第2話 騒乱Ⅰ
中核都市マイルズ。
アルバート帝国北東に位置するこの都市は、すぐ南に帝国の東と西を横断するメルベール大河を抱える。マイルズは大河を挟んだ南に位置する帝都アルバニアに至る、西部と南部の交通の要所となっている。
マイルズには領主が住む城があるが、どちらかと言えば『砦』に近い。領主の質実剛健さがその城にも表れている。
ある夜、街の外郭四方に立つ北東第一監視塔の衛士が、普段見慣れないものを発見する。
「んー? なんだあの光は?」
衛士は、無属性魔法で目の周りを覆い視覚を強化する。それでもかなり遠いが、その在り様を確認できた。
「あれは青い炎? こっちに向かってくる…なんかの魔法か?」
しばらく衛士が凝視していると、交代要員がその衛士に声を掛けた。
「おい、どうしたんだ」
「おう交代か。いや、それより目に集中してあれを見てくれ。ちょっと遠いが、何だと思う?」
「んーどれどれ…」
言われた通り交代の衛士もそれに目をやる。
「何だあれ…? 揺らめいてるとこ見ると火魔法に見えなくはないが、あんな色は見たことないな」
「だとしても、あんな空中に陣魔法をかけられるやつなんて聞いた事ねぇし、この距離で見えるって事はかなりデカい」
「だよなぁ」
二人がそんなやり取りをしている間に、それはだんだん近づいてくる。近づいてくるにつれ、その形と大きさに二人は驚愕する。
「お、おい、やばいぞ、かなりデカい! それに鳥の形をしている! 巨大な魔獣かもしれん! すぐに報告だ!」
「わかった!」
あとから来た衛士は全身に強化魔法をかけ、監視塔を飛び降りる。
「伝令、緊急事態だ! 北東の空に魔獣らしき光の鳥を発見! 大きさは不明だがかなりデカい! すぐに団長に報告願う!」
詰所に待機していた他の衛士達は、只ならぬ様子にその緊急性を感じ取り、すぐに動き出した。
◇
「なんだあれは…魔獣なのか?」
先程まで城の居館で休んでいたマイルズ城主ドリードは、緊急事態と聞き、城壁上の庭で遠くの青い炎の鳥を見上げつつ、諦めにも似た感嘆の声をあげる。
「あんな存在がこの国に居ようとは…ここまで来られたら誰も逃げる事は能わんな。そうだろうボルツ」
ドリードは横で佇むマイルズ騎士団長ボルツに話しかける。
「ええ、城主の仰るとおりかと。方角的にこちらには来ないかと思われますが、どうなるかわかりません。ですがあの方向にはスルトという小さな村があります」
「なんだと!? その村を通り過ぎてくれればよいが。すぐにアルバニアに知らせるべきだな」
ドリードとボルツは行く末を思案しながら対応を話し合っていた。
「失礼します、アルバニアより閣下へ伝令! 陛下の直伝でございます!」
息を切らせ、顔面蒼白になっている騎士団員がドリードとボルツの背に声を上げる。
「陛下のだと!? やはりアルバニアでも確認されたか! 申せ!」
「はっ! あの飛行体はかの”神獣ロードフェニクス”の可能性が高いとの事! 速やかに追い、道中状況を報告せよとの命です! 加えて、アルバニアより調査団と大隊も後を追い、陛下も御出陣なされるとの事です!」
「…神獣? 神獣と申したか!? それに陛下直々にご出陣!?」
伝令員から空に向き直り狼狽するドリードを横目に、ボルツは指示を待つ伝令員に声を上げる。
「了解した! すぐにアルバニアへ拝命の旨連絡を! 全団員を叩き起こして各隊舎にて待機! 大隊長三人をここへ呼べ!」
「はっ!」
「城主お気を確かに。私が隊を率い神獣の後を追います。おそらくもう住民もかの存在に気付いて騒ぎ出すでしょう。神獣である事は隠しつつ、騒がぬよう計らうべきです」
ボルツは落ち着いてドリードに今後の対処の助言をする。
「そう…そうだな。すまんボルツ。あとの事は任せよ。陛下が直々に動かれるのだ。私も座している事は出来ん。長い夜になりそうだ」
「それにしても、陛下御自ら御出陣なさるとは。雷帝の異名は伊達ではありませんな。大臣もこの時間は動いて無いでしょうし、向こうの団長二人もお留めする事は出来なかったと見えます」
「だろうな。しかし今代陛下に仕えられて我々は幸運だよ。それにしても神の使いともされる神獣か。大災厄の前触れか、それとも真なる繁栄の導きか…」
◇ ◇ ◇ ◇
神獣ロードフェニクスが飛び立った直後の帝都アルバニア。
アルバニアには皇帝直属の騎士団の他に、他の国には無い同じく皇帝直属の『魔法師団』という組織があり、戦時は騎士団と同様に戦場に赴き戦う。魔法師団は様々な魔法を駆使し、戦を有利に進めるには無くてはならない帝国の強力な剣である。また、平時は新たな魔法の研究や、魔法師の育成なども行う国の教育機関でもあった。
その魔法師団が管理する巨大魔法陣が、皇帝の居城であるクルドヘイム城に存在する。この魔法陣は強大な魔力を感知すると反応するようになっており、敵国の大規模攻撃魔法等に備えるために、先帝である十四代皇帝シュミッツバルトの指示で作られた、帝国屈指の傑作の陣である。
今代である十五代皇帝ウィンザルフが即位する十年前に一度だけ反応しており、その時はクテシフォン山脈の東側の地で大規模魔法が使用されたことが確認されているが、それ以降はない。
この魔法陣は昼夜問わず、魔法師団員が交代で見張ることが義務となっている。この夜は、十三年ぶりに魔法陣が反応を示した夜だった。
「この反応は…おい! 誰かちょっと来てくれ!」
見張りの魔法師団員が大声で城の衛士を呼ぶと、頭を掻きながら一人の衛士が魔法陣のある部屋に入ってくる。
「どうした、腹でも痛ぇのか?」
「悪いが、急いでパルテール団長を呼んで来てもらえないか? 連絡員が隊舎にいるはずだ。魔法陣が反応してるみたいなんだ!」
「なんだって!? 了解した!」
見張りの衛士は魔法師団長パルテールに知らせるべく部屋を出ていく。
暫くすると、パルテールと魔法師団一番隊長ノルンが部屋に飛び込んで来て、魔法陣を凝視する。
「これは…明らかに反応している。北東でこの距離は…大火山か! この速さは尋常じゃない!」
「私は目視する! ノルン、直ちに陛下に報告できるよう居館前で待機! 見張りはこのまま反応と進行方向を確認、変化があれば通信魔法で随時私に報告しろ! 外の君は騎士団員ですね? カーライル団長に北の監視塔まで至急来るよう伝えなさい!」
「「「はっ!」」」
パルテールは素早く三人に指示し、ノルンと見張り役に通信魔法陣をかけると、自身に全身強化魔法をかけ監視塔までとてつもないスピードで駆けた。
「まさか、退役するまでにもう一度あの反応を見る羽目になるとは…」