表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/106

2 交差する⑥

 宿舎に落ち着き、円はホッとする。

 周りを立派な樹木が、文字通り『林立する』中にあるこの屋敷――旧野崎邸――の、離れ。

 町中とは思えない、清浄な森の香りがする。

 どこかの高級な別荘地にでも来たような雰囲気だ。


(……すごいところだな)


 この屋敷自体もすごいが、この土地そのものが常識を逸脱している。


 小波という町自体は、別にどこにでもある地方都市だろう。

 無味乾燥で十把ひとからげな建物の賃貸マンション、その合間にあるコンビニや百均のような店舗。

 小中学校や、おざなりに作られた雰囲気の小さな公園。

 時々、個人経営に近い小さな工場が、思い出したようにチラホラあるのが唯一、この町らしい風景かもしれない。

 だが……。


 結木さくや(と、メタセコイヤの遥)と別れた後。

 円たちは結木氏の車に乗せてもらい、津田高校から【eraser】・でもある楠の大樹に『会いにゆく』ことになっていた。

 小波神社という小さな神社の神木だという話だ。


 車を鳥居の前の空き地に停め、神社の境内に足を踏み入れた瞬間、神社中の樹木がざわめいた。


(ツカサ、お帰りなさいませ)

(こちらは……)

(なんと! 天津神でいらっしゃる?)

(天津神! 天津神!)

(オナミへようこそ、やんごとなき方々!)


 なんというか……伝説の大スターが現れた、とでもいう雰囲気になった。


「静かに」


 穏やかだが威厳を感じさせる声が境内に響く。

 途端に木霊たちがぴたりと黙った。



 社務所のある辺りから、黒の紋付に袴姿の壮年の男性が現れた。

 身長が2m近くありそうな、厳めしい巨漢である。

 彼はこちらへ歩いてくると、さながら昔の武士が君主を前にした時のように腰を落とし、片膝をついて頭を下げたので、円は驚愕した。


「お初にお目にかかります。私はこの地に長く住まう楠、『義昭の楠』と呼ばれている者であります。ヒトとしては大楠義昭(おおくすよしあき)と名乗っておりました。何卒よろしくお願いいたします」


「え? えーと……」


 円は思わず辺りを見回す。

 誰か、ものすごく偉い人が後ろにいるのかなとも思ったが、彼が頭を下げて挨拶をしているのは、どうも……自分、らしい。


「丁寧な挨拶、痛み入る。だが彼は、おそらくもっと気楽な付き合いを好むだろうから、そんなに気遣っていただく必要はないよ『義昭の楠』。君の主である結木氏と同じように、心安く接してやってくれ」


 キョウコさんの言葉に、彼は頭を上げ、軽く笑んで立ち上がった。

 笑った途端、びっくりするほど人懐こい表情になる男だ。


「それではお言葉に甘えて。……改めまして。はじめまして、エンノミコト。私は『義昭の楠』あるいは大楠義昭とも呼ばれている楠です。小波へようこそお越しくださいました。何もない田舎町ですが、のんびりと過ごすのにはいいところです。どうぞゆったりお過ごしください」


「え? あ、は、はあ……ありがとうございます」

(エンノミコト?)


 茫然としている円へ、キョウコさんは笑う。


「わかっていない顔だね、九条君。まあ、当然だろうが。ひとつひとつ説明しようか。まず、彼が木霊なのはわかるね」


「ええ……、まあ」


 にこやかに立っている『義昭の楠』を見つつ、円はうなずく。


 そもそも円たちは、楠に『会いにきた』のだ。

 流れ的にも、『義昭の楠』を名乗る彼が木霊であることはわかる。

 さっき会ったメタセコイヤの遥と、醸し出す雰囲気とでもいうのか、言うに言えない何かが同質だと感じるから、そこは円もさほど疑問に感じない。


「そして。彼らから見れば九条君は神格者。『ミコト』なのだよ」


「はいい?」


 なんじゃそりゃ。


「あまり自覚はないだろうが。君は、世界でも指折りの大怨霊であった【Darkness】をひとつ完全浄化した、つまり世界を救った神の、ひとりだ。並の【dark】なら君の姿を見ただけで恐れをなして逃げてゆくし、国津神に従っている精霊なら通常、君に敬意を表して頭を下げる。我々【管理者】は君を【eraser】・エンと呼ぶが、わきまえのある精霊たちは君を『エンノミコト』と呼ぶだろう」


「えんの、みことォ……?」

(えぇえ?……マジかよ)


 安物のファンタジー小説か、と、思わず円は心でツッコミを入れる。



 初めて【eraser】としての能力が顕現した頃もあまりに非現実的すぎて、どんな厨二だと自らにツッコミを入れたが。

 『エンノミコト』は、それ以上に持て余す。

 というより恥ずかしい。

 ギャー、と叫んで逃げたくなる。


「ギャー、と叫んで逃げないように」


 円の心を読んだように、キョウコさんが釘を刺す。


「勘弁してくださいよぉ……確かに【eraser】ではありますけどね、俺はフツーのにーちゃんです」


 ぼそぼそと抗議の声をあげるが、キョウコさんは高笑いをするだけだ。

 

「それでは、エンノミコト。今後はあなた様をなんとお呼びいたしましょうか?」


 『義昭の楠』に問われ、円は、きちんと名乗っても挨拶してもいないことに気付く。


「ああ、すみません。挨拶が遅れました、九条円と申します。ですから、九条とか円とか、そちらで呼んでいただければ」


「承知いたしました、九条様」


「あの、様呼びは勘弁して下さい」


「それでは、九条さん。今後ともよろしくお願いいたします」


「はい、よろしくお願いいたします」


 どっと疲れた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