第77話 撤退
「あーっ! ゴドルフ! 私の獲物横取りしないでよね! せっかく刻んであげようと思ったのに!」
「お前の遊びには付き合いきれん」
獣人の一人を両断したのは、ゴドルフと呼ばれた魔人の持つ三日月斧。これ程重量のある武器を片手で軽々と振り回し、自身もかなりの速度で動いていた。並の使い手では到底無い。
(これ程とはねぇ…さすがに予想できへんわ)
「皆下がり!」
ルイの尾がドンッドンッとぶつかり合う音と叫びで、亜人軍は一斉に魔人との距離を取る。
(見極めたる!)
「―――雷龍太鼓!」
ビッシャァァァァ! ドドドドド!
降り注ぐ雷。まともに食らった魔人達を見て亜人達は歓声を上げるが、ルイは手応えの無さを感じ取っていた。
「けほっ、けほっ! もー、止めてよね服は元に戻んないんだからさぁ」
雷の衝撃による砂塵が晴れ、立ったままの十人の魔人を見て歓声は静けさに変わり、改めて亜人達は目の前の存在に恐怖した。
「ガリュウはん! アギョウ、ウギョウ! 撤退や! みんな連れて逃げい!」
そう言うとルイは、敵を足止めすべく十人の魔人に向かっていく。
「「ルイ様!」」
さらに広域爆炎魔法の爆発を見て、ジオルディーネ本軍から近くまで撤退してきているアイレに聞こえるように叫んだ。
「早よぉせんか! アイレはん! コハク連れて逃げやっ!」
「しかしっ」
「退くぞアギョウ!」
「っく、くそぉっ!」
ルイに逃げるよう指示され、唇を噛みしめながらアギョウとウギョウは獣人達を退却させる。
「ぼ、僕が行かせません!」
逃げようとする亜人を見て、エンリケと呼ばれた気弱そうな魔人の一人が、虚空に矢を放つ動作をする。
シュドドドドドドド!
すると無数の見えない矢の雨が、撤退する獣人達を襲った。
「なにっ!?」
「なんだこれ!」
「ぐあっ!」
「どんだけ降って来るんだぁ!」
「ワレっ、何さらしとんや!」
次を射る動作に入ろうとする魔人エンリケを見て、ルイはさせまいと飛び掛かり九尾を薙ぐ。
「ひぃっ!」
ドガガガガガガ!
「ちぃっ!」
先程ガリュウを引けた大盾の魔人が、ルイの攻撃全てを防ぐ。同時に三日月斧がルイを目掛けて飛んでくるが、これを辛うじて躱す。個々の戦闘力が想像以上に高く、しかも厄介な連携攻撃を繰り出して来る敵にルイは冷や汗をかくが、冷静さを失う訳にはいかない。
そうルイが思考する傍らで、
ドガッ!
「ぎゃん!」
短剣使いの魔人ニーナが不意の一撃で吹き飛ばされる。
「ガリュウはん、ええんでっか。死地でっせ?」
「はっ! 仲間は行かせた。やられっぱなしで俺が逃げる訳ねぇだろ!」
「やってくれるじゃん…トカゲの分際でさぁ!! 誰も手出さないでよね。こいつは私がやる!」
「『ぎゃん』だってよ。ははっ! 可愛くねぇ悲鳴出しやがって。さすが魔物だなぁ!」
「…こ、ころす。コロス、殺ス、殺す、ぶっ殺す!!」
吹き飛ばされた魔人ニーナはめり込んだ岩盤からガラガラと立ち上がり、ガリュウに向かって突進、ガリュウとの一騎打ちを宣言し、両者激しい攻防に入った。
「仕方が無いですね。ニーナは放って私達で対処しましょうか。九尾は難敵です。私達でやりますから、ディエゴ隊長殿は追撃をお願いできますか?」
「…いいだろう」
そう指示したのは、最初に爆炎魔法を放った魔法師の魔人。そして、成り行きを見ていたディエゴと呼ばれた魔人を筆頭に、残り五人の魔人にお願いする。
「行かせへんって!」
「お前の相手は俺らだ」
シュバッ!
