第56話 Bランクの神髄
「仲間が世話になったと聞いた。治療をミランダにさせたのもあんただってな。礼を言っとく」
治療を終えたディケンズが部屋を出て俺に頭を下げる。
自分が怪我をした後、レオ達は森の深部に入り危険の最中俺と出会った事、その後村に立ち寄るまでの経緯を聞いたディケンズ。俺は気にしなくていい旨をサラッと述べて彼の反応を待った。
さっきから肩を震わせているところを見ると、何か言いたい事があるのだろう。
「そうか…だけど! 俺はあんたを認められない! こんなヒョロい奴が俺達より強いとは思えない!」
レオ達はこれでも村の期待の新人として、そして冒険者として命を張ってきたのだ。突然現れた同い年の人間に、自分の仲間がこぞって付いて行くと言い出したら誰だっていい気はしないだろう。ディケンズ怒りは最もだと思う。
「ケン君! ジン君はヒョロくないよ! とっても強いし優しいし、細いけどすごい身体なんだから!」
オルガナの一言でレオとミコトは頭を抱える。ついでに俺も。
見事に地雷を踏み抜いたオルガナの言葉に、ディケンズは開いた口が塞がらないでいる。ミコトが懸命にフォローしようとするが、慌てて出た言葉はオルガナと大して変わらなかった。
「オルガナ! ケンが勘違いするでしょ! 落ち着いてケン! ほらあれよ!…えーっと、そうお風呂! 露天風呂っていう外で入るお風呂があってね! そこでたまたま見ちゃったのよ!」
フォローどころか追撃するミコト。彼女のお陰で早い段階でディケンズの我慢は限界を突破した。
「ふ、風呂? 外で? ま、まさか…オルガナの…テンメェ! 命の恩人って言うからちょっと様子見てやろうと思ったけどやめだ、思い知らせてやる! 俺と勝負しろ!」
その後も唯一まともなレオが何とかディケンズの怒りを収めようとするが、もう彼の耳には届かない。俺の思った通り、ディケンズは仲間思いもあるだろうが、オルガナ思いなのだ。
だからオルガナを連れて行こうとしたジョゼフ達に食って掛かったのだろう。そしてオルガナと俺と風呂を頭の中で最悪の繋ぎ方をして怒っている。というか嫉妬している。
「レオ。もういいよ。ディケンズ、望み通り勝負をしよう。俺が勝ったら話を聞いてくれ。君が勝ったら君の言う通りにしよう」
「はっ! それでいいぜ!」
そういうとディケンズは地面に円を描き、その中央にドンと腰を据えた。
「俺は盾術士。守り手だ! この円から俺を一歩でも出せたらお前の勝ち。時間は無制限にしてやる。お前の力が尽きるまで付き合ってやるよ!」
相撲じゃないか。なつかしい。
「いいだろう」
「レオ! 止めなくていいの!?」
「ケン君勝ち目無さ過ぎるよぉ…」
「まぁ、これでケンが納得するなら構わないだろ。このルールなら大して怪我もしないだろうし」
「オルガナ! お前の仇は俺がとるからな!」
「ふぇ!?」
「レオ行司頼む!」
もう仇とか言ってるし…オルガナは全然わかってないし。確かに一度は変態扱いはされたんだが。
……え? 行司?
両者自然に見合っている。
「じゃあ、行くぞ二人共! 発気よい…」
はっけよいだと!?
まさかこの世界に本当に相撲が!?
「のーこったぁー!」
「うおぉぉぉ!」
ディケンズは気合と共に突っ込んでくる。もうやるしかない…相撲を!
ドン!
