第88話 風人の姫と少年戦士
アイレの傷の手当をしながら、彼女はこれまでの経緯を話してくれた。
風人の戦士を率いて涙の日を戦った事。
自分以外の戦場に出た風人の戦士は皆死んだ事。
エーデルタクトがジオルディーネ軍と魔人による風人狩りに遭い、大勢の風人が殺され、連れ去られた事。
そして逃げ延びた自分は、生き残りを探して方々を駆け回っている事。
「今日は採取と狩りの途中で運悪く敵に見つかっちゃったってわけ。今拠点にしてる野営で戦えるのは、私ともう一人だけだから」
「なるほど。もう一人は野営の守りで、アイレが調達に出ていたのか…っと」
キュッと頭の包帯を締める。
「痛い! もうちょっと優しくしなさいよ!」
「…それだけ元気なら傷も早く治るだろ」
気の強い娘だ。さっきあれ程泣いていたくせに…とは言えない。
折れた腕にはアリアから貰ったストールを巻いてある。今までミコトに使った一度しか使用してないから、まだ治癒魔法の効果は有るだろう。他の負傷は多少時間はかかるが、傷薬で十分治せる。
「それで、私を助けてくれたって言うこの子は一体何? さっきからずっとこっち見てるんだけど…」
一応マーナにも聞いておこう。クリスさんが主だしな。
「君の事をアイレに話してもいいのか?」
『わふわふ《 ダメなの? 》』
こっちが聞いてるんだがな…
まぁ、アイレなら何の問題も無い…はずだ。
「この子は聖獣マーナガルム、聖王狼っていうらしい。マーナって呼んでやってくれ。訳あって共に行動してるんだが、俺とは普通に会話ができるし、君の言葉も普通に理解してるから、下手な事は言わないでくれよ」
「うそっ、聖獣!? …なら言葉も話せるか。さっきのは独り言じゃなかったのね。でも、なんであんたは会話できるのよ」
「知らん。マーナの本来の主曰く、俺には獣従師の素質があるらしい」
はたから見れば、完全に独り言のように聞こえただろうな。気を付けよう。
「ふーん、獣従師ねぇ。冒険者の職ってやつね? 魔獣を仲間に出来る人を、里の伝承では『魔を従えし者』って言うらしいけど、それと同じかしら」
「大げさ過ぎる。『仲良くなれる者』辺りで手を打とう」
「威厳が崩壊したわ。伝承なんだから諦めなさい。それにしても聖王狼かぁ…言われてみればカーバンクルに似てる気がしてきた」
その言葉に、不覚にも興奮した。
「げ、幻獣を見た事があるのか!?」
「な、なによ急に…樹人国には三体の幻獣がいてね。中でもカーバンクルは人懐っこいから、私が樹人の知り合いに会いに行く時に、たまに見かけたりすると寄ってくるわよ」
「おお…幻獣に好かれるとは、やるなアイレ。見直したぞ!」
「そっちの方が大げさ。まぁ、樹人と関わる機会の無い人間は一生見る事は無いかもね。でも覚えておいて。ピクリアに長居は禁物よ。出来るだけ入らない方がいいし、ヴリトラに見つかったら人間は即、殺されるわ」
「幻王竜ヴリトラか…確かに竜種は強い。黒王竜の赤子に一度挑んだが、死にかけた。成竜なら生きて帰れなかっただろう。肝に銘じておく」
「はぁ!? 黒王竜に挑んだ!? 馬鹿じゃないの!? 子供でも人が敵う相手じゃない! …まぁ魔人をあっけなく倒しちゃうくらいだし? そのあたりの感覚は私とは違うのかも知れないけど…」
「あれは仕方がなかったんだ」
「何があったのよ…と、とにかく! よろしくねマーナ。あと、助けてくれてありがとう。貴方は命の恩人よ」
『わぉん!( 遊んで!)』
「礼はいいから、遊んでくれだとさ」
「お安過ぎる御用よ―――」
…――――
「もう休んだ方がいい。明日、君の体調を見てから動く。言っとくが無理は禁物だからな」
そういって俺は立ち上がり、収納魔法から防寒具一式を取り出してアイレに渡してやる。
「…わかった。お言葉に甘えるわ。それにしても便利な魔法よね」
「収納魔法が無ければ家を担いで旅をする羽目になる。世界最高の魔法だ」
「ふふっ、違いないわ」
◇
翌朝。
「おはようジン、マーナ。見張りありがとう」
「ああ、おはよう」
『うぉん《 おっはよー 》』
「あれ? これって…」
「夜の内に見つけておいた。空っぽの鞘じゃ心許ないだろう」
アイレのすぐ側に、細剣が立て掛けられている。
昨晩俺が見つけておいたものだ。
鞘の形状からしてアイレは細剣使いである事は分かるし、彼女が戦った跡も円形に木がなぎ倒されていたので、落とした場所も想像に難くない。案の定簡単に見つけることが出来た。
「ありがとう…」
大事そうに剣を抱きかかえる。そうだよな、剣士たるもの剣は大事な相棒だ。
「見事な細剣だ。普通の細剣よりも太く、とても力強い。アイレも相当な使い手だな」
『魔人に勝てないけどね』と苦笑いしながら言う。
「細剣はドルムンドの地人に打ってもらったシリウス鉱の剣よ。刺突だけじゃなくて、斬撃にも調和するように特別に作ってもらったの」
