5 月と語らう⑥
円はふと、我に返った。
【home】のある丘にいる。
木漏れ日の踊る下で、少し、眠っていたのか……気を失っていたのか。
左の脇腹はまだじくじく痛んでいる。
(夢…、だよな? コレ。【home】の丘にマジでいるんじゃなく。夢の中で俺は寝てたのか?)
我ながら器用だなと、のん気なことを彼は思う。
そろそろと身体を起こそうとし、円はギクッとした。
(お…おいおい~)
白い体毛、蹄のある四肢。
そして視界の隅にチラッとかすめる、銀のたてがみと細い角。
円は、ユニコーンになっていた。
(そりゃ今まで、ユニコーンになる夢自体は何回も見ているけど……)
今回の夢はやたらと景色や状況にリアリティがあるせいか、『ユニコーンの自分』に対し、変な気分が強い。
……これって改めて考えると、ドン引き案件ではないか?
彼はふと思う。
アラサー(円は今年27歳になる)のおっさんのセルフイメージが、ユニコーンだと?
イタイにもほどがある。
仮に10年前の17歳であっても15年前の12歳であっても、自分がユニコーンとか、か・な・り、恥ずかしい。
いくら夢でもナルシストすぎというものだ。
(……俺。知らないうちに頭の中がお花畑になっていたのかな?)
そんなことないと思うんだけどなあ、と心でぼやきつつ、円はぐったりその場にうずくまり、目を閉じた。
脇腹は痛いは自分の姿はイタイは、目を開けているのもツラい。
どのくらいそうしていたのかわからない。
不意に、
「九条さん」
と呼ばれ、円は慌てて目を開けた。
(ええ?)
驚く。当たりの景色が一変していた。
さながら雲海を思わせる、真っ白な大地。
見上げると、吸い込まれそうなほどに澄んだ紺碧の空。
見回し、流石は夢だと、なんとなく円はほっとする。
夢だから何でもアリなのだ、たとえおっさんがユニコーンであったとしても。
「九条さん、大丈夫ですか?」
気遣わしげな声。
円は声のする方へ顔を向ける。
そこにいたのは結木さくやだった。
何故か、黒のブレザーにプリーツスカート、白いシャツにネクタイという服装だ。
メタセコイヤの遥が着ていた服装と似ているから、おそらくは津田高校の『標準服』と呼ばれているものだろう。
何故そんな服装のさくやが、自分の夢に出てきたのかはわからないが。
「ここは、あまり良くない場所です。現実へ戻りましょう」
その言葉と同時に『シャララララーン』という涼しげな鈴の音が響く。
と、身体が清らかな水で洗い流されるような心地。
円は大きく息をつき……。
宿舎の布団の中で、目を覚ました。
「おはようございます、九条さん」
今日も朝食後、円は小波神社の『義昭の楠』こと大楠へ会いにゆく。
目が合った瞬間、大楠の顔が曇る。
「九条さん? 何か……ありましたか? お顔の色がさえませんね」
かなわないな、と円は内心、苦笑する。
洗顔時と出かける直前、鏡を確認した限りでは常と顔色はそう変わらないと思っていたのだが。
変な夢のせいかなんとなく気だるいのが、彼には見えてしまうのかもしれない。
「そうですか? あー、別に大したことはないんです、ちょっと夢見が悪かったと言いますか、まあそんな感じで」
笑いを交えてそう言ってみたが、大楠の顔はさらに曇る。
「どんな……夢でしょう? 差し支えなければ教えていただけませんか?」
(……いやにグイグイくるな)
若干不審に思いつつも、円はさらっと答えた。
「ほら、例の。蒼司君に迷惑をかけた、怨霊化して私に付きまとってる女の子の生霊っぽいのが昨夜、夢の中に出てきましてねえ。浄化して退けましたけど、寝ながら力んだせいか疲れが残った感じで」
彼女のこと、気にしないようにしてますけど気になっているんですねえ、やっぱり。
そう言って円は話を締めくくろうとしたが、大楠の表情は緩まなかった。
「……なるほど」
大楠はそう言った後、不意にずんずんと円の方へ近付いてきた。
思わず一歩、彼は後退りする。巨漢だからか、迫ってこられるとちょっと怖い。
「ちょっと失礼します」
彼はそう言うと、スッと右手を伸ばして円の頭の上にてのひらを乗せた。思わず目を閉じる。
その瞬間、緑色の風が身体の中を吹き抜けたような気がし、薄荷に似た香りが鼻の奥を抜けていった。
(あ……浄化、された?)
気だるさがぬぐったように、身体から消えていた。
そっと目を開けると、大楠がいい顔でにっこり笑った。
「とりあえずはこれで大丈夫でしょう。ただ……」
大楠は頬を引いて真顔になる。
「もし。今夜も同じようなことになるようでしたら。神鏡の巫女姫、つまり結木夫人に相談なさって下さい。『夢』はあの方の得意とする領域ですから」
シリアスな声音でそう言われ、円はうなずく。
どうも……あのおかしな夢は円が思っていたより、問題のある状況だったようだ。




