太平洋上空 (挿絵)
ミリタリーパワー出力100%、マッハデスクのオレンジの輪を、次々と航跡に残した最新鋭機F35Cの二機は、トップスピードにも近いマッハ1.4にも達していた。
(出たな!)「チャ―リーよりベース。ターゲット確認! 作戦行動に移る。以上。チャーリーよりフォックス。作戦通り行動。以上」
警戒区域に入ったときから、距離をおいて護衛していた旅客機を、一瞬にして抜き去ると、突如とレーダー探知機に現れたターゲットへと機首を向ける。
ターゲットの存在は、航空機の墜落にも繋がる重大な危機ともなりかねない。
「異物」への対策として、この空域での航空機の護衛から始まり、その不可思議な獲物を排除し、情報をあつめる。其れが与えられたミッションだった。
護衛していた旅客機とはだいぶ離れ、さらに上空1000mほど駆け上がった所で、「それ」は視界に飛び込んできた。
ゆったりと時間のながれる世界とも、静止するような速度で 「異物」は、飛来していた。
優雅にはばたく 「……とり……?」 ちがう、それにしても巨大だ。
そもそも生物が、自力で到達できるような高度ではない。
レッドヘッドとも愛称を付けられた其の一機は、通り越してしまったターゲットを視界に捉えるべく、減速し大きく弧を描いてゆっくり目標に近づいていく。
充分に距離をとると、独自の性能を生かし情報を収集すべく空中に静止すると、すかさずターゲットをカメラが捉える。
(ふん、まるでファンタジーだな。こんな物が此の最新鋭機と一緒の空間に存在するとは。解析屋の連中が此の映像を見たら大喜びしそうだな)
鮮明な映像には、まるで映画で見た古代の「プテラノドン」を思わせる蝙蝠の被膜の羽根がついた様な生き物が映っている。
「チャーリーからフォックス、準備はいいか?」
問いかけにすかさず、準備「OK」のコールが聞こえてきた。
追い付いてきたF35Cが、わずかに減速したのち、搭載されたガトリング砲25mmイコライザーから従来の弾丸がみじかく吐き出される。21世紀の死に神の叫びが唸りを上げる。
「ブブブゥーーーーーーーーーゥッ!」
ヘルメットのバイザー内デイスプレーが、映像を映し出した。
ターゲットに数発は命中したと思った瞬間、獲物の前にいきなり現れた盾(半透明でオレンジがかった丸い円盤)により、太陽をぎらりと一瞬反射させ、数発の弾丸の作ったレーザービームは、同じ軌道、同じ角度で捻じ曲げられて、あらぬ方向へ飛び去って行く。
「チッ! またか」パイロットの口元がわずかに歪むものの、二度目ともなるとある程度予想はしていた。そして「くる!」カメラには、こちらをやっと敵として認識したのか、生物が口を開いた。
「ダンッ! ダンッ! ダンッ!」
と同時に、映像に反応するよう設定された新しい装備が、パイロットよりもすばやく作動する。
「ダムッ!ダムッ!ダムッ!ダムッ!」
ドラムを叩くような音、 振動が全身をビリビリとさせる衝撃の波。うねる様に叩きつける振動が次々と身を震わす。
それは指向性をもったある種のクリック音、イルカなどの生物が発するものと似たようなものと聞かされていた。
それは相手から発せられた何かとぶつかり合うと、調和するように打ち消しあい、相手からの威力を上手くいけば消し去ってくれるはずだ。
ザザッ!と計器の一部が揺れる、がすぐに正常にもどる。
(グッ、ボーイ!)
