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2 交差する③

 決めた通りに円は、9月中はほぼ【home】でのんびり暮らし(三食昼寝付きという、甘やかされた生活だった。実家以上に実家のような場所が、【eraser】にとっての【home】なのだ)、10月になると同時に小波へ向かった。

 向かうと言っても【home】を介しての移動になるので、かなり気楽というか隣町へ遊びに行くような感覚だ。



「この丘の東側は九条君が住んでいる町に接続し、西側を小波町の最寄り駅周辺に接続した。最寄り駅のすぐ近くにオナミの水神……つまり結木氏の出身高校があるのだが、その辺りがちょうど聖域とのはざかいになる。出来るだけ、駅から高校のある方向以外へは行かない方がいい。君がボランティアで関わる保健センターもはざかいの内側にあるから、基本的に仕事中も心配いらない」


 キョウコさんの言葉に円はうなずく。

 彼女は円へ、鈍い金色の鍵を渡した。


「【home】の鍵を渡しておく。わかっていると思うがもう一度説明しておこう。この鍵を、『球の体積』チャームにつけておきなさい。チャームのついた鍵を持って丘の上り下りをすれば、接続している場所へ着く。君が、怪我の診察を受けるために勤務先の病院へ向かう場合は、鍵を持った状態で丘の東側を下れば、自然と君の住まいの周辺へ出る。そこから病院へ向かえばいい。診察後は【home】へ戻るつもりで歩いていれば、自然とこの丘へたどり着く。丘の頂上に着いた後、西側を下れば小波にたどり着く。そんな感じで一ヶ月ほど暮らして……()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


「はいい?」

(偏りを、ゼロに戻す?)


 何だか謎かけのようなことを急に言われ、円はポカンとした。

 キョウコさんは瞬間的に、悲し気に顔を曇らせたが、すぐ真顔に返った。


「何を言われているかわからないだろうな。気付いていないだろうが、今の君は少々、危うい。希死念慮の塊みたいだったスイに手を焼いてきた私から見ると、君は健全でまっすぐで、自分の抱える問題は自力で解決しようとする強さもある。だが……それも過ぎると、不健康なのだよ」


「……はあ」


 首を傾げる円へ、彼女はかすかに苦笑する。


「とりあえずは、頭を空っぽにして小波で暮らしてみなさい。結木氏もそうだが、彼の家族もいい意味で一癖も二癖もある人たちだし、彼の眷属である三体……三人、というべきかな、木霊たちも面白い存在だ。特に、あの町の神社にいる神木の楠は素晴らしい。小波全体が【eraser】・に準ずる聖域だが、あの楠は古い時代から存在している、まぎれもない【eraser】・波だ。彼の癒しの力は大きい、ちょいちょい、立ち寄ることをお勧めする」


「は、い……でも。楠が『彼』なんですか? 楠に性別ってないですよね?」


 楠の三人称が『彼』なのに軽い違和感を持つ円へ、キョウコさんはニヤリとする。


「『彼』だ。とにかく小波は、いろいろと規格外の土地なんだよ。きっと君も、いい刺激を受けるだろう」


 そして彼女は表情を改め、続ける。


「明日の午後三時半、彼の母校である津田高校の正門の前で結木氏と待ち合わせになる。当日は私も一緒に行く予定だ。アチラの様子を直に見てみたいのもあるし、『義昭の楠』をはじめとした木霊たちに挨拶もしたいからな」



 その後、円は【home】で私室として使わせてもらっている部屋へ戻り、簡単に荷造りをする。

 当面の着替えと処方されている薬各種、運転免許証、保険証の写し、クレジットカード、いくらかの現金。


(あとは携帯電話(スマホ)があればなんとかなるな)


 もちろん、さっきキョウコさんから渡された鍵は必須だが、すでにキーホルダーに取り付けている。

 チャームと鍵が物理的につながってさえいれば他の鍵類と一緒でも問題ないと言われたので、受け取ってすぐ、キーホルダーに取り付けたのだ。

 外出時にはいつもこのキーホルダーを持つように癖をつけているから、うっかり『鍵』を持たず外出することはかなり減るはずだ。


(そうだ、実家にももう一度、連絡を入れておこう)



 円は退院後、7~8割は実家で養生するつもりだったし両親は10割、そのつもりだった。

 だが、一番上の上司に当たる怖い先生(先生ではないが、女神の名を戴く人外の存在とは絶対に言えない)に、転地療養を勧め……もとい、命じられたと、笑いとボヤキを交えて話し、何とか了解してもらっている。


「数自体は多くないけど、どうもマスコミ対策でもあるらしいんだよね。そっちにも、もしかするとそういう系の取材とかが来るかもしれない。もしそうなったら、ごめんね。『息子は療養中です』とだけ言って、追い返してくれればいいから……あー、それでも。鬱陶しいとは思うけどね。さすがに1、2ヶ月もしたらほとぼりが冷めるだろうから。まったく俺が被害者なのにさあ、なんでこんな面倒なことになったんだろうねえ」


 両親は円の報告を受け、電話の向こうでひとしきり愚痴を言い、円を心配しては気遣い、結果二時間近くしゃべっていた。

 特に母など最後には涙声になっていて、最終的に父が窘めて電話を切った。


(……はあ、やれやれ)


 親不孝だなあ、とは思うが、円にはどうしようもない。


 実際、怨霊化した【dark】が実家にやってこられた方が困る。

 そもそも【dark】には容赦というものがない。

 己れの目的のために利用できるものは、何でも利用するのが彼らだ。

 両親が【dark】の駒にされたりおとりや人質にされたりしたら、円としても手の下しようがなくなる。


(でもさ……なんで、俺なの?)


 救急外来で出会っただけの医師と患者、だ。

 それ以上何かがあった訳ではない。

 強いて言えば彼女に憑いていた【dark】を祓ったが、搬入時には意識を失っていた彼女が、憑き物を祓ったのが円だと気付くとも思えない。



 一緒に死にましょう、と、多幸感あふれる顔で笑った彼女。

 未だに目を覚まさないとも聞いている。

 スピリチュアル的?に表現するなら、魂が抜けて仮死状態、いわゆる生き霊とでもいう状態でうろうろしているのだろう。


(その状態で近付いてきたら俺は多分、反射的に『浄化』するだろうな。ほとんど【dark】になってる彼女を浄化したら……彼女は死ぬのかな?)


 散々煩わしい思いをさせられてはいるが、別に彼女のことを、死んでほしいとか殺してやりたいとかは思っていない。

 そもそもほとんど他人なのだ、愛憎が湧く余地もない。

 今まで関りがなかったんだから今後も関わってくるな、が、円の一番正直な気分だった。

 だから逆に、円が浄化したせいで彼女が死ぬとなると、非常に寝ざめが悪い。


(……ああ、もう!)


 イライラすると、治りかけの下腹の傷がシクシク痛む気がして、気分が落ちることこの上なかった。

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[一言] 一目惚れしちゃったのかな?( ˘ω˘ )
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