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終章~ただいま③

 結木氏に断り、裏庭へ回る。

 庭の規模から考えるとやや大きい、立派な和棕櫚の木へ円は、


「ナンフウさん」


 と呼びかける。


「おう、挨拶に来てくれはったんか?」


 声と同時にナンフウが現れる。が……彼の身体は半分、透き通っていた。

 まるで、こちらへ来たばかりの時、【dark】除けの眼鏡越しに彼らを見た時のように。



 闇の底までさくやを追いかけ、自らの角を折って彼女に与えた後遺症のようなものなのかもしれない。

 どうやら円は、俗に言う『見鬼(けんき)』の力が衰えたようだ。

 角を折ったことで、天津神の器として完璧ではなくなった、ということなのだろう。

 今まで見え過ぎていた【dark】も半分くらい見えなくなった。

 【eraser】としてはいいのか悪いのか微妙だが、人間として普通に生きてゆく分には楽になったかもしれない。

 キョウコさんは言う。


「仮に根元から角を折っていたとしても、君が【eraser】でなくなることはない。ただ、さすがに根元から角を折ってしまっていたら、アチラから戻ってきても二、三年ほどしか生きられなかったかもしれないがな、その角は君の魂にとって急所のようなものだから。半分になった今、君は高校生の頃のように【Darkness】の領域で自由自在に活動できるほどの【eraser】ではなくなった。まあ、そうであっても君ほどの【eraser】は現状、この国にいない。エンノミコトはやはり、比類のない天津神だ。最近、『折れ(つの)のユニコーン』というふたつ名を小波の木霊たちから捧げられているようだし……」


「なんですか、その厨二くさいふたつ名は」


 顔をしかめる円へ、キョウコさんはあっはっはと大笑いする。


「まあそう言うな、彼らにとっては最上の敬意を込めてつけられたふたつ名だよ。オナミヒメ……オオモトヒメノミコトを黄泉から連れ戻した英雄としての呼び名なんだから」


「いやその。英雄とかそういうんじゃないんですけどね。俺の、ごく個人的な私欲で動いただけですし」


 もぞもぞ言い訳じみたことをつぶやく円へ、彼女は優しい笑みを浮かべて言った。


「私欲だろうが何だろうが。オナミヒメを救ってくれたという結果を、小波(オナミ)という土地は感謝しているのだよ、もちろんオナミの水神も。つまり折れ角のユニコーンは、オナミヒメの伴侶として、口うるさいにいやさんやじいやさんからも認められたという訳。ま……後は君たち次第だろうがな」


 思わぬタイミングで思いがけないことをサラッと言われ、円は少年のように赤面した。



「ご実家へ戻られるって聞いてます。ご両親もずっと心配してはったやろうから、にーさんが顔見せたら安心しはるでしょう」


 少し寂しそうではあったが、ナンフウはにこやかにそう言ってくれた。


「そうだね。入院中の俺の状態しか知らない両親には、心配かけたままだから……」


 もちろんメールや電話はそれなりに入れているから、両親も円が元気になったことは理解しているだろうが。

 実際に自分の目でどの程度回復したのか見ていないのだから、やはり心配しているだろう。

 若い頃……少なくとも大学生くらいまでは、そんな親の気遣いや心遣いに気付かなかった。

 小児科医として働き始めてやっと、円は『親』という立場の人の心が見えてきた。

 見えてきて、その気遣いを有り難いと思うようになったのは……、ひょっとすると最近なのかもしれないなと、密かに思ってもいた。


 両親から聞いた話では、この事件がらみでの煩わしいことは、皆無ではなかったらしい。

 しかし、不自然でない程度にキョウコさんがチートを発動してくれたようで、噂はもうほとんど、円の実家周辺では消えているらしい。

 さすがに現場となった病院とその近辺での噂は残っているらしいが、それもかなり消えてきている様子だ。


 噂を完全に消してしまえば、君はあの病院で勤め続けられるだろうがどうする?


 一度キョウコさんにそう訊かれたが、不自然なことはやめて下さいと断った。

 噂は消えても事実は消えない。

 事実が残る限り、もぐら叩きのもぐらのように、思いがけない時と所から厄介は顔を出す。

 不自然に押さえつけた反動で、思いがけない大事になる可能性も否めない。

 収束を促す程度ならともかく、完全な消去はかえって悪い結果になりそうだ。

 この辺の感覚は、【eraser】として重ねた経験から体得した感覚なのかもしれない。


「そうだな、それが正解だろう。君はおそらく、あの病院とは縁がなかったんだね」


「職場としては、そう悪い職場でもなかったんですけど……」


 苦笑いする円へ、キョウコさんも苦笑いをする。


「これも巡り合わせというものだろう。次はきっと、もっといい職場だよ」


 彼女にしては珍しく、人間じみたというかふわっとしたというか、そんな慰め方をしてくれたのが妙に印象に残った。



「せやけどにーさん。近いうちにまた、小波(オナミ)へ戻ってきやはるんでしょ?」


「いやまあ、次の勤め先がまだはっきり決まってない状態だからね、何ともいえないんだけど。でも、そうなるかな?」


 本決まりではないし不確定要素も多いが、こちらの総合医療センターでの勤務の話が、それなりに具体化してきてはいる。

 ナンフウはちょっとムッとした顔になった。


「あー、そりゃ仕事は大事ですよ、メシの食い上げになるんは困りますからね。でもにーさん、そこは嘘でも『万難排してでも戻ってくる』って言わな」


「……だね。万難排して戻ってきます」


 この町は円にとって、前世でのふるさとであり。

 ふるさとの象徴である、大事な人のいる町なのだから。

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