ディブリーフティング
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
「では、今回の事件につきましてディブリーフティングを開始します」
阿部さん――いや、臨時とはいえ上司になったんだから、巡察部長と肩書きで呼んだ方がいいのか――の言葉で、ディスプレイの中の顔はタイムラグの後、真面目を一斉に取り繕った。
刑事事件ともなると本格的な取り調べが容疑者には行われるのだが、サクくんは被害者であり、また未成年者でもあるので精神的ダメージを抑える対策が必要ということもあって、このようなリモート会議状態での聞き取りとなっている。
加えて関係者全員と情報を共有するのならという含みもあるんじゃなかろうかね。
微妙に俺も含めた参加者のまなざしが、約一名を除いてほんのり生ぬるいのはしかたのないことだろう。
最初に再生されたのは、行政エリアから逃走する白いライトバンが、中間エリアで確保されるまでの映像だった。
ほとんどは道路沿いにある監視カメラと警察のドローン、俺が乗っていた無人タクシー、そしてサクくん、いや萩原隆之介くんが待機させてたのを、倒れる君、いや江尻学くんが擱座するまで酷使したワーカーの画像だ。
しかし、中間エリアはドローンが飛ばせない。監視カメラだけじゃ目が足りないってことも考えたんだろう。阿部巡察部長は、臨時雇いの俺に複数のカメラが付属したアシストスーツを着用するよう指示してきた。
アシストスーツといっても、単純に重い荷物も運べるよう、身体にかかる荷重を軽減するだけのものじゃない。どっちかというと、着るロボットとでも言うべきごつい外骨格タイプだ。
なんというか、その、メカメカしさがいい、実にいろいろとくすぐられるデザインだった。いそいそと車内で着用したのが、防弾防刃性もある防護カバーの安心感だけじゃないってのは、ちょっとだけ認めざるを得ない。
まあ、そんなわけで、白いライトバンを強制停止してから俺が萩原くんを保護するまでの画像は、容疑者を現行犯確保しているワーカーや、あと最寄りのKOBANから出動してきた、コップという拘束用の特殊なワーカーのカメラ以外は、ほとんど俺の着用していたアシストスーツのカメラのものだった。
パンデミックの、というか、サイトカインストームの影響のせいか、血管疾患を原因とする死亡例が増えてきたせいで、手錠のような圧迫を与えるものは身柄を確保する手段としては健康リスクが高いという意見が強くなったために開発されたというコップの、その名の通りというべきか、昔々なユニバーサルデザインではない電話ボックスぐらいの円筒形の拘束体に放り込まれて喚いている容疑者の姿もばっちりだったのは、まあいい。
ドアをこじ開けた途端、花粉症のせいか、鼻水だーだーで涙目な萩原くんの顔が突然どアップになったせいで、友人の二人はそれぞれ酸欠になりそうな勢いで笑うわ、変な音を立てた高校の先生方を含めた大人たちは、吹き出すのをこらえるのに口元を歪めて目をそらすわという大惨事になったのだ。
……うん、あの時は緊迫した状況だったから俺もちょっと気が抜けたぐらいだったが、よく考えなくても吹いて当然だったな。あれは。
「あー……萩原さん、簡単に印象をお願いします」
「あ、はい。あの日おれ…私はかなり注意散漫だったと思います。この時期花粉症の症状が酷いんで、薬を飲んでいるんですが、なかなか鼻水とかくしゃみが止まんないのにぼーっとするんで。あれ」
ずっと顔を隠してぶつぶつ言っていたサク、いや萩原くんは、ようやく身体を起こして話し始めた。視線が下を向いたままなのは、まあしかたがないだろう。
「油断もなかった、とは言い切れません。県警への協力申し出をしていたのだから、自分が狙われる可能性も考えにいれてなきゃなんなかったかと。でも狙われたのがまだお、私で良かったと思っています」
「言葉使いは、喋りやすいものでかまいませんよ。『おれで良かった』というのはどういう意味か、もう少し詳しく説明してください」
「あ。はい。アシ……浅野さんとコンタクトを取るのは、おれら三人のうち、その時々で都合のいいやつが行政エリアに出向いてやってたんで。もし拉致されたのがガク……学だったら、最悪だったなと。抵抗するしない以前にショック症状を起こしてたかもしれませんから」
ディスプレイの中で、巡察部長も学校関係者たちもうなずいた。倒れるく…江尻君が人間恐怖症だという情報は共有いるのだろう。
苦笑した。確かに過呼吸ぐらいは簡単に起こすだろうな。
「身の危険は感じましたか?」
「正直、あんまり。スタンガンってのも視界の外で使われたみたいで、身体が硬直したと思ったら動けなくなって、荷物みたいに車内に押し込まれて、後部座席へ放り込まれただけですし。そしたらロボットアームに拘束されました。腕が動かせないのに困ったんですけど、そんな乱暴でもなかったですね」
「脅されたりは?」
「静かにしろ、ぐらいは言われましたけど。守れそうになかったんで」
どういうことだろう?
