第11話 神獣の残滓
―――ドドドドドドド
神獣の夜から二日の朝。
エドガーの探知魔法にマイルズ騎士団が入った。エドガーは暗潜士として最低限度の通信魔法が使える。その報告をロンが受け取った。
「(おいでなすったようだぞ)」
「窪みに気つけるよう誘導して連れてきてくれ」
「(あいよ)」
◇
「団長。視られています」
「なんだと」
エドガーの探知魔法にかかったマイルズ騎士団だが、マイルズ騎士団には探知魔法の上位魔法である遠視魔法を扱う二番隊長コーデリアがいる。
探知魔法の使い手は、自分が他の探知魔法にかかると分かる。このコーデリアの一言で、団長のボルツは全てを察知した。
「全隊停止!」
百人の団員は、やっと休憩かと疲れた表情を隠せない。
同時にボルツは再度声を上げる。
「私はマイルズ騎士団長のボルツ・ガットラムだ! 貴殿はスルト村の者か!」
こんな辺境の街道で探知魔法を伸ばしているのは、ここを通る者を待っているか、見張っているかのどちらかである。さらにスルト村では大事件が起こったはずなのだ。仮に村人が警戒してこの辺りを見張っているのは別段おかしい事ではない。そうなると、この探知魔法の主はスルト村の人間しかいない。ボルツはそう読んで、相手を安心させるために先に名乗った。
このボルツの名乗りに、エドガーは即座に反応する。
「俺は村の守り手をやってるエドガー・ブラウンってもんだ! 出ていくから、攻撃しないでもらえると助かる!」
遠くの方から名乗り返す言葉が返ってきて、とりあえず対アンデッド戦は無さそうだと、全団員が安堵の表情を浮かべた。
「ぃよっと」
ストッ、とエドガーは木から飛び降り、隊の先頭にいるボルツとコーデリアの前に姿を現した。
「改めてエドガー・ブラウンだ」
「私が団長のボルツ・ガットラムです。無事で何よりです。ブラウンさん」
「敬語はよしてくれボルツ団長。こちとら粗野な冒険者崩れだ。エドガーでいい。で、俺を見つけたのはそっちの姉ちゃんだな? 若けぇのに中々やるじゃねぇか! がっはっは!」
コーデリアは騎士であり、貴族の令嬢である。幼いころから貴族令嬢として、そして騎士たるもの、と言った薫陶を受けてこれまで育ってきた。
いきなり『姉ちゃん』呼ばわりしてきたエドガーに対し、さすがに良い印象は受けない。だが、冷静にやり返して、エドガーの器量を試す余裕は十分にある。
「二番隊長コーデリア・レイムヘイトです。エドガーさん。もう少し気付かれ難い探知魔法を会得する事をお勧めいたします」
「言うじゃねぇか! がっはっは!」
この男の器には穴が開いていた。
そんなコーデリアの一人相撲は、ボルツが続けることによってすぐに終わる。
「ふっ。その様子では村は無事なようだな。安心した」
「ああ、村も人も無事だ。今のところ魔物被害もない。村へ案内しよう、ついて来てくれ」
ガサガサと獣道に入っていくエドガーにボルツは驚く。
「街道ではないのか?」
「あー…あの曲がった先から全部沈んじまったんだよ。来ればわかるさ」
エドガーの指差す方向に視線を向けながら、ボルツとコーデリアは顔を見合わせて、意味が分からないながらも案内に従うことにした。
獣道から村の入り口に差し掛かると、なんと入り口前が広大な範囲で窪んでおり、村から伸びていた街道が、ものの見事に途切れていた。
窪みの中のなぎ倒された木々が、その質量を物語る。騎士団員全員が口を開けて驚く。
「二日もかからずここまで来るとは。相当飛ばして来たようですな、ボルツ殿」
呆気に取られていたボルツの元に、村長のティムルがやってきて話しかける。ティムルとボルツは、ボルツがマイルズ騎士団長になる前からの知り合いで、昔ボルツは騎士団の小隊を連れ、領内の見回りで何度もスルト村に訪れていた時期があった。
「おお、ティムル村長! 無事でよかった! して、無事を喜びたいのは山々なんだが…これは?」
「ふぉっふぉっ、驚くのも無理はない。これは神獣様の足跡じゃ」
――――なんだって!?