両者ぶつかり合い、がっぷり四つの状態に。ディケンズはなかなかの重さだ。だが―――
「ディケンズ。しっかり残せよ」
「なんだとっ!…っつ!」
俺は脚を強化し、ズンズンと歩を前に進める。ディケンズは必死に押されぬよう堪えるもその足はズルズルと後退してゆき、あっという間に土俵際だ。
「な、なんなんだ、この重さは! ぐぎぎぎ…ち、畜生ぉぉぉ!」
◇
「さぁ、話を聞いてもらおうか」
何もできずにあっという間に押し出されたディケンズは、肩を落としてうな垂れている。そんな彼に俺の口から滔々と事の成り行きを説明し、俺が変態でない事は特に強調し、ついでにこっそりとオルガナの件は頑張れよと言っておいた。
「なっ! なんでそれを!」
「見てればわかるだろう。まぁ俺は君らより冒険者としては後輩だ。これからよろしく頼むよ、先輩」
「ぐっ、同い年にこんな奴がいるなんて…ああくそっ、負けだ負けだ! こちらこそ頼む! ジンがいれば俺達はもっと強くなれるんだろう。俺にも色々と教えてくれ!」
負けを認めた後のディケンズは清々しかった。
「俺は盾術士の技術に関しては素人だが、盾役にこうして欲しいと言うので良ければ伝えるよ」
「それでいい。俺の事もケンでいいぜ」
「わかったよ」
その後俺は酒浸しになっていた服と身体を洗うために宿へいったん戻り、俺が出てくるのを待って五人で宴会が始まった。ケンの怪我の心配や治療費の懸念などが無くなり、レオ、ミコト、オルガナの三人は晴れやかな表情だ。俺はこの地方ならではの熱くて辛い料理に苦労しながらも、初めての味に舌鼓を打つ。
「それにしてもジンは騎士団にも顔が効くんだなぁ」
「ほんとそれ。アジェンテだっけ? いったい貴方何者なのよ」
「何者と言われてもな。まぁアジェンテに関しては、君らもランクを上げて行けばおのずと知れるよ。とりあえず俺がアジェンテである事は他の冒険者に教えないで欲しい。規則だからな」
「それは大丈夫、絶対言わない! そういえばジン君ってランク何なの?」
「おぅ、俺もそれ気になってた。てか二週間一緒にいてなんでお前ら聞いてないんだよ」
「あ~、いや何となく聞きそびれてな…どう考えても上級ランクだし聞くまでも無いかなってさ」
「ああ、別に隠し立てするつもりはない。Bランクだよ」
胸元に隠してあるギルドカードを四人に見せる。
「やっぱり上級だったのねぇ。そりゃそうか。別に驚かないわ。それにしても上級のカードは小さいのね。この横のガラスのカードは何?」
「これはアジェンテの証だ。これはギルド職員と騎士団しか知らない証だけどな」
「ああ! それ見て支部長さんあっさりジンの言う事聞いたんだ!」
「そういう事だ。そうでなきゃこんな子供の言う事聞かないだろう」
「なんか、かっこいいなぁ」
オルガナの何気ない一言は、場を和らげもするし凍り付かせもする。ディケンズが油断ならない理由がよくわかるというものだ。
その後俺達は今後の予定の相談をし、ジョゼフの引き渡しが済むまで村で過ごす事にした。ジョゼフが居なくなった分、なるべく難易度の高い村の依頼を消化しておきたかったし、レオ達四人の訓練もついでに見て行こうと思う。
◇
村の滞在も残りあとわずか。俺達五人はシス村から歩いて半日ほどの平原に来ていた。この依頼は今受けられるシス支部の依頼としては、最高難易度に当たるBランク以上の難易度だった。
標的は『ブリュムタイガー』。大雨の日にしか姿を現さない魔獣らしく、行動範囲は広くその姿は霞のごとくで、気が付かない内に襲われ、中級以下の冒険者では歯が立たないらしい。
「本当についてくるのか? 皆にはポイントは入らないし、俺も戦ったことの無い魔獣なんだ。はっきり言って命の保障は無いぞ?」
「この村で長い事放置されてた討伐依頼をジン一人に任せらんねぇよ。頼むよジン、連れて行ってくれ」
「お願い! ジンが戦ったことの無い敵とどう戦うのか、どうしても見たいの!」
「命の保障なんて冒険者やってたら無いようなもんだろ」
「火魔法は今回の敵に有効だとギルドの人も言ってました!」
パーティーランクはメンバーの中間値が取られる。しかし、俺以外のメンバー四人は全員がEランクなので、俺を入れてもレオ達のパーティーランクはEのまま。
ギルドの依頼に設定されている難易度はそれを受ける際に、受ける者のパーティーランクと個人ランク、そしてギルド職員の裁量が入る。その際、たとえ同じパーティーだとしても二ランク以上、上のランクの者の基準で受けられた依頼は下位のランクのメンバーは貢献していないと認定され、ランクポイントは与えられない。
これは実力の伴わない者が、上位ランカーの働きでランクアップするのを防ぐ為の制度である。
「君らも冒険者だ。そこまで言うからには付いて来て構わない。しかし、俺が指示するまでは攻撃は勿論、一切の手出しは禁止だ。これが守れるなら一緒に行こう」
『了解!』
◇
暫く歩いていると、更に雨脚は強まる。森を抜けると見晴らしの良い丘に差し掛かった。ここが出没報告のあった場所だ。遠視魔法にまだ反応は無い。視界も悪く、苦戦しそうな雰囲気が纏わりつく。
ゴロゴロゴロ ドシャン!
