第79話 クリスティーナの依頼Ⅰ
マーナとひとしきり遊んだ後、クリスさんが俺をここに呼んだ本題に入る。マーナは満足したのか机の上で寝ているようだ。
「そうでした。すっかり忘れていました」
「ふふっ、マーナとの相性も見れたしいい時間だったわよ♪」
「はぁ…なら良いのですが」
「実はジン君にギルドマスターとして依頼したい案件があるの」
急に雰囲気が変わったクリスさんを見て察した。
「ジオルディーネ王国の件ですか?」
「さすがに察するわよねぇ。その通りよ。これから話す事は上級ランクの、その中でも力があるとギルドが認めた人にだけ伝える内容。Aランクのジン君だから話す内容だから、パーティーに話しちゃだめよぉ? 受けるかどうかは話を聞いてからでもいいわぁ」
クリスさんの言う通り、俺は二ヶ月ほど前にAランクに上がっていた。この街に着いた時には既にAランクに上がるポイントは溜まっていたのだが、初級者の指導が遅れてつい二ヶ月前に条件を満たしたのだ。服の下にはAランクの証である白のギルドカードが下げられている。
その後クリスさんの口から、まずはミトレス連邦とジオルディーネ王国の戦の概要と現状が語られた。
一か月前に獣王国ラクリ南部で繰り広げられた、亜人対ジオルディーネ王国軍との決戦はジオルディーネ王国軍に軍配が上がり、亜人軍はほぼ全滅に近い被害を受けたという。
戦に勝利したジオルディーネ王国軍はそのままラクリに侵攻し村々を襲撃、逃げ遅れた獣人達はその地で奴隷のような扱いを受け、抵抗した者は殺され、女子供は次々にジオルディーネ本国に送られているらしい。
今もなおジオルディーネ本国から兵が送られており、ミトレス連邦全域が侵攻を受けている状況。帝国の密偵とギルドの調べにより、既に水人の国ミルガルズと、風人の国エーデルタクトはほぼジオルディーネ王国の手に落ちている状態だという。
竜人の国ドラゴニアと雪人の国ホワイトリムは、元々その種族数自体が亜人の中でも少ない上に、ドラゴニアは山肌、ホワイトリムは雪山と、到底人間が普通に暮らせるようなところでは無いらしい。これが理由で積極的な侵略は受けていないが、時折強力な戦力が送られて来るらしく、戦いを常とする竜人達も善戦空しく逃げ回っている状態との事だ。
今は避難場所としてミトレス連邦全域から、地人の国ドルムンドに亜人達が集まっているが、ドルムンドにもジオルディーネ軍が押し寄せつつあり、全く油断できない状況なのだとクリスさんは言った。
「ドルムンドもですか…」
俺はグリンデルさん、カミラさん、カルマンさん、トヴァシさんという四人の地人を知っているし、彼らにはとても世話になっている。ドルムンドも侵攻を受け始めていると聞いて胸が痛くなったが、これは国家の問題で一冒険者がどうこうできる次元の話では無い。
そしてつい一週間ほど前、ドルムンドの長から帝国に、正確にはドッキアの北西にあるガーランドに正式に救援の要請が入った。帝国としてはこのままジオルディーネ王国にミトレス連邦が蹂躙されて、ジオルディーネ王国が隣国になるのは避けたいという思惑と、素直に帝国には多くの地人が住んでいるという理由から、即座にこの要請を受けたらしい。
助けを乞われるまで助けない所が賢しい皇帝らしいなと俺は思いながら、ドルムンドが帝国の庇護下に入った事に安堵を覚えた。
帝国の介入を知ったジオルディーネ王国はドルムンドへの侵攻速度を落としたものの、ドルムンドの中核を成す街を囲むように増兵は行われ続けているという。
「いつ帝国とジオルディーネ王国が衝突するか分からないわぁ。明日かもしれないし、一年後かもしれない。でもまぁこれは国の問題だから、ギルドとしては関与はしないわ。傭兵紛いなことをする冒険者もいるかもしれないけど…」
「露見すれば冒険者資格の剥奪ですからね。得られる金銭と天秤にかけても誰もやらないでしょう」
「だといいんだけどねぇ…それでね、ここまではよくある戦争話よ。これから話す事は私達冒険者に大いに関係がある事」
「伺わせてください」
「ええ…今のジオルディーネ王国軍の快進撃の立役者はね、元々ジオルディーネ王国にあったギルドを拠点にしてた冒険者なの」
「なっ!? ど、どういう事ですか!?」
驚くべき事実にさすがに狼狽した。冒険者が戦争に加担し、侵略行為を行っているというのか。
「先の大戦を生き残った獣人の戦士が、ミトレス連邦唯一の冒険者ギルドだったラクリ冒険者ギルドに直接持ち込んだ情報なんだけれど…人間に魔力核を埋め込んで魔物化させ、兵器としているみたいなの」
「…は?」
到底信じられない。
「いやいや、いくら何でもありえないでしょう。技術的にそんなことが出来るとは聞いたことがありませんし、それに…人道に反し過ぎています」
「それが普通の反応よね。私も聞いた時は耳を疑ったし、怖気が立ったわ。だけど、これは本当の話。ジン君はパルテール・クシュナーって人知ってる?」
「え、ええ。帝都でお会いしましたが…まさかクシュナー先生が直接確認されたのですか?」
「そうなの。帝国最高峰の魔法師であり、頭脳でもあるパルテール・クシュナーがその技術に驚嘆し、恐怖したそうよ。思いついても絶対にやってはいけない事をやってるってね。ジオルディーネ王国では魔力核を持つ人間を『魔人』と呼称しているみたいね」
俺は頭の中が真っ白になり、怒りに震えた。机を殴りたくなる衝動をグッと堪え、続くクリスさんの言葉に耳を傾ける。
「魔人のベースとなる人間は、元が強ければ強いほど魔人になった時に飛躍的に強くなるらしいわ。だけど人としての意識はなく、ただ相手を襲うだけの存在になる。それこそ魔物の様にね」
怒りに満ちながらも、ふと疑問に思った事を口する。
「魔物の様になってしまったら、軍としての統制が取れなくなるのでは?」
この質問した瞬間、クリスさんは苦虫を噛み潰すかのような表情になり、さらに重々しい口調に変わっていく。
先程からクリスさんの拳には魔力が集まっている。俺も人の事は言えないが、怒り心頭という様子がありありと見て取れていた。