以前の遭遇では、これにやられ気流に巻き込まれたかのように高度を落とし、バイザー内もブラックアウトを2秒ほど受けるという被害を被った、後の整備検査で異常は見つからなかったものの墜落事故寸前だったことを思いだすと肝を冷やす。
すぐさま反撃のコールと共に、こちらも新たに新素材をメタルした弾丸を試すべくガトリング砲25ミリイコライザーを照射する。
カメラはとらえていた、古代の翼竜に似た生き物。
それの前に一瞬、キラリと夕陽を受けてガラス状の円形に模様のついたものが現れ、初弾を弾くが、次々と襲い来る爆発的エネルギーには逆らえず見る間に粉砕されていく。
「有効だ、効いている 。砕け散ろ!」
盾は粉砕され、肉の塊を引き千切るように、訓練の時のように(おんぼろバス)に風穴を開け、吹き飛ばすように照射を続ける。
旋回を終えて戻ってきたバディも追撃を加え飛び去って行く。
そしてニュータイプのメタルジャケットは十分にその威力を発揮してくれたようだ。
100数発ばかりの照射で十分と見て取り グリップのボタンから人差し指をそっとはなす。
一瞬の静寂。
バイザーには、足元の機体を透かしてみるように、もとの形をおおきく崩し、血肉まき散らしながら雲の合間に小さく消えていくターゲットが任務遂行を映しだしていた。
ぶっつけ本番で試験的に、どこからともなく供給された情報と材料によってコクピットから前方は赤胴色に塗られ、さらに謎の装備をまとったたった一機のスペシャルを損害喪失することなく無事に終わったことに、安堵の息をおおきく吐いた。
ジェットの轟音に包まれながらも、頭の中は落ちていくほどの静寂につつまれる。
バイザーには、映し出される機体を透過した遥か眼下の海原が、黒くすべてを飲み込むように広がっている。
最新機器の存在によって、意識体の自分自身の存在だけを其の虚空に感じている。
今なら神の存在を疑う事もない。
手を伸ばせば、届いて仕舞いそうな神がみの領域。
機体は、視界から消えうせ、只一人裸の体で上空10000メートルに立ち竦んでいる様な心細さを覚える。
昼と夜の堺、雲はオレンジに染まり上空には星を讃える群青が迫る。
二本のジェット雲をなぞるように遠くには、たった今、自分たちが守った自国の機が、沈んだ夕陽の最後の煌めきを受けて、ちいさく輝いていた。
「ドンッ」
と、軽い衝撃に、膝に置いていた雑誌を取り落としそうになるところを隼人は、咄嗟に掴み取る。
ぐらぐらと、右に左にと小刻みな揺れが続いている。
たった今、機内サービスをしてくれたCAが、荷を置いて両手で通路の座席に掴まっているのが見える。
「ザワ……ザワ……」と ひろがる不穏な空気を打ち消すように、すかさず機内アナウンスが流れた。
「皆様、只今シートベルト着用のサインが点灯いたしました。雲の影響で少々揺れが続くことが予想されます。シートベルトは緩みのないようにしっかりお締めください。飛行に影響は、ございませんのでご安心ください。サインが消えるまでは座席をお立ちにならない様にお願いします……」
予想される到着時刻を、アナウンスの最後に締めくくり、落ち着いた音声と、すぐに揺れも治まったことから機内は、もとの静寂をとりもどすのに、さほどの時間はかからなかった。
隼人の不安気な様子が伝わったのか、隣のシートのガタイのいい東洋系アメリカ人ジョニアス アンダーソンが、少しだけ口角をあげて話しかけてくれる。
「boy、 乱気流を抜け出せたようだ。安心していいぜ。窓の外を見てみな、いい景色だ」
見た目の厳つい顔のつくりとは裏腹にやさしい男だ。
さすがに、それは口にしないが。
「Thank you ジョニーさん、すこしびっくりしただけです。初めてだったものですから驚きました」
窓の外を眺めると一日の光を名残惜しむように追いかけていた太陽も、勝ち誇っていた明かりをわずかにオレンジに染める。
そして、濃紺の天井に押し込まれるように地平線の下へ落ちていき、最後には一瞬のグリーンの宝石を放り上げて消えてしまった。
先の長い空の旅路。
無理矢理に目を瞑るも一連の天体ショーの哀愁は、隼人のこれから立ち向かう未知の不安を掻き立て、此処間でに至った様々な事柄を思い起こさせていた。
補足 「ブラックアウト」
停電、場面の暗転。
ここでは、ディスプレイの情報がすべて消えた状態として表示しました。