すぐそばに雷が落ちる。その瞬間、すぐ近くに知らない魔力反応が迫っていた。
(なにっ! いつの間に!?)
「全員森へ走れ! 側に居るぞ!」
俺の一声でレオ達四人は森へ駆け、周囲の安全を確認する。事前に言われていた通り、強い魔獣がいるときはそれ以下の魔獣は周辺からいなくなる。だが魔物はこのセオリーに反するので、一応の警戒が必要である。
「あたし、木伝いに魔物がいないか周り見てくる!」
「頼んだ! 俺達じゃミコトの足手まといになる!」
「ジ、ジン君は…」
一方俺は突然現れた魔力反応から四人を遠ざけるため、反対側の丘に走っていた。この間もあちこちで落雷の音が響き渡っている。
なぜ遠視魔法に掛からなかった?
見逃した? いや、そこまでの油断はしていないはず…
『カロロロロロ…ガァァァ!』
―――!?
バキッ!
見えざる敵の横からの一撃を、声を元に何とか防御する。よかった、とりあえず四人からは遠ざけられたようだ。
「全く、お主どこから現れた! ブリュムとはよく言ったものだな!」
目の前には体長三メートルほどの灰色の虎。今の一撃で多くの人間がやられてきたのだろう。
ゴロゴロゴロ ドシャン!
『ゴァァァァァ!』
「ぐっ!」
またも一瞬反応を見失ってしまった。こ奴もしかして雷を利用しているのか!? 雷の衝撃で周囲の魔素が不安定になるなんて聞いたことが無いが、実際はこうだ。認めるしかあるまい!
間一髪でブリュムタイガーの一撃を避け、何とか体制を立て直す。大雨の日に活発に動き出すという変わった生態を持つこの魔獣。その実、大雨という条件ではなく、雷雲の日に現れるとしたらこの魔獣の弱点はそこにある。
「もしや奇襲しか出来ぬのではないか? タネが分かればもう恐れる必要は無いな!」
俺の猛攻が始まる。魔力反応が不安定とはいえ、目視していればどうって事は無い。これまで魔力反応を頼りに戦ってきたので、背後からの攻撃も難なく退けてきた。
あえて背を向けて隙があるように思わせ、襲ってきたところをカウンターで仕留める、という戦術を多くとってきた俺にとって、最初は天敵に見えたブリュムタイガーだったが、奇襲を得意とする者は実はその戦闘力は大したことがなかったりする。
『ゴアァァァァ!』
ギャリィィィン!
「はっ!」
ズバン!
これまで一撃で仕留められなかった事が無かったのだろう。ブリュムタイガーは想定外の敵に混乱し、ジンに筒抜けの一撃を受け流された挙句、身体に深い一撃を入れられる。
『カロロロロロ…』
「幕だ」
止めの一撃でブリュムタイガーの頭は真っ二つに割れ、絶命した。




