第13話 冒険者とは
「ふーっ、なんとかなったな。助かりました、ボルツ団長、コーデリアさん」
戦闘中とは打って変わって、突然丁寧な言葉を発したロンに、ボルツとコーデリアは顔を見合わせる。
不思議そうにしている二人に助け舟を出したのはエドガー。
「ああ、気にせんでやってくれ。こいつ、マジの戦闘は仲間を最短で呼ぶクセがあるんだ。変な奴だろ? がっはっは!」
「最短…とは?」
エドガーの突拍子もない発言に、コーデリアは分からない顔をする。
「要するに、ボルツ団長ってのは長いからボルツ。コーデリアさんはコーディってな感じだ」
オプトが笑いながら説明に加わる。ロンをからかうチャンスと見たようだ。
「くっ、オプトっ…申し訳ありません。冒険者時代からのクセといいますか、大変失礼しました」
頭を下げるロンに、ボルツはなるほどなと笑いながら頭を上げるよう促す。
「俺は全く構わない。仲間として扱われたんだろう? ロンの指示には一切無駄が無かった。一緒に戦えて光栄だと今は本気で思っている。普段もボルツで構わないさ」
「私は初めてそのように呼ばれましたが…今回は結構です。できればリアくらい、サボらないで欲しいものですが」
「か、感謝する…ボルツ、コーデリア。当然、俺の事も呼び捨てで構わない」
オプトがククッと笑っている。
「私は年長者の方を呼び捨てになどできません。それに私も団長と同じです。共にこのような戦いを経験出来て光栄です」
コーデリアは慇懃にそう答えながら続けた。
「それにしても、あの…皆さんはいつもこのような戦い方を?」
いまいち質問の意味を掴めず、固まる三人。
だが、ボルツだけは内心で喜んでいた。
コーデリアは入団から今まで、その才能を如何なく発揮し、若くして二番隊長にまで上り詰めた逸材である。
しかしコーデリアの中で今の戦いは、これまでに習い、実践してきた騎士団での戦いとあまりにも違ったのだ。もちろん騎士団も魔物と戦う事はある。だが、集団での対人戦を基本に鍛え戦う騎士と、魔物を相手に少数で戦う冒険者は、戦い方が全く違う。
コーデリアは今の戦いに興味を示し、何かを得ようとしている。貴族社会で冒険者を見下す騎士もいる中、この謙虚な柔軟さもコーデリアの才能の一つであった。
「このようなってのは、どういうこった?」
エドガーは率直に聞き返す。
「何といいますか…ロンさんの指示は飛び過ぎていたように思えますし、指示を聞いたお二人も迷いなく行動に移されて、確実な成果を上げられました」
「指示が飛び過ぎ…?」
「はい。そして何より、お二人の失敗は想定していないかのように、ロンさんと団長は行動していたように見えたのです。私の時も『ここを狙え』と言われただけで、今思えば失敗は想定されていなかったように思えます」
「む、難しいこと言うなよコーデリア…」
「俺らがしくじったら怪我だけじゃ済まないかもしれないからな。必死でやるだけさ。でもまぁ…しくじったらそん時はそん時、何とかなるさ」
エドガーとオプトは決して未熟では無いが、戦略や戦術だけを学んだ事など一切ない。死にたくは無いが、いつ死んでもおかしくない環境に自ら身を投じて来た二人。彼らはその経験からくる反応だけで戦っている、と言っても過言では無かった。
例えば 指示は五分でいい
例えば 頭に矢を打てば牽制になる
例えば あいつがやった方が確実だ
これも立派な戦略、戦術と言えるが、机上で学んだ事ではない。魔物と戦う上で、自分達が戦略や戦術を使って戦っているなど、思った事が無いのだ。全ては命を懸けて得た経験があるから戦えている、と思っている。
これは殆どの冒険者に当てはまると言えるものだ。
