第37話 川底のダンジョンⅡ
メルベール大河を下り、川底のダンジョン最寄りの岸で舟を降りる。道は無いが、ダンジョン入り口までそう遠くは無いし、深い森という訳でも無かったのでかなり楽にたどり着けた。
途中魔物や魔獣も出なかったので、こんなに楽にたどり着けるのかとアーバインさんに聞いてみたら、たまたま運が良かっただけだとの事だった。
なんでも川底のダンジョンは比較的街から近く、かなり人気のあるダンジョンだそうだ。入り口には魔物大行進の発生を監視するマイルズ騎士団員の詰め所があり、冒険者用の休息所や売店まであった。そういう事情もあり、あの川岸からダンジョンまでのルートは冒険者が多く通るので、襲ってくる輩がいたとしても先行者が狩ってしまうとの事だった。
「お、アーバインさん達。今日はどこまで行くんですかい?」
「今日はとりあえず様子見だ」
そう言って入り口の前に集まっている冒険者らしき人に声を掛けられたアーバインさんは、俺に視線をやる。
「新人連れって訳ですか。そりゃあ様子見ですわな。あんま迷惑かけんじゃんぇぞ坊主」
「ぜ、善処します」
「ふっ、気にしなくいい。さっそく行こうか」
「はい!」
こうして、俺の初めてのダンジョン探索が始まる。
◇
「と、とんでもなく重いですね…」
「お、ジンはこういうの分かるタイプか?」
「え? 分かるものなのでは無いのですか?」
「デイトとシズルは分かるみたいだが、俺とガンツはあまり感じないんだ」
「魔法師は感じやすい、という事なのでしょうか」
ダンジョンに入ってすぐ、魔素の濃さに驚いた。初めてブカの森に入った時の事を思い出すが、あれの比ではない。魔物が大量発生してもおかしくは無いと、一人納得する。
「この落ちているブヨブヨしたものも魔物なんですか?」
「そいつはジュリーって呼ばれている。倒しても砂粒みたいな魔力核しかないから、進路の邪魔してきたら蹴り飛ばして無視だ」
なるほど、俺の探知魔法にかからないのは魔力が小さすぎるからか。しばらくそのジュリーとやらを蹴飛ばし続けひらすら奥に進む。徐々に魔素の濃さにも慣れてくるが、俺はある違和感を感じ取っていた。
「あの、シズルさん」
「?」
「これって、本当に魔素なんですか? 私には何かこう…濃いだけでは無い、別のモノにも感じるのですが」
「そう? 私にはわからない。デイトは?」
「あたしも感じないかなぁ。いつもと同じ。ただ濃く感じるだけよぉ。ジンはビンカンなのねぇ」
「そ、そうですか。こんなに濃いのは初めてなので、そう感じただけかもしれません」
そういって場を濁すが、違和感は解けなかった。またしばらく歩いていると前方に魔力反応を感じる。
「この先百メートル。魔力反応が五つありますね」
「了解だ。やはり視界の悪いダンジョンで探知魔法は便利だな」
「五体なら狼さんかしらねぇ」
「俺がやるっす!」
そう言ってデイトさんが言った通り、狼型の魔物五体、ブラッドウルフが出て来るが、ガンツさんが瞬く間に排除する。
あの程度なら俺でも行けそうだ。その後もバジリスク、その上位種のストーンバジリスクと言ったトカゲ型、ゴブリンやインプと言った人型の魔物に遭遇するが、アーバインさんの剣とガンツさんの拳にブラッドウルフ同様に瞬殺されていく。治癒術師のシズルさんは当然として、俺とデイトさんもまだ何もしていない。
「あの、すみません。何もしていなくて」
「気にすることは無い。そういう約束だ。ではジン。さっきのストーンバジリスクは君から見てどうだった? 一応出て来た中で一番強いやつだ」
「そうですね…堅そうではありましたが、弱点の腹を突くまでも無く、両断出来ると思います」
「そうか、なら十分だ。あえてストーンバジリスクにランクを付けるならEと言ったところかな?」
「参考にします!」
その後も魔物のオンパレードだ。クモ型に植物型、コウモリ型に蛇型とまるで一貫性が無い。これらがもっと強力になると、この一貫性の無さが後々対策が取りずらくなって来るのだと予想する。
ヘルバットというコウモリ型の魔物がパタパタと上空を飛び、前衛のアーバインさんとガンツさんの死角を抜けてくるが、二人はこれを無視。後衛のデイトさんとシズルさんに襲い掛かかる。その瞬間、
シュバンッ!