「おれでよかった、というか、おれが花粉症だったのが、よかったってこととも関係するんですが。車内に引きずり込まれた時に、ゴーグルディスプレイが割れて落ちたんですけど」
サクくんは上を向いて苦笑した。
「なんか犯人?の人の服に、花粉か何かが大量についてたみたいで。言うこときかなくなってた身体がようやく動くようになったと思ったら、もう、咳くしゃみ鼻水連発だったんです」
あの顔面崩壊な大惨事を思い出したのか、ぶふっという音がどこかからした。たぶん誰かが決壊したんだろう。
副作用でぼーっとするのも、効き目が薄いのも、おそらくは花粉症の薬も子ども用だからだろう。
今の成人用の薬の多くは分子構造を計算して作られる、いわゆる分子標的薬に近いものになっていると聞いたことがある。
抗生物質などが効かない、いわゆる薬剤耐性種といわれる細菌やウィルスが増加し手に負えなくなったためという側面もあるとか。
それだと副作用がかなり低減されるらしいのだが、新薬というのは信頼性というものがどうしても低い。治験にかかった時間と使用人数の差から、子ども用には昔ながらの薬が使われると聞いたことがある。
「そしたら、感染症の症状だと思ってくれたみたいで。勝手にパニック起こしてくれて」
へえ?
「窓を開けかけて閉めたり、おれとの間に隔壁降ろそうとかいろいろ操作したり。注意がそれて、こっちにそれ以上何かしてくるってこともなかったのは助かりました」
そりゃあ誘拐実行中に、窓を開けちゃまずいわな。
しかし、そんな恐慌状態で、よくまあ事故起こさず自走できたもんだ。
たしかにヨタっちゃいたが。よっぽど運転技術があるのか、それとも単なる幸運か。
「画像を見てもらってわかるように、我々は萩原さんが車内へ引き込まれてから確保に至るまで、何があったか把握できていません。より詳しく説明してもらえませんか」
「わかりました」
サクくんは時系列を行きつ戻りつしながら、何があったかを説明した。
咳やくしゃみのたびに悲鳴を上げながら犯人が車を走らせていたこと。
顔を拭おうにも、ロボットアームによる拘束から抜けられず、できなかったこと。
白いライトバンは、外見こそどこにでもある貨物運搬車両といった雰囲気だったが、電磁シールドだけでなく、介護用のロボットが搭載されていた。
認知症の症状が強く、攻撃傾向のある人や精神的に病んでる人が暴れたり自傷したりするのを防ぐため、介護ロボットには拘束機能が備えられている。
おかげでサクくんも、俺がドアを開けた時には肩腰腹と複数箇所を拘束され、まるでR指定ジェットコースターの乗客のように身動きがとれない状態だった。
まあ、ロボットは命令権のある人間の指示に従うようにプログラミングされている。アシストスーツのおかげで命令権があると認識された俺が拘束を解除させてから、サクくんにほれ、とローリングストックの中にあった旧式のマスクをやったら、なんだか顔がチクチクするんですけどと文句を言われたりもしたものだ。
「身の危険は感じましたか?」
「正直、あんまり。スタンガンってのも視界の外で使われたみたいで、身体が硬直したと思ったら動けなくなってた、という感じです。その後は荷物みたいに後部へ放り込まれただけですし。ロボットアームに拘束されて、腕が動かせないのに困ったんですけど、そんな乱暴でもなかったですね」
「脅されたりは?」
「静かにしろ、ぐらいは言われましたけど。くしゃみと咳で守れそうになかったんで」
サクくんの言葉に、苦笑の気配が広がった。
そういやサクくんの本名を知ったのも、彼の安全を確保したところでだったか。
俺とサクくんは県警から差し向けられた無人パトカーに乗って、行政エリアまで戻ることになった。帰るまでが遠足ですとか巡察部長のコメントがついていたが、そもそも現場検証は各種センサを搭載した警察の専用ワーカーが蟻のようにわらわらと解析しているのだ、俺のようなエクストラオーディナリーの出る幕もない。てか下手に踏み荒らす方が問題だ。
道中、ここまで来て本名を隠す意味も薄いと情報を交換したのだが、サクってのは萩原朔太郎から来ているのかなとか、アシさんは名前が亜由夢だからですかとか、まぬけた会話が警察のログにも残ったことだろう。まあいいが。
そのままサクくんは病院へ送り込まれた。誘拐手段として使われたのがスタンガンだったので、身体への悪影響や負傷を懸念されてのことらしいが、彼にとって一番の災難はスタンガンによる攻撃そのものより二次被害だったようだ。二つ目ですよこれと割れたゴーグルディスプレイを情けなそうな顔で見ていたが、たぶん補償はしてもらえるだろう。




