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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第二章
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彫像公園

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 かつては豪雪地帯だったらしいこの県も、今では滅多に積もることはないという。

 ただの寒空と枯れ芝生が広がるだけの冬景色だが、晴れてよかった。

 受注したミッションの一つは、行政エリアに設けられた公園の彫像の洗浄だ。

 もちろん、俺の仕事はそのためのプログラミングであり、実際の洗浄作業自体は高圧洗浄機をセットしたワーカーに任せるのだが、その手順の最適化はミッションの受注者によって左右され、その手際の善し悪しは報酬に幾分反映される。

 プログラムをどう組むか、現場を見ないとわからないこともある。

 彫像の位置と芝生の斜度を見比べながら、取りあえず一エリア分を組んで動かしてみる。


 このエリアは銅像が多いようだ。

 洗浄剤が周囲の芝生に流れないようかけられた保護カバーの中で洗浄作業は進められる。

 アフターの時代、不況のため設備投資に金をかけられない組織は旧来の設備を酷使し、それにより大気汚染が一時悪化したという。それが嘘か本当かは知らないが、確かに一時期の銅像はこれほど金属光沢がなかったかもしれない。あまり見ていなかったことだが。


 そんなことを考えながら寄りかかっていた銅像から離れた時、突然鈍い音がした。

 ワーカーの動作音じゃない。肉の音だ。

 音の聞こえた方へ数歩動いてみてわかった。彫像の影になっていたが、小柄な人が倒れている。


「おい、大丈夫か?」

 

 即座に駆けつけようとしたが、ゴーグルディスプレイに赤いプラスとマイナスがくるくると回転するサインが激しく点滅し、俺は動きを止めた。

 これは相手の端末番号やアドレスが分からずとも、直近にいる相手なら問答無用でメッセージを送りつけることができる『異分子間力』というアプリによるものだ。

 自動的に開いたデータが画面を覆う。


『直近にいる人へのお願いです。

 私は人間恐怖症です。

 吐き気や強い不快感のせいでしゃがみこんだり、倒れているかもしれませんが、絶対に近づかないでください。

 震えていたり、血の気が引いていたり、時には動けなくなっているかもしれませんが、触らないでください。呼びかけないでください。

 症状が悪化します。

 この警告を無視して上気の行動をした場合、たとえそれが善意によるものであっても、私への危害を及ぼす行為と見なされ、場合によっては暴行罪や傷害罪に問われる可能性があります。』


 近づくな、であって、助けるな、じゃないのか。

 なら、やれることはやっておくべきだろう。


 俺は移動しながら、作業用BGMの中から選んだインストゥルメンタル曲を再生した。外部スピーカーをオンにしておく。


『あー、倒れるか何かするとメッセージを送る設定になっているんだと思う。

 今、俺が流している音が聞こえるか?

 少し遠くなったのがわかるだろうか?

 銅像の多いエリアと石像……彫刻?エリアの境目ぐらいまでこっちは移動した。

 そっちからだいたい50mは離れたんじゃないかと思うが、これでもまずいだろうか?

 返答ができるようだったら、してくれ。

 三分以内に返答がなければ、公園外へ移動した上で救急車を呼ぶ。

 状況を説明すればAI隊が来るとは思う』


 一分ほどで返答が来た。

 

『すいません。それだけ離れてもらえば、大丈夫です』


 ……かなりほっとした。

 意識不明になっていたら、手の施しようがない。


『返答は急がなくてもいい。

 答えられるようだったら、ゆっくりでいいから答えてくれ。

 怪我はないか?

 人間が近寄るのもダメなら……サーヴィーは随従してないのか』

『怪我はないです。たぶん。

 自転車だったんでサーヴィーは基点整備に置いてきました』

『そうか。俺が随従してるのはワーカーだけだしなぁ……』

『ノマドですか?!』


 感嘆符に感情の色がついているようで、俺は鼻から息を吐いた。

 ノマドという言葉が、単純な人のライフスタイルを示す言葉ではなく、言うなれば昔のホームレスという言葉のように、無遠慮な好奇心や軽視を含んだものになったのは仕方のないこととはいえ、やはり気持ちのいいものではない。


『……特定行旅生活継続者という意味ではそうだ。俺みたいな人間の存在は君ら住民登録者から見ればイレギュラーの最たるものだろうな。偶然性の高い天災に遭遇したようなものだろう。こんなところにいてすまなかったな』