なんと、シズルさんが回し蹴り一閃。ヘルバットは『ギュイ!』という断末魔を上げて消えていった。後衛の二人は何事も無かったかのように、前衛の戦いに目を移している。
探査役の俺は前の二人の戦闘が終わるまで、中衛の外れに居たのでヘルバットに届かなかったのだが、あの程度の魔物は治癒術師であるシズルさんでも敵ではない様だ。
治癒術師は一切戦わずに備えるものだと思っていた。それについて後から四人に聞いてみると、そんな治癒術師は三流、四流だと、事も無げに教えてくれた。
治癒術師は最低限、強化魔法も使えなければならないし、ある程度戦える必要もある。いざ強敵から逃げるとなった時も、力が無ければ逃げる事も出来ないからだ。
因みにシズルさんはずっと本を手に、戦闘記録やダンジョンで気付いたことを書き記している。これはシズルさん特有の行動だが、魔物には触れたくも無いらしく、もちろん本で殴るのも嫌なので、攻撃手段はもっぱら脚らしい。
ならせめて短剣なり何なり武器を持てばと言うと、重いから嫌だと即答された。まぁ、あの滑らかな回し蹴りは一朝一夕で身に付くものでは無い。下手に武器を持つより、体術の方がシズルさんに合っているのだろう。
色々な人がいるものだ。
◇
「いったんここで休憩しよう」
アーバインさんの一言で皆休憩に入った。よく見るとそこには魔法陣が描かれている。
「この魔法陣はなんですか?」
「これは入り口に帰還するための魔法陣だ」
「これを発動すれば出られるという事ですか? あの…え?」
「アーバイン。それじゃジンには分からない。これは魔法陣としてはとてもシンプルだけれど、ダンジョンのみで発動できる魔法陣。ダンジョンの中に複数存在している。だれが描いたのかは分かっていない。ダンジョンの中の魔法陣は全て入り口の魔法陣に繋がっている。つまり、魔力を込めれば陣の中にいる者は、入り口に瞬間移動できる」
「えーっ! で、では帰りを考えなくて良いという事ですか!? それに瞬間移動!? 肉体が一瞬で別の場所に移動するって事ですよね!?」
「興奮しすぎ」
「わはははは! これには流石に驚くっすよね!」
「ま、最初は驚くわよねぇ」
「ということだ。ダンジョンに潜る奴は大体魔法陣のある場所で休息をとる。この魔法陣はわずかな魔力でも発動するから、戦いで傷ついていても帰れるという寸法だ」
「ダンジョンは案外親切なのですね…」
「ふっ、そうなのかもな。これがあるからドンドン進むことが出来る。だが」
「未踏の地にはどこにあるか分からない、という事ですね」
「そういうことだ。さぁ先へ進もう、そろそろ歯ごたえがある奴が出て来るかもな」
ダンジョン探索が再開され、再び歩き出す。
◇
「五十メートル先にローグバット十、その後ろからファイヤーラビット五、百メートル先に魔力反応が一つあります」
「魔物がわかるのか!?」
「はい、一度見た事があれば遠視魔法で判別できます」
「え~っ! ジンってば遠視魔法も使えたのぉ! すごいじゃない!」
「そうなんですか? 確かに狩猟の師匠は自分は使えないって言ってましたが」
「ジンは探査士としてもいけるな。いいぞ。予め敵が分かるのは大きい」
「お役に立ててよかったです。では、前からくるコウモリとウサギ十五匹は私にやらせて下さい。そんなに強くは無さそうですので」
「いいだろう。数は多いがお手並み拝見だ。シズルもいるし安心してやってみろ」
「はい! ありがとうございます!」
そういって近づいてくる十五匹の会敵ポイントを予測し、地面に手を付け、魔法発動の準備をする。
「ん? ジンのヤツ何をやって…?」
三、二、一…今だ!
「―――地の隆起!」
ズガン!
地響きと共に通路両側から巨大な土壁が現れる。
両手をパンっと合わせて土壁を合わせ、コウモリとウサギを全てを挟みつぶした。
初陣は一瞬で終わった。