「なるほど。どうりであまり見ない形状だと思った。地人とはやはり凄いものだな」
その後軽く食事をしながら、アイレの怪我の様子と相談し、全快とは言わないまでも、十分に動けるところまで回復したとの事なので動くことにした。
アイレに案内され、まずは風人の野営地へ無事を知らせに行く。森をかき分け、木を伝い、道なき道を進む。
「そういえば、ドルムンドへ逃げようとは思わなかったのか?」
「初めはそうしようと思って皆で向かったわ。でも、あんまり兵隊が集まって来るもんだから諦めたのよ。包囲されてるんじゃないかってくらい。穴が無いわけじゃないと思う。けど、私一人ならまだしも、皆を守りながらってのは難しいわ」
「そうか…」
会話をしながらも、その駆けるスピードは速い。さすが風使いと思わせる身軽さだ。俺も風魔法使いとしてやって来てはいるが、アイレの洗練さには遠く及ばないだろう。
しばらく進んでいくと、探知魔法に複数の魔力反応が掛かった。数的にも風人の野営地だろう。だが、なんとなく魔力反応の動きが慌ただしい。ある一点の魔力反応を中心に、そこから逃げているような…
即座に遠視魔法に切り替えると、その魔力反応は見たことの無い、魔獣もしくは魔物の大きな反応だった。
「アイレ! この先に風人以外の大きな魔力反応がある!」
「なんですって!? この先は野営地が…まさか!」
「恐らく襲われている! 急ぐぞ!」
「ええ!」
速度を上げ、風の様に突き進む。
徐々に悲鳴が聞こえ始め、逃げ惑う風人の老人や子供とすれ違い始めた。アイレを見た風人達は一様に驚きつつ、喜びの言葉を発している。
「ひ、姫様! よくぞご無事で!」
「話はあと! 早く逃げなさいっ!」
「は、はいっ!」
開けた野営地に到着すると、あちこちで倒れている者がおり、一人の風人の少年戦士が、果敢にも空飛ぶ魔獣と交戦していた。
「うぉぉぉぉ! 寒いんだよコンチクショー!」
空飛ぶ魔獣の口から猛烈な冷気が吐き出され、少年を襲う。だが、風を吹かせギリギリその威力を弱めて戦闘を続けている。避けずに受け止めているのは、仲間に被害が及ばないようにする為だろう。
手に持った二本の短剣で隙を見ては斬り掛かっているが、体勢が悪く、あまりダメージは入っていない。
「くそっ! みんな早くにげろ!」
少年の覚悟は、駆けつけたアイレとジンに届いた。
「エト!」
「アイレ様! ご無事でよかった! コイツ空からいきなり来て!」
「さっさと倒すわよ! ジン! こいつはブリザードホークって―――熱っ!」
俺は既に攻撃準備に入っている。巨大な火の玉を頭上に掲げ、少年戦士に指示を飛ばす。
「よくぞ一人で皆を守った少年! そいつからいったん離れてすぐ追撃準備だ!」
「はっ!? 誰!? 人間!?」
「早く離れなさい! 灰になるわよ!」
「わわわわわ!」
危機を察知したブリザードホークは嘶き、ジンに向かって冷気を吐き出した。
『グエェェェェェ!』
「―――大火球魔法!」
ドオォォォォン!
『グ…グガ…』
「落ち無いか。―――地の隆起!」
大火球を食らい黒焦げになりながらも、今だ飛行能力を失わないブリザードホークへ、止めを刺すのは風人の戦士二人の役目だ。
「足場にしろ!」
アイレとエトはタタンと土壁を駆け上がり、渾身の力でブリザードホークに斬りかかった。
「はっ!」
「だりゃあ!」
ズバン!
ドシュッ!
『グウゥゥゥ……』
ズゥン――――
深々と斬られた魔獣は力なく地に落ちた。
倒した事を確認するため、魔力反応を視る。
「倒したな。アイレ、怪我人の治療を。俺は信用されていない。君らでやってくれ」
収納魔法から傷薬を取り出してアイレに手渡す。恐らく逃亡生活で物資は乏しいだろう。こういう時の為に、傷薬は山の様に買い込んであった。
「あ…うん」
アイレは傷薬を受け取り、怪我の無い者に配りつつ自らも介抱に回った。
「さて、今日は鶏肉だ」
さっそくブリザードホークを捌くため、採取用の短剣では刃が通りそうにないので、舶刀を抜き獲物に近づく。側に居たマーナはブリザードホークの死骸に乗っかり、『おいしいの? これ』といって前足でバシバシ叩いている。
俺が淡々と作業する傍ら、理解が追いつかない様子で逃げ惑っていた風人達が集まり、遠巻きにこちらを見ている。
一通り治療が終わったのか、そんなジンを見てアイレは呆れたように声を掛けた。
「さすが冒険者と言っていいのかしら。戦闘後の余韻とかないわけ?」
「なんだそれは。俺は無傷だし、皆の食料の方が遥かに大事だな。早く血抜きして内臓を取り除かないと、肉の味が落ちてしまう」
ごく自然に会話する二人を見て、風人の少年戦士エトが、アイレとジンの間に割って入り、怒気を放った。
「何者だお前!」




