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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第二章
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口禍

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 資料を見ながら話をするのに必要だから、と、男性がディスカッションルームの使用許可を取ってくれたのに、おれはちょっと驚いていた。

 許可をとるのは無料とはいえ、いきなり話しかけてきた未成年者なんて、たぶんその人にとっては面倒のかたまりだろう。

 なのに、そこまで距離を詰めてもいいと示してくれるなんて思ってなかった。おまけに入り口は開けっぱなしにしておくとか。ガクへの気配りなんだろう。 

 さすがにそうまでしてくれる相手に、あの、とかすいません、で話しかけるのはどうかと思う。

 だからってソウのアホが、いきなり『ノマドさん』と呼びかけるとは想像してなかったけどな。

 即座に鉄拳制裁したのは近づけないガクのぶんもだ。

 

「すいませんすいません、このバカがほんとにすいません」

「……いや」


 少し目を見開いていた男性は、ちょっと面白そうに口の端だけで笑った。


「君らはずいぶんとバランスがいいコンビみたいだな。それも君が他の二人をフォローしているからだろう」

「そんなことないっすよ。オレだって」


 口を尖らせたソウに向いた男性は、笑顔なのになんだかひどく怖かった。


「だったら、一つだけ忠告しておこう。ノマドに向かってノマドと言わない方がいい」

「だって、ほんとのことじゃ……」


 反論しかけたソウは一瞥に口を噤んだ。怖いもん知らずなソウにしては珍しい。


「俺たち自身がノマドと自称するのは、ただの実態についての呼称だったり、なにがしかの自嘲を含んだ物言いだったりする。けれども、そうでない人間の口から出る時には、別の意味がどうしてもついて回る。たとえ君らが軽侮を込めて言ったつもりではなくても、受け取る側が不愉快に思わないという保証はない。短気な人間が相手なら、未成年でも何をしてくるか分からない、そういうこともある言葉だと思ってくれ」

「……わかりました」

「すいません。本当に、ありがとうございます」


 サクは不承不承頷き、おれはちょっとだけ男性を尊敬した。

 人間恐怖症なガクがノマドと接触したって聞いた時には、なんというかひゅっと吹雪の中に突っ込まされたような気分になったものだ。

 あれがおれの持ってるノマドの人たちに対する感覚――いや、偏見なんだろう――と思うと、この人はどれだけ吹雪の矢を受けてきたんだろうなと思ったからだ。

 おれだったら一本や二本はまだしも、全身ハリネズミ状態になったら精神的には凍死してたかもな。

 だけど、サクの不適切発言でそんな思いをさせられたにしては、男性はとても静かだった。それはたぶん彼の自制と良識のおかげだ。


 彼が言うように、短慮な人間なら、という前置きがあっても、直接接触以上の何かを彼がしてきてもおかしくはなかったのだろう。

 だのにだ。

 ソウにしたのは説教じゃない、淡々とした口調で本人が言ったとおりの『忠告』だ。

 責任を取るのも取らないのも自己責任だと。

 どう行動するかはおれやソウの勝手で、その結果がどうなろうがこの人には何も関係はないのに、今後の人間関係まで考えろとさりげなく示してくれた。

 その親切のせいだろう。感謝の言葉が授業終了の号令以外で出たのはずいぶんと久しぶりで、そのことに自分でもびっくりした。

 

「えーと、……なんて呼べばいいですか」

「そうだな。……アシとでも呼んでくれ」

「足?葦?」

「どっちでもいい。本名じゃない、ただのだじゃれだ」

 

 そういうとアシさんはおれたちを見据えた。


「で、君らが、というか、彫像公園にいた彼が羽立(はだち)(れい)を調べてるのは、なぜかな?」

「さあ……」


 ガクの興味はおれのとはかなり角度が変わってるからなあ。

 返答に困ってると、ぺっとフキダシマリスのメッセージが飛んできた。


『ビフォアからウィズにおける活湖市最大の謎じゃないですか!そりゃ興味持ちますって!』

「だそうです」


 とっとと読んだソウがデータをアシさんに飛ばした。アシさんは苦笑した。


「てか、アシさんはなんで調べてるんですか?」

「たまたま知って、おもしろそうだと思ったから。ちょっと調べてみるくらいの価値はあるかもなとね」

「じっくりじゃないんですか?」


 言葉の選び方に感じた違和感を疑問にすると、冷めた感じの笑みが返ってきた。


「じっくりこの都市に腰を落ち着けて、とは考えていないという意味ではたしかにそうだ。予防線は何本も張っておかないとな。定住化圧力というやつは、一旦足を止めるとどんどんのしかかってくるんだ。だから俺はいつか必ずいなくなる。覚えといてくれ。後になって裏切られたーなんて馬鹿なことを言い出さないでくれよ?」