しかし、質問の意図を半分も答えられていない上に、単に後先考えていないだけのように聞こえるコーデリアは、生真面目な性格も相まって、つい眉をひそめる。
そんな彼女も、どう聞いてよいかが分からない。
そんなコーデリアの様子を見ていたロンは、彼女の持つ戦いに対する心構え然り、そもそも前提が違う事に感づいた。
ロンはどちらかと言えば、論理的思考の持ち主だ。
「コーデリア。簡単に言ってしまえば、俺らは出来るか、出来ないかで動いていないんだ。やるか、やらないかで動いている」
「む、難しいですね…」
「例えば今の戦い。俺は、群れに気付かれる前に、あのはぐれた二頭を最速で倒すにはどうすればいいか、という事に全精力を注ぎ込んだ」
「はい」
「その”最速で倒す”という条件を達成する為に、まず、俺が指示を極力減らす事で時間を短縮する。次に俺とボルツがエドガーとオプトを当てにして、すぐさま行動する。最後に、俺達が出す成果をコーデリアが引き継いで敵を倒す」
「………」
「これが二人が加勢してくれた時に、俺がなぞった最速シナリオだ。もちろん考え半分、経験から来る反射が半分ってとこか。ここに出来るか出来ないかの思考は必要ない。やらなければ、シナリオが達成できないだけだ」
コーデリアは必死に自分の言葉に置き換えようと考える。
「…どうだ?」
「…つ、つまり、失敗するかもしれないという思考と、失敗した場合どうするかという思考は、ロンさんの”最速で倒す”という条件に今回は入っていなかっただけ、という事ですか」
「さすがだ。君の言う通り、相手によって失敗のリスクを考慮することもある。だが、ローグバイソンは俺たちのお得意様だ。冒険者は基本的に何を相手にするかは、対峙しないとわからない。その場で最善を考える必要があるんだ。今回はその最善がたまたま最速で倒す、という事だったんだよ」
ロンの説明は分かりやすい。言っている事は理解できるし、コーデリアの質問の意図するところ、全てに答えている。
ただ、点と点が繋がらない。
モヤモヤする。
(表面的では無い、もっと深い部分が、私に欠けている気がする)
「騎士団は第一に国の為に戦う。違うか?」
「仰る通りです」
「冒険者は第一に、何のために戦うと思う?」
「生きるため…でしょうか」
「正解。そして君が思いつく限りの事、全てが正解だ」
「人それぞれだという事ですか」
「そうだ。意地の悪い答えですまないが、俺なんかが君に言えるのはこれくらいだ。君ならすぐに、その欠けてるものにたどり着けるだろうさ」
「っ!?」
昨日今日会ったばかりのロンに、心の内を見透かされるコーデリア。
ここまで話しておいて、最後のピースを教えないなんて意地悪ではないか。
「まぁ、とにかく! シナリオ達成できたのは、2人のおかげだ。特にコーデリア。君の二回目の一撃は見事だった」
「えっ?」
考え込んでいたコーデリアは再度水を向けられ、つい呆けてしまう。
「そうだぜコーデリア。あれを見てみな」
エドガーに指を指され、倒れている二頭のローグバイソンを見る。実はこの二頭、まだ死んでいなかった。
「まだ死んでいませんね。申し訳ありません。とどめを」
「待った待ったそうじゃねぇ。奥の奴は深くやられ過ぎてもう死にかけだ。でも手前のヤツは見事に神経だけを切断されて、身体が動いていないだけの状態だ。まぁ放っておいてもそのうち死ぬが」
「コーデリア。ローグバイソンは美味いんだぞ。新鮮なうちに処理しないとな!」
ロンの言った事、エドガーとオプトの会話がコーデリアの中で繋がる。
「ま、まさか…美味しく頂くために殺さずに私に無力化させたのですか!? …ロンさんっ!」