それを聞いてまた驚く団員達。
「こ、これが足跡ですか…大規模攻撃魔法でも、これほどの被害にはならないのでは…」
冷静沈着なコーデリアも、開いた口が塞がらない。
「まぁ村の入り口で騒いでおっても仕方がない。積もる話もあるじゃろう。村で食事を用意しておるから、皆しっかり休んでくれ」
「助かります」
「全隊休止だ! お言葉に甘えて休息させて頂くぞ! これから忙しくなる、しっかり休んでおけ!」
団員達に喜びの声があちこちで湧き上がる。村の者達も駆けつけた騎士団に礼を言いながら、食事と飲み物を持って団員達をもてなすのであった。
ボルツとコーデリアは、村長のティムル、村の守り手のエドガーとロンに加えて、商店の店主ニットとテーブルを囲む。ロンは自己紹介を済ませ、ニットはお久しぶりですとボルツに挨拶をした。
「すまないが、後続にアルバニアの隊が控えている。到着まであと三日はかかると思われるが、まずはこの村と、村人全員が無事である事、その後魔物被害が出ていない事を報告する必要がある。これは相違ないだろうか?」
「うむ、そのとおりじゃ」
ボルツは通信士を呼んで、アルバニア隊に報告するよう命令を飛ばす。
そんな中、コーデリアが飲み物を両手で持ちながら、ふとある事に気が付いた。
「あの皆さん、私の勘違いなら良いのですが…この村には、何か癒しの効果がある魔法が掛けられていたりしますか?」
ピクッと、ロンとエドガーがコーデリアの発言に反応した。
「何かこう…ここへ到着した時間から考えても、体力の回復が早いように感じるのです」
「もう気付いたか! さすが姉ちゃ…レイムヘイト殿だ」
「…コーデリアで結構です」
「勘違いじゃありませんよ、コーデリアさん」
エドガーが次どんな失礼をかますかわからない、と不安になったロンがコーデリアに説明する。
「一から説明すると長くなるので、まずはこの現象に関して掻い摘んで説明します。この村に滞在する者全員に関係しますので、ボルツ殿もぜひ」
ロンの一言で、その重要性を察知し、ボルツとコーデリアは居住まいを正す。
「まず、これは魔法ではありません。私の妻がこの村唯一の治癒術師なのですが、妻もこんな魔法は聞いたことが無いと言っています」
「ま、魔法ではないと…?」
「恐らくですがね。我々は、神獣様のお力の残滓だと考えています」
「ふむ…」
「実は我々も、この不思議な現象には昨日の夜に気が付いたのです。神獣様が去った翌日、つまり昨日ですが、私とエドガーともう1人、オプトという守り手と共に村周辺の警戒に当たっていました。マイルズ周辺に比べると弱いですが、魔物も狩ったりして体力は減っていた。しかし、村に戻るといつもより体力の回復が早まっている事に気が付きました。エドガーとオプトにも確認すると、僅かだが2人も感じていたようで、今は神獣様のお力がこの村に残っている状態なのでは、と推察しています」
「その神獣の力というのはつまり…」
「あらゆる病や怪我を治し、同時に体力も魔力も完全に回復するというものです。それも、風にでも吹かれたかのように、一瞬でです」
「ま、まさかそんな力が…」
ボルツとコーデリアは顔を見合わせ、その信じがたい力の存在に未だ納得できずにいる。
「事実、この村にいた5名の魔吸班病を患っていた者は皆、病の消失を確認しています。」
「魔吸班病までも!?」
「確かに、この村は魔吸班病を患った者の静養場所として帝国北部では有名だ。し、しかしだな…」
「にわかには信じられませんね…」
「私も逆の立場なら信じられないでしょう。しかし、真実です。実は、私の妻ジェシカも五年前に魔吸班病を患い、共にここへ移住してきたのです」
――――!?
「それは気遣いが足りませんでした。申し訳ありません」
「お気になさらず。既に神獣様のお力で治っています」
「恐縮です…奥方様が死病を患っていたという事実は、何より重いものかと。その事を晒されたロン殿の言は、信ずるに値すると私は思います」
「ああ。そんな嘘を言ってもこの村には何のメリットもない。確かめればすぐに分かる事だしな」
「疑い深くて申し訳ない。職務上の事あってだ。許して頂きたい」
「当然の事だと思います。我々もまだ信じられないのですから。あの感覚、光景は…生涯、忘れないでしょう」
「その癒しの力の残滓がこれの正体という事ですね。であるならば、ロンさんのご推察は最もだと思います」
「はぁー…流石神獣様という事だな」
感嘆の声を上げ、空を見上げるボルツ。その顔は、神話の一端に触れているという高揚感に、脅威と安堵が混ざった複雑な表情である。
その後村長のティムルが、神獣が降り立った経緯や慈悲を与えた理由、最後に翼を休めた礼として”一つの石”を授かった事を伝え、この日は解散となった。
こんな石は見た事が無いな、とボルツもコーデリアも物珍しそうに見ていたが、やがて疲れが襲ってきたのか、団の野営に戻っていった。村長がボルツとコーデリアに一室をあてがうと申し出たが、二人共に『それでは団員達に面目が立たない』と言い、断るのであった。




