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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第二章
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アフターパンデミックの芸術

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 アフターパンデミックの世界で、芸術に何ができるのか。

 芸術に携わる者は、ハイカルチャーからサブに至るさまざまな分野で、切実なこの問いに直面した。

 その苦悩の燃料となったのは、経済的な困窮によるところが大きい。

 芸術活動は自粛と需要の減少、そして警戒心により危機に瀕していた。演劇やコンサートのように一回性の高いものは特に壊滅的な打撃を受けた。


 一方、芸術を享受するだけの消費者達はしだいに渇きつつあった。

 BGMは空気だった。失われたら呼吸困難になるほどに。

 テレビもネットも刻々と新しい娯楽が追加されて当然のものだった。飽和状態が消えることで、消えることのない飢えが覆い尽くそうとするほどに。

 商業ベースのものがあらかた失われ、一般の投稿が相対的に増えたが見る者は減った。クオリティの問題だろう。


 そんな中、プロによる様々な活動が行われた。

 中でも[ギリギリッス]という演劇集団は徹底して生にこだわったことで有名だ。

 客席との間には透明なシートで徹底的な感染予防対策を打ちながら、360°舞台を激しく駆け回る、まさに体力の限界に挑む舞台。

 状況も省みず歌い続け踊り狂う者をキリギリスとイソップ寓話的に呼ぶが、キリギリスにはキリギリスの意地もあれば立場もある。そう主張し続ける彼らは、演劇シーンの起爆剤となった。

 メンバーが感染、発症、死亡するたびにその無謀さを咎める正論はあったが、その一方で注目も人気もうなぎ登りとなった。『このまま座して死を待つくらいなら、(ぶたい)の上で死ぬことを選びました』そう語った主宰もまた倒れたが、彼の灯した炎は大きな力となって世界的に演劇を動かした。


 羽立澧(はだちれい)もまた彼らとは違う方向で生の、物理的なものにこだわり続けた芸術家である。

 当時死亡者が爆発的に出たために、相続の玉突き現象があちこちで発生した。彼も相続に次ぐ相続で大量の土地を取得、そのうちの一部を相続税のために売り飛ばしたが、資金源としてはそこそこのものが残っていたようだ。

 そして、羽立澧取得した地所に自作の前衛彫刻としか言い様のないものを設置し続けた。らしい。

 時にステンレス、石、コンクリート……中には墓じまいで大量に出た墓石を刳り抜き重ねてコンクリートで固めたよくわけのわからないものも含まれる。

 彫刻というにはあまりにも不格好だが、曲線と穴を多用するデザインと、執念にも似た凄みがあるせいで周知され始めた。


 その直後、逝去したと推定された。らしい。

 らしいというのは、名乗っていたのは本名ではなく、居住地、性別、年齢、すべての個人情報を非公開としていたからだ。

 個人なのか支援団体などを含み込んだ一種のグループ名だったのかさえ今もって不明だが、とある地方都市の、仏具石材店で倒れていた男性の死亡が確認されたのち、すべての創作活動が停止したとみられることから、おそらくは個人だったのだろうと考えられている。

 彼が羽立澧だったというのもその領収書や金の流れから推定されたことだ。

 

 通常であれば遺産は国庫へ入る所だったが、『すべての彫刻の保全管理を行うことを誓約するならば、自治体へすべて寄贈する』という遺言書が出てきた。

 それを見た自治体の職員が通したというからには、さぞかしその遺産は多額だったのだろう。


 彼の語録はわずかながら伝えられている。


『人間の社会は実よりも空からなっている』

『未来はある、必ず来る』

『死は生へ

  みどりごはやがてあらたないいのちを抱き

 highest‘A’のもとに再生は始まる』


 意味不明ながらも関心を抱く人間が絶えないのは、遺産を寄贈されたはずの自治体すら、その全部を把握し切れていないとか、隠し遺産がまだどこかにあるとか、そんな都市伝説があったからだ。

 彼の作品群はその手がかりを隠してあるとかないとかとも。


 フキダシマリスで『今いい?』とガクから飛んできたデータがこれだよ。


「で、なにこれ」


 音声入力文字のチャットアプリは語調や声の大きさに合わせて、勝手に囲みやフォントを変えてくれる。

 自分の発言が古印字体で表示された上に、縦線の入っている囲みが使われたのには笑ったが。


『彫像公園でたまたま会った人に教えてもらったんだよ』

「大丈夫か?」

『すぐ倒れるだろお前』

『あーうん、だけどいい人で助かった。メッセージ送りつけたら、それにすごい真面目に対応してくれたし』

『セツオ、それ真面目やない。当然だ』

『いやわかるけど。セツオってなに』

『当然のことを言い聞かせるときの接頭語らしい。セツコってのがもともとの語形だって』

「で、どこ住みの人だよ」


 データの強制取得ができる以上、犯罪行為をしでかそうなんて人間はまずいない。

 近隣かそうでないかぐらいはユーザであるガクにもわかることだが。


『あ、その人ノマドなんだ』

「ノマドぉ?!」


 ガチで大声が出た。一軒家でよかった。集合住宅系基点だったら、他者への配慮不足ってことで失点がつけられててもおかしくない。


『え?ノマド?マジノマド?エセノマドに騙されたとかじゃなくて?!』

「エセノマドってなんだよ……」


 思わず呟いたツッコミがユニバーサルデザインをひらたく潰したような丸ゴシックになった。


『いやさー、差別意識調査員がいるって訊いたことがあるから』

『そんなのいるんだ』

「ガクが知らないってことは嘘くさいってことだな。はい論破」

『でも、ほんとにノマドだったのか、その人』

『じゃないかと思う。ノマドだって驚いたら、イラッとしてたし』

「させたんかい」

『わざとじゃねーもん』

『それでガク、どうしたいんだ?』

『調べたい。羽立って人の作品もよくわかんないけど面白そうだし。調べてたら、ノマドの人にまた会えるかなと思うんだ。一度きちんとお礼と謝罪がしたい』

『あー……』


 くたくたとよれた行書体に、ゴーグルディスプレイの向こうでおれと同じ顔になっているソウを想像した。

 こんだけぶっとい角ゴシック、しかも白抜きになってるってことは、ガクのやつ真剣だってことだ。

 おれらが抜けたら一人でも突進してかねんぞこいつ。人間恐怖症のくせに。


『んじゃ、おれらもつきあうわ』

「だな。図書館あたり攻めてみんのもいいかもな。郷土資料ってやつはなかなかデジタル化しづらいって話だし」

『……ありがとな』

『ザッツ、お前、最初っから巻き込む気満々だったじゃねーか』

『あ、ばれた?』

「あ、おれは向こう一週間ぶんのおやつで手をうつぞ?せいぜいバリエーションで楽しませてもらおうか」


 がびーんと白目を剥いたスタンプがついてきておれは笑ってやった。


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