第71話 暗雲
「陛下! 緊急事態でございます!」
帝都アルバニア、ジオルディーネ王国の獣王国ラクリ侵攻の報から一週間後、玉座にて政務を執っていた皇帝ウィンザルフの元に再度驚くべき報せが入る。
「どうした」
「サーバルカンド王国が東のエリス大公領、及び北のピレウス王国に宣戦の布告を行ったとの事です!」
「なにっ!?」
傍にいた大臣や騎士団員も含め、玉座の間が騒然となる。
サーバルカンド王国とはピレウス王国と、その属領であるエリス大公領に隣接する国である。ジオルディーネ王国とは南西部で国境を接しているが、両国が同盟、あるいは従属関係にある事実はこれまでになかった。
だが、ジオルディーネ王国のミトレス連邦への侵攻と、サーバルカンド王国の今回の侵攻が無関係なはずがなかった。万が一この両国の目的が一致していたなら、戦の結果次第で帝国と同等か、もしくは帝国をも上回る版図の勢力が敵に回る事になる。
そしてミトレス連邦が落ちれば北西部でジオルディーネ王国と国境を接する事になり、ピレウス王国、エリス大公領が落ちればグレイ山脈を挟んで南西部にサーバルカンド王国と国境を接する事になる。帝国は今なお帝国南東に位置し、ラングリッツ平原を挟んだ東大陸のリーゼリア王国とも戦争中なので、最悪、敵三国に囲まれることが想定される。
「おのれ、蛮王…やってくれるではないか。南部三公にはリーゼリアの侵攻を最大限警戒しろと伝えろ。南部ビターシャに兵を集めておけ。いつ叔父上から援軍要請が来るか分からん。西部ガーランドには引き続き警戒と、ラクリの報を可能な限り集めろと伝えておけ」
「御意!」
「皆の者聞け! 国力から考えても、サーバルカンドは既にジオルディーネの手に落ちたと判断し、両国併せジオルディーネと呼称、敵国と認定する! もはや戦時と心得よ!」
―――はっ!
なおウィンザルフの言う南部三公とは、帝国の法から独立を認められたセト、ミレオル、イブリースの三つの公爵家が治める自治領を指す。
ウィンザルフに特に忠誠厚い三人の公爵は、これまで互いに競い合うようにリーゼリア王国との戦に臨んでいた。万が一、エリス大公領が旧サーバルカンド王国に攻め滅ぼされた場合、この三公国は東にリーゼリア王国、西に旧サーバルカンド王国という敵国に挟まれることになる。
ウィンザルフは南部の城塞都市ビターシャに兵を集めておき、三公国の西より敵軍が攻めてきた場合に備えようとしている。仮に攻めてきた場合、三公国に参戦はさせず、本国の兵だけで迎え撃つ算段だった。そして当面の間、三公国だけでリーゼリア王国へ対処させ、事態の急変に備えようとしている。
後日分かる事だが、サーバルカンド王国の王都サブリナは、わずか一週間でジオルディーネ王国に陥落させられていたのだ。その余りにも早い侵攻劇は、ピレウス王国、エリス大公領に大きな後手を踏ませていた。
◇ ◇ ◇ ◇
一方でジンが出て行った後のドッキア冒険者ギルドのギルドマスター執務室。
ここにも信じ難い一報が入っていた。
「マスター、ガーランドギルドマスターより通信魔法です」
「えーっ、今日は忙しいわねぇ。―――はいはーい、どしたのカストルちゃん?」
「(ちゃんはやめろちゃんは! そんな事より大変なことになった)」
「なになに~? もう仕事増やさないで欲しいなぁ」
「(そんな事言える状況じゃないぜ? ラクリのギルドから連絡があった。ジオルディーネとサーバルカンドの八つのギルド、全てからの連絡が途絶えたらしい)」
「………」
「(最後に連絡の取れたジオルディーネの職員曰く、襲われたんだと。人間に)」
「マスター達は何してるのよ。全員そこそこの実力者でしょ?」
「(マスターは職員の安全が最優先だからな。逃がす事に専念したと考えられるが、詳細は分からん。だが冒険者がたむろしてるギルドに押し入って制圧するなんざ、並の戦力で無い事は確かだ)」
「仮に王国の手によるものなら、はっきり言って一国に喧嘩売ったようなもんよぉ? ギルドに喧嘩売るなんていい度胸じゃない。最初そっちに冒険者流れて来るよねぇ。こっちにも回してもらって構わないわぁ」
「(感謝する。前代未聞の事態だ。西大陸ギルド本部で対応が協議されるだろう。互いに最前線として密に連絡を取ろう)」
「おっけーよぉ」
クリスティーナは通信室を出て、執務室に戻るや椅子に深く腰掛けた。
(何が起きているのかしらねぇ…。西方の冒険者はここ含めて強い子たちが多いけど、今は無事を祈るしか無いわねぇ…)
◇ ◇ ◇ ◇
「うぎゃぁぁぁぁ!…ごふっ……」
「ひぃぃぃぃっ!」
「メフィスト様。やはり力の無い奴隷や老人子供はダメですね。C級魔力核の魔力は肉体が耐え切れません」
「見りゃ分かるでしょ! ったく、こいつらで成功確率は1割程度、やっぱ冒険者が一番いいなぁ」
「はい。下級ランク程度でも十分な戦力となるでしょう。徐々に意識はあっちに行くと思われますが、投入するタイミングさえ誤らなければ、獣人にも通用するでしょう。サーバルカンドはたった三百匹で…っと失礼、三百人の奴隷でしかも一週間で王都を陥落させましたからね」
「そして勝手に消えてくれる…ぷっ、ひゃっひゃっひゃっ! 我ながら最高の兵器ですね! うひゃひゃひゃ!」
「ええ、それでは奴隷にはD級以下、冒険者や力のあるものにはC級以上の核を優先的に使いましょう」
「早く冒険者捕まえて来いよぉ! サイコー傑作を作りたいからさぁ!」
ジオルディーネ王国国王直属魔導研究省。
ジオルディーネ、サーバルカンド両王国の侵攻と冒険者ギルドへの襲撃。これら全ての元凶は悪夢ともいえる兵器の開発によって実行されていた。
◇
「ええい! フルカス! まだ進軍できんのかっ!」
ジオルディーネ王国国王エンス・ハーン・ジオルディーネは、獣王国ラクリでの先遣隊敗北の報を聞いてから、フラストレーションを爆発させていた。
「申し訳ありません陛下。戻った先遣隊の報告によれば、ラクリの戦力はわずか三人だったようですが、一刻も経たず半数を失って撤退したとの事です。普通の兵では、もはや何人送った所で返り討ちに合うでしょう。戻った者達への処分として全員兵器と化す魔力核の準備と、今しばらく戦力の増強を目指すべきかと」
そう進言するのはジオルディーネ王国軍作戦参謀であるフルカス。今回の兵器開発の報を聞いた国王の領土拡大宣言を拝命し、実際に軍を動かしている人物である。
「二万じゃ足りんと言うのか! ぐぬぬ…メフィストにはよせいと言っておけ!」
「御意」
「あーっ、イライラするのう! 亜人風情が覇王たるこの儂に逆らいおって! 全員儂のモノにしてやるから待っておれ! 亜人も! いけ好かぬ帝国も! 全て平らげてくれるわ!」
西大陸に大きな暗雲が漂おうとしている。