「最初に言っただろ? 最高の組み合わせだって。想定以上の腕前だったよコーデリア。さすが隊長だ」
「これが冒険者ってやつだコーデリア! はっはっは!」
「今日は新鮮な肉で焼き肉だぜ!」
コーデリアは違うピースをはめられ、恥ずかしさやら苛立ちやらで顔を赤らめてプルプルと震える。ボルツも最初から知ってか知らずか大笑いし、オプト至っては、先程の死闘なんかもう忘れたかのように目の前の肉に大喜びしている。
その後、村の者も手伝い二頭を村まで運んだが、コーデリアは道中終始不機嫌だった。
しかし――魔法が使えないという条件の中、増援の力を存分に発揮させ、敵を増やすことも無く迅速に倒して村を守ったというのは事実。あまつさえ食糧まで確保したのだ。
(この村の守り手がすごいのか、冒険者が皆こうなのかはわかりませんが、今の私では到底及ばない。私はまだまだ未熟です)
コーデリアの不機嫌は自分を都合よく使ったロンにではなく、自分の想定を斜め上に超えられたという、自分の未熟さに対してだった。
こういう経験をしたものは強くなる。後の世に、コーデリア・レイムヘイトの武名は帝国内に轟くことになるが、後に譲る。
◇
この夜、無事街道の整備を終えた騎士団にローグバイソンの肉が出される。さすがに百人ともなると十分な量が行き渡る訳ではなかったが、皆『隊長頂きます!』と言いながら新鮮な肉に舌鼓を打っていた。
ボルツとコーデリアの前に、串に刺さった芳醇な油で光る肉が差し出される。
「今日の功労者であるボルツとコーデリアには一番いい部位だ」
「おお、美味そうだ!」
「…いただきます」
ロンが持ってきた肉をボルツは遠慮なくもらうと言い、美味いなこの肉と言いながら肉にかぶりついている。コーデリアも一口食べ、
「美味しいです」
「だろ?」
と嫌みの無い笑顔でロンはコーデリアに笑いかけた。
(この方はやはり意地が悪い)
すると、ロンの後ろから髪の長い綺麗な女性が現れた。
「ボルツ、コーデリア。妻が二人に話があるようだ。構わないか?」
ボルツとコーデリアは居住まいを正し、もちろんと返答する。
「お食事中失礼致します。ロンの妻ジェシカ・リカルドと申します。本日は夫を助けて頂き誠にありがとうございます」
見目麗しく、折り目正しいジェシカの佇まい。想像を越えられたのか、ボルツとコーデリアは一瞬目を見張った。
「おお、ジェシカ殿。私は騎士団長のボルツ・ガットラムです。とんでもない。ロンには久々に良い思い出を頂きましたよ。それに、こんなに美しい方が奥方だとは彼が羨ましい限りです」
「二番隊を任されておりますコーデリア・レイトヘイムです。私こそ、ロンさんには学ばせて頂きました。…ただ、ジェシカさんはロンさんには勿体ないと思います」
多少はロンにやり返したいと睨んでいたコーデリア。瞬時にジェシカは話の分かる人間だと察知する。
「コーデリア…さん?」
何か…怒ってらっしゃいます?
ロンはコーデリアから発せられる邪悪な気配にたじろぐ。
「ふふっ、ありがとうございます、ガットラムさん。レイトヘイムさんも、凛々しくお美しい。その上隊長様なんてすごいと思います」
「わ、私などジェシカさんに比べたら…」
「夫の戦いは危なっかしい上に、意地悪でしょう? 夫こそ、レイトヘイムさんを見習ってもらわないと。その内懲らしめてやって下さいね」
まるで戦闘と、その後のやり取りすらも見ていたかのように話すジェシカに、コーデリアは衝撃を受けた。
(理由なんかどうでもいい! この人とお近づきなりたいっ!)
その後ロン達は冒険者時代の話や、神獣出現時の話などに華を咲かせ、夜は更けていった。