「くっ!」
ルイは退却組を追っていく五人の魔人を止めようとするが、目の前をまたもや三日月斧が掠める。ルイはここへ来て初めての傷を負った。
ルイの目算では追撃に回った五人は目の前の五人よりも格下。こうなってはアギョウとウギョウに賭けるしかなかった。
「はいはい、分かりました。おたくらの相手で我慢したるわ。それにしてもええ武器やね。ウチに傷付けられる武器なんてそうそうあらへんよ?」
「ふっ、だろうな。これは黒王竜の鱗で作ったものだ。お主の両断も容易い!」
「へぇ…やってみぃや!」
ガキィン!
◇ ◇ ◇ ◇
「あの炎は!?」
一方、ジオルディーネ本軍二万を相手取り暴れまわっていたアイレは、後方で魔人兵と戦う部隊の異変をすぐさま察知した。
巨大な爆炎が後方の戦場を覆っている。檻を破って出て来た魔人の仕業であればかなりの脅威となる。後方も警戒に入れるとなると、このまま敵陣ど真ん中に居る訳にはいかない。そろそろ風人の仲間たちも疲労が見え始めていた。
アイレはあわよくば敵司令官を葬るつもりでいたが、ここで一時退避の合図を仲間に送った。
「みんな退くよ! ―――塵の悪魔!」
ゴオォォォォッ!
今度は敵本軍に砂塵が舞い上がり、敵の視界を奪う。好きに暴れて好きに逃げてゆく風人達に、ジオルディーネ本軍の指揮官達は砂塵により敵を見失い歯噛みするが、追う事はしないし出来なかった。
後方の戦場まで退いてゆくにつれ、アイレの目には事態の深刻さがありありと見えてくる。まず、獣人達の半数が倒れている。そしてルイとガリュウ達の前に立つ、たった十人の魔人。その魔人を遠目から直視したアイレは背筋が凍った。
「あれは『静寂の狩人』の四人!?」
アイレは実力と好奇心を備える性格から、よく他国に出入りし見聞を広めている。亜人と人間は地人を除いてあまり関りを持たないが、アイレに至ってはその例外で、有名な冒険者や人間の貴族とも面識があり、亜人の中では稀有な存在だった。
こういった理由から、特に大陸西方を拠点にしている有力な冒険者の情報はよく知っており、特にネームドの事を知らないはずが無かった。
「あの四人が魔物になってるなんて…ただでさえ強いはずなのに。伝えなきゃ!」
アイレが駆けつけようとした矢先、ルイの雷龍太鼓が炸裂し、周囲が白く輝く。だが、その攻撃をものともせず立っている十人の魔人を見るや、ルイの大声がアイレに届いた。
―――アイレはん! コハク連れて逃げや!
「そ、そんなっ! ルイ!」
アイレが逡巡していると、五人の魔人が退却する亜人達の背を手あたり次第蹂躙し始める。一部の獣人と竜人が反転し、殿を務めているようだがあっさりとやられ、追撃の速度を緩めるに至っていない。
(ぐっ、止めないとコハクが! でもルイを見捨てる訳には…。どうすればいいの!?)
「アイレ様。我々がルイ殿の所に行っても、お助けするどころか足手まといとなります。ならばルイ殿の言う通り、アイレ様はコハク殿を連れてお逃げ下さい」
アイレに付き従う風人の一人がそう助言する。
「た、確かにそうだけど! でも、貴方達はどうするの!」
「アギョウ、ウギョウ殿ら獣人の精鋭と共に五体の魔人を討ちます。あのクラスの魔人は一体でも多くこの戦場で減らしておくべきかと」
確かにそうだ。あのクラスの魔人は放って置くべきじゃない。戦力が揃っている今こそがチャンスでもある。そしてミトレス全土、さらには友好国である帝国にまで魔人の脅威を知らせねばならない。
「じゃあ貴方達がコハクを連れて…っつ、」
「そういう事ですよ」
コハクはルイもしくはアイレのいう事しか聞かない。強引に言う事を聞かそうとすれば、その相手はもれなく凍らされる。
「仕方無い…みんな無理だけはしないでね!」
―――はっ! アイレ様もどうかご武運を!
もちろんこれは表面的な言葉。風人の全員が死を覚悟していた。