『あー……いや、深い意味はないんですマジホント気を悪くされたらごめんなさい』


 俺はもう一度鼻から息を吐いた。今度は大人になりきれない自分への苛立ちだ。

 偏見は覚悟していて、それでもとこの生産性皆無な生き方を選んだはずだろうに。いつ自分は、何も裏のない言葉にすら、こうも逆ねじをくわせずにいられないほどささくれだっていただろうか。

 メッセージはまだぺこぺこ謝り続けている。

 

『彫像公園だからって、生の人間に気づくのが遅れたこっちが悪いんです。すいませんでした。ほんとに』

『それはいいが。――少しは落ち着いたか?』


 どうせこっちも洗浄作業が終わるまでは動けない。

 作業効率による報酬ボーナスだったら、考えなくてもいいだろう。

 イレギュラーな事態の発生ということで、どのみち報告書には記載が必要になる。

 情報収集がてら、のんびりと奇妙な会話を楽しむことにした。


 ちなみに、彫像公園という名前はわりとどこに行っても聞く名前だ。

 老朽化した家屋、建造物などを解体する際、ちょくちょく出てくる銅像や彫刻などの始末に困った自治体が、行政エリアにまとめて囲い込むために作った、市民の憩いの場兼半野外美術館……といえば聞こえがよすぎるか。

 当然どこの自治体でも、正式には長ったらしくも平和で希望と光に満ち満ちた名前がつけられているのだが、たいていは実態から来るインパクトの方が強い。最終的に体を表す通称に落ち着くものだ。


『どのくらい離れていれば安全になるんだ?』

『あー……サーヴィーが常時随従してるぐらいのちびっこたちなら、抱きつかれでもしないかぎり、1m圏内でもなんとか。

 同級生なら1~2m離れてもらえば。知らない同年代なら3mは欲しいですね』

『未成年か。

 じゃあ、先生相手とかきついんじゃないか?』

『詳しいんですね』

『俺が知ってるやつはディスプレイ越しなら平気だったが。

 同じ教室内には入れないとかで悩んでたからな』

『なるほど。おれは先生なら5mぐらい離れてもらえば会話も大丈夫です』

『俺みたいな知らない人間だともっときついわけか。

 人間恐怖症も難儀だな』

 

 遠くの人影が、ちらっとこっちを見たようだった。


『仕事の邪魔でした?いろいろほんとすいません』

『いや、いいよ別に。ワーカーの作業待ちだったから。

 ちなみに、そっちのエリアには何系の彫像があるんだ?』

『ニノキン行進ですね』

『ニノキン行進?』


 なんだそれは。


『二宮金次郎の像ばっかなんですよ。本を片手で持ったりめくったり両手で持ったりしてるって微妙なバージョン違いはありますけど、だいたい同じスタイルで同じ方向向いて並んでるから、ニノキン行進。時々薪下ろして本に夢中になったりしてますけど』


 ぶふっと俺は吹いた。たしかに教育、というか学校関係の土地も区画整理が進めば二宮金次郎の像は集まるだろうが……。

 

『すまん、吹いた。声を聞くのもだめだったろう』

『いや、これだけ距離が開いてれば、なんとか。触られて声をかけられるとトドメくらいますけど』

『無理すんなよ』


 ちらりとディスプレイを見れば、そろそろワーカーの洗浄作業も終わりそうだ。


『どっちへ行く気だったか知らないが、そこを抜けてく気だったんだろ?』

『あ、はい』

『なら、次のエリアに俺は移動する。どこでもやれるが少し時間がかかる作業があるから、……そうだな、このあたりにいるから、好きな方へ抜けちまえ』


 公園の地図にちょいちょいとデータをレイヤーして送ってやる。だが返答がない。


『どうした?』

『いや、あのですね。抜けるのはいいんですけど、この公園内で探してるものがありまして』

『なんだ?』

羽立(はだち) (れい)の作品群です』

『へえ』


 面白い偶然もあったものだ。まさか昨日初めて知った前衛彫刻家の名前を、こんなところで聞くとは。

この部分を書くために二宮金次郎の像について調べました。

画像データを見たら、ほんとにパラパラ漫画状態でちょっと笑いました。

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