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3 追憶③

 時間を少し遡り、先に自宅へ帰ったさくや。

 いつも通りにジャージに着替え、庭に出る。

 庭には当然、和棕櫚のナンフウが待っている。


「まずはウォーミングアップ。その次、久しぶりに組手やろか、お嬢」


 しつこいくらい基礎をさらわせる師匠ナンフウだが、ほんの時々、思い出したような頻度で、組手を行うことがある。


 さくやは少し緊張しつつ、はい、と答える。

 彼が『組手をやる』と言い出す時は、さくやがレベルアップしかけている時か、訓練そのものがさくやの中でマンネリ化し、無意識でダレている時か、そのどちらかであることが多い。


(レベルアップしてるとは思われへんから……ダレてる?)


 自覚はないが、習慣化している訓練はマンネリに堕しやすい。

 ナウフウはニヤッとする。


「そんな、こわばった顔、しィな。今日は『特別なお客様』が来るんやろう? せっかくやから演武でお出迎えや」


「え? 確かにあの方たちを、お夕飯に招待するとは聞いてますけど……」


 父からそう聞かされ、正直『えー!』と思った。

 嫌ではないが、畏れ多い。

 特に『イザナミノミコト』。

 彼女に、フツーの家庭で作るフツーのご飯を出したりして大丈夫か? と、さくやとしては気が気ではないが、父は飄々としている。

 久しぶりに会った昔からの知人をおもてなし、という雰囲気で、それ以上でも以下でもない。

 我が父親ながら肝が太いというか……無神経、というか。

 この人の感覚はどこかしら、普通ではない。

 乱暴に定義すると『天然』の一言に収まるのだろうが、それだけとも言えない。


『あなたのお父様の本性は、オナミの産土神たるオモトノミコト。同時に人間(ヒト)の男性でありますし、良くも悪くも人間という生き物の制限の中で、今生を生きてらっしゃいます。ですが魂の芯は国津神の正当なる裔、土着の神のおひとりなのです。そして神としての今のお姿は『片角を欠いた巨大な白鹿』です……あなたにも見えてらっしゃるように』


 まだ小学生だった頃、大楠から聞かされた話だ。

 父の姿と二重写しに、大きな白い鹿の姿が見えることにかすかな怖れを感じ、大楠に相談した時のことだ。


『そしてあなたは……』


 大楠の話の続きを、さくやは、首を振って思い出すのをやめる。

 


 ……それはそれとして。

 まだ夕方になったばかりだし、第一夕飯のしたくさえまだ(というか、食材の買い出しをしてから帰るとも父は言っていたから、彼が帰らないことには夕飯の準備は始められない)なのだから、こんな早い時間にお客様が来るわけないのだが。

 首を傾げるさくやへ、ナンフウは言う。


「ひとりは予定通り野崎邸の離れへ向かうみたいやけど、もうひとり……御大の女神さまの方は。先にやはるみたいやで」


 さくやはほとんど硬直した。


 九条と名乗った青年はまだ、人間味というか実際人間だと感じるが、あの少女は掛け値なしに『人間ではない』。

 邪悪さは感じないが、はっきり言って怖い。


「……イザナミノミコト、が?」


「ああ。そのつもりみたいや。遥に伝言、残してはる」


 木霊たちは独特の、独自のネットワークを持っている。

 樹木なのだから当然、その場から動けない彼らだが、木霊同士、地脈を通じてコミュニケーションが取れるらしい。

 『その場から動けない』からといっても、木霊たちの情報収集能力は侮れない。


「と、いう訳や。さあ、まずはウォーミングアップから……はじめ!」


 号令をかけられ、さくやはあわてて姿勢を正した。



 いい感じに身体が温まってきたところで、さくやはナンフウと向かい合う。

 一礼し、構える。

 そちらから打ち込んでこいとナンフウが目顔で示すので、さくやは遠慮なく突きを繰り出す。

 当然よけられ、伸ばしきった彼女の腕は払われる。

 次にさくやは、流れるように相手の脛へ蹴りを入れる。

 が、逆にいなすように彼女の足首はひっかけられ、ややたいを崩す。

 崩したそこへ師匠の拳が容赦なく飛んでくるので、さくやは必死にガードした。


「がら空きやで!」


 声と同時に脛へ軽い衝撃。

 よろめきそうになるのを踏みとどまり、素早く距離を取って態勢を整える。



 現実問題として、ナンフウに人の姿の実体はない。

 彼の現実の身体はあくまでも、庭に生えている和棕櫚の巨木だ。

 だから、人の姿の彼から受ける攻撃が当たっても、リアルの身体にさほどの影響……痛みや傷は残らない。

 さっきの脛への衝撃も、彼がもし実体のある成人の男性だった場合、下手をすればさくやの脛の骨は折れていただろう。


 そもそもなぜ、花も恥じらう乙女の彼女が、朝夕、武術の鍛錬をやっているのか?

 そこには哀しくも切実な理由がある。


 さくやが小学五年生の頃だ。

 狡猾な不浄のもの(つまり、それなりに強い【dark】)が、当時この辺りに住んでいたロリコン男の心を操り、さくやを、小波の外へ連れ出そうとした事件が起こった。

 護衛としてそばにいたナンフウが、強引にさくやの身体を動かして(つまりさくやに『憑く』形になる)不埒な男を撃退し、警察に突き出したが。

 武術の心得のないさくやの身体はナンフウの動きについてゆけず、肩や腰などをひどく傷めてしまった。

 変態男の撃退は出来たものの、しばらくは整形外科に通う羽目に陥った。


 以来彼女は自らを鍛え、可能な限り自力で物理的な危機から自らを守れるように、もし自分では手に余る場合はナンフウに『憑いて』もらっても過不足なく動けるように、武術の鍛錬を始めた。


 おしゃれをしないのも、そのための一手段だった。

 まずは変態の目に留まらないため、もうひとつは、とっさの危機に対し動きやすい服装でいたいから……だ。

 長いスカートは脚にまとわりついて動きにくいし、かといって短いスカートでは場合により、仮に相手を痛烈に蹴り飛ばせても、チラ見せで喜ばせる羽目に陥る可能性がある。

 そもそも可愛い服装では、気が散って闘いにくい。


(……まったく)


 いつまでこんな日々が続くのかと、暗澹たる気分になるが。

 当面はこれでやっていくしかない、のが現実だった。



 気を引き締め直してさくやは、うっぷんを晴らすように師匠の顔へめがけ、得意の突きを繰り出した。

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[一言] 小波って変態多くない?( ˘ω˘ )
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