浄化の力を発するキーワードを胸でつぶやく。てのひらから白銀の光が一瞬、強くあふれ出て……蒼司の口中にへばりついていた【dark】は、跡形もなく消えた。



 ややあって、蒼司はうっすらとまぶたを開ける。

 頬に血の気も戻ってきた。

 彼を取り囲んでいたすべての人が、安堵の息をつく。


「もう、大丈夫でしょう。【dark】……不浄は消えました」


 円の声。

 礼を言い、何度も頭を下げる結木氏へ、円は首を振って気にしないでくれと笑う。

 気にしないでくれなくていいから……解放してくれと、彼は密かに思う。

 左脇腹が痛い。

 全身に冷や汗がにじむ。


「九条さん!」


 悲鳴に近いさくやの声が不意に響く。慌てる大人たちの乱れた声と気配。


(……くそ!)


 胸で悪態をついたのまでは、円の記憶にある。

 が、その後は曖昧だ。

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