刻まれぬ紋
宵闇を呼んだ間。大広間。板の間に円形になるように蝋燭を並べ、その中心に立つ。格好は巫女装束。なんせ女を捨ててからまだ数時間も経過していない。男性用の袴など、私が今持っているはずもない。
宵闇は古き騎士のように跪くと、恭しく左手を包んだ。その途端、蝋燭の炎の火力が増す。篝火の如く。宵闇の霊圧に反応して、ぐらり、ぐらりと大きくなる。それからすぐの事。夥しい数の光鎖が私と宵闇を包み込む。一本一本が体に絡みつき、肉を締め上げる。伊達に神をやっている訳じゃない。ぶっちゃけ苦しい。でも、それでも私はお前と印を結びたい!!
「はれ?」
あれ程までに輝いていたのだ。圧倒的なまでの霊圧を感じたのだ。しかし――。
「消えた.......?」
眩いほどの光の粒が硝子片のように砕け散った。恐る恐る左手を確認。印は.......結ばれていなかった。衝撃の事実に空いた口が塞がらない。しかしそれは申し出た方も同じのようで、宵闇は何時に無く目を丸くしていた。
あれ程まで荒ぶっていた蝋燭の焔も、小さく丸まっている。このままでは消えてしまいそうな程に。それは私達の心情を表していた。
「失敗..............したの?」
「あぁ」
彼の声音は非常に落ち着いていた。だが口元に手を当てて、訝しむように眉間に皺を寄せる。それから同族の式の名をぽつりと呟いた。
「銀庭」
「どうした?」
この場に不釣り合いな程穏やかな目。表情。この穏やかさに私は幾度となく救われてきた。しかし、今は傷口を抉りにいく。状況を理解して欲しくて、握り拳を銀庭に向ける。
「これを見ろ」
手の甲には一点しか刻まれていない。
失敗してしまいました。
後は相性の悪い火神に任せましょう。
次回登場します。ヤバいやつです。