「……そんなに大変なんですか?」


 ソウが訊くと、アシさんは嫌そうに口の端を歪めた。

 

「もう、うるっさいことうるっさいこと。税金払ってるんだから、ほっといてくれと思うよ」

 

 地方税の中でも、かつて市民税や県民税という名称で呼ばれていたものが、現在の当該自治体定住者税に集約されたってことは、政経でやった内容だ。だけど。


ノマド(俺たち)ノマド(俺たち)で、ちゃんと行旅人税ってのを払ってるんだぞ?それに、足を踏み入れた自治体では、必ず指定された宿泊施設で過ごさなきゃならない。ある意味君ら未成年以上に監視されてるし、それは接触対象者にも及ぶ。それを嫌がられてどんどん生身で話をしようなんて相手はいなくなる。必ず何か仕事を受けないとならない。自由そうに見えるかもしれないが、正直窮屈なことの方が多いんだ」


『そこまで大変、なら』


 極端な丸文字でガクのメッセージが飛んできたのは、フキダシマリス越しだからだろう。

 一番言いたいことは飲み込んだようだが、『なんで定住しないんですか?!』という文面が見えた気がした。


 はっきり言って、的外れでしかないだろうけど。

 

 言葉だけなら愚痴のようにしか聞こえないが、アシさんはずいぶんとその生き方に満足しているようだ。

 でなけりゃ、あんな笑い方はしないだろう。だからおれは別のことを訊ねた。

 

「あの、じゃあ、仕事は?いいんですか?」

「ああ。エクストラオーディナリーで受けてるから、多少の無理は利く。そもそも君らに最後まで付き合おうなんて、最初から全く思っちゃいない」


 さらりといつでも見捨てる宣言をしながら、アシさんは資料をおれたちの前にも手早く塔と積んだ。

 

「そっちは俺が読み終わった方。君らが読み終わったら返却しといてくれないか。こっちは俺がこれから読む方。こっちから読んでもいいけど、読み終わったらここの脇に積んどいてくれると助かる」

「あの」

「ああ、又貸しはあまりよくないか」

「いや、そうじゃなくって!そこまでおれらが」


 入り込んで、いいのだろうか。


「いいんじゃね。サク、おめーは考えすぎだって」

「脳味噌使わずに喋んなよお前は!しかも人の名前を……」

「あ」


 気がついてなかったのか。どうしてくれようこの無駄に伸びきった190cmな独活(うど)大木(たいぼく)を。

 ていうか、その前に。


 おそるおそるアシさんを見ると、……彼はゴン、と机の天板に頭突きを決めたところだった。

 爆笑のしすぎだ。


「あー、ホンっトに君らはおもしろいな!これだけでもエンカウントしてよかったと思ったよ!」


 笑いの涙を拭ったあとの指をポータブル消毒液で丹念に洗浄しながら、アシさんはまた何度か爆笑発作に見舞われていた。

 腹の底から笑うと、アシさんは最初想定していたよりもずいぶんと若いように見えた。

 それはいいんだが。


「あ、あのー……。アシさん、さっきのは」

「ん?なんのことかな?」

「……んじゃそれで」

 

 ぺこりとおれは頭を下げた。『できれば聞かなかったことにしてもらえませんか』と頼もうとした空気を読んでくれたんだろう。

 おまけにちょっと気の毒がるような色はあるが、ずいぶんとおれに対してはソウよりも対等に近いところで見てくれてるようだ。

 そういう意味ではソウのアホっぷりにも感謝……はやっぱり必要ないな。

 しょっぱなのやらかしだって帳消しにはならない。後でもう一発ぐらい殴っとくか。

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