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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第二章
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ノマド

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

いつものサク視点ではありません。

「よし。ちゃんとあるな」


 非常用食料の賞味期限チェックを終えた俺は、よっこらしょと座り込んだ。ナップザックから取り出した缶をその脇に並べ、同じ数、同じ種類の缶を反対側から取り、ナップザックに入れる。

 給水塔で覆われた非常用倉庫は通年安定した温度を保つ。賞味期限内であれば保存状態が悪くなるわけもないが、最終的には人間が食べてみるまでわからないのだ。

 避難塔を出ると俺は自転車に乗った。今日の宿は別エリアにある。少し急ぐとしよう。


 避難塔のチェックをを人間がやるのには意味がある。

 機械的に交換や点検を行うだけならば、ワーカーと呼ばれるロボットに任せればいい。だがそれでは備蓄の品質管理がいきとどかない。発電機と同じくらい製造機が備えられているのが当然の水はまだいいが、どうしても食糧だけは保存する以上交換の手間がいるのだ。

 プロテインバーを囓りながら移動する俺は、さしずめ壮大なローリングストックシステムの一部ということになるのだろう。


 手垢のついた選択肢しかない人生を嘆く少年の話が子どもの時のお気に入りだった。

 だけど先駆者のいない人生というのも、なかなかに難儀なものがある。ゴールも見えない、正しいルートの上にいるのかすらわからないウルトラマラソンを走っている気分だ。

 伴走者?いるわけがない。


 パンデミックにより、従来の職業の形はがらりと変わった。というより、失われたと表現する方が正しいだろう。

 経済は悪化と活性化を繰り返し、そのたび企業に吸い込まれたり吐き出されたりするうちに、人間がすり切れていく。

 労働人口が一挙に減少したのは、働き手が減ったからと一億総ブラック化した社会環境、過労とストレスが免疫機能と血管へのダメージを積み重ねた結果だという。

 嘘か本当かしらないが、あのころ脳梗塞や心筋梗塞で倒れる人々が多かったのは事実だ。どこぞの首相だか大統領が血栓溶解薬だか抗凝固薬だかをビタミン剤のように飲みまくり、処方した医師の責任追求問題にまで発展したとかしないとかという話もあっただろうか。


 それを見ていたからこそ、俺は束縛から逃れることを選んだ。

 当時は束縛されてぎちぎちに働くか、それともかなりゆるやかな生活をするが生産性は度外視になるか、そのどちらかのライフプランしか選べなかった。

 俺は生産性度外視な道を選んだ。もう片方を選んだ者からは敗残者と嗤われることも覚悟の上だ。

 何を残そうとか、幸福な家庭を築くとか、そういう目的がないと、人生でやらなければならないことは減り、やれることはラクになるものだ。

 楽しいかどうかは別として。


 人生を楽しんでるというと、とある鉄ヲタの友人を思い出す。彼は何度目かの転職でとある鉄道会社に勤め、念願の電車運転士になった。自分で本物の電車を本物のダイヤで動かしたいという欲求は彼にとって相当強い動因だったのだろう。最後に連絡を取ったときは、夜勤も残業もモリモリだけど幸せと言っていた。

 たいていの人間は、小学校低学年ごろには見るのをやめてしまう『しょうらいのゆめ』。それをいまだ見続けているような彼の生き方は少し羨ましくもある。

 彼のような人間はかなり多いようで、鉄道会社は求人に困らない企業の一つだ。地の塩というべき彼らがいるからこそ、交通機関は以前と同じくらいの密度で運行を続けている。


 結局、何かをしたいという欲求の強い人間はそれを貫き通すのだろう。

 社会を動かしたいという欲求の強い者はそれをするのも当然だ。実業家もいないわけじゃないが、栄枯盛衰が激しいのは、成功することが目的で、何をするかが目的ではないからだというがそうかもしれない。

 それは政治家も同じ事だろうか。


「こんにちは、浅野亜由夢さま。活湖市行政エリア行旅人受付へようこそ」

「宿泊施設の利用予約を。あとミッションの受注申請を。エクストラオーディナリィで」

「かしこまりました。……予約が完了しました。申請を受け付けました。またのおこしを」

 

 精細3Dの微笑をとちゅうでぶったぎって、おれは役所を出た。

 いつもは基点と呼ばれる住民登録者優先の宿泊を利用したりもするのだが、最後の確認ポイントが教育エリアにあったのだからしかたない。教育エリアは未成年者保護のため、定住登録者以外に基点の利用許可を与えようとはしないのだ。

辿り着いたのはかなり昔のビジネスホテルのような宿泊施設だった。パンデミック時には軽症者の隔離施設としても使われるタイプのものだ。

 パンデミック第一波が世界を席巻した直後、住民のいなくなった個人用住宅は解体が進み、逆に病院とこのような宿泊施設の建築計画は山のように作られたらしい。第二波、第三波を恐れてのことだろう。

 パンデミックアレルギーといえなくもないが、問題は人間の数が想定を超えて減り続けたことだろう。

 おそらくは、この宿泊施設も、今晩の客は俺ぐらいだろう。

 

 もそもそと保存期限間近な食糧と飲料水を消費すると、おれはベッドにひっくり返ってゴーグルディスプレイに手を伸ばした。

 あらゆる競争に参加することなく、ひたすら放浪し続ける日々にさほどの不満はない。満足もないが、まだ見たことのない景色を見たいという程度の動因で動き続けられることには、自虐的な快感がある。

 想定外の事態に混乱した世界を経験した人間は、物事が想定内に収まらぬのなら人間だけでも想定内に収めようと、あれやこれやの手を尽くして容れ物を作り続けているように、俺には思えてならない。

 持続可能な社会の存続を合い言葉に、ぽろぽろとこぼれ落ちる人間を容れ物に押し込もうとしては、さらにこぼし続けている。

 自発的にこぼれた側の俺としては、徒労という表現がぴったりな彼らをこのままひたすら笑い続けるしかないのだろう。


「……ん?」


 反応を示したアプリは……『都市伝説調査ガイド』?

 しばらく考えて思い出した。かなり昔に入れたやつだ。一時、ご当地色の濃い都市伝説、フォークロアを探しては移動途中に寄ってみるのにはまっていたが、その名残ということだろう。

 だが道路のアスファルトを突き破って生えるタンポポのように、都市伝説はどれもこれもよく似ている。見分けがつかないほどに。

 いい加減飽きた頃には、目を通すのもやめていたんだったか。だが暇つぶしには悪くない。

 

「『highest‘A’』ねえ……?」


 俺は未読の最新を開けてみることにした。

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