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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第七章
31/48

王様の耳はロバの耳と鳴るは葦笛

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

「お久しぶりです、浅野さん。先日は失礼いたしました」


 全然失礼したと思っていなさそうな謝罪から、二度目のコンタクトは始まった。


「はい、失礼をいたされました。今回は小早志さんとより建設的なお話ができることを望んでおります」


 鉄面皮な微笑を返せば、むこうの微笑みの下にはなにかがぼこりと動いたようだった。

 よほどに、圧倒的な強者としてアドバンテージを取る交渉事に慣れているようだ。

 確かに高級官僚でしかも女性とあっては、かなりの優位にあるのだろう。

 それが、ノマドとやりとりをするのだ。最初のやりとりで見せた驚きの表情は、たぶん何割か真実だ。

 ノマドならば人口再生産推進庁にコネを作るために多少の不条理は呑んで当然。

 そう思うのも無理はない。

 だが、それが通用しない人間もいるということを思い知らせてやる。


「では、ご提示できる報酬はお決まりでしょうか」


 前回の中断地点から進めてやろうとずばりと切り込むと、しっかりメイクに彩られた顔は失望したような色を浮かべた。

 

「まずは浅野さんの方で、ご希望をお示しいただけませんか?」

「とは?」


 探り出す手順を一気に省いてきたのは。


「浅野さん御自身が望まれないものを提示しても、時間の無駄にしかなりませんでしたでしょう?」

「ええ、まあ。私にとって価値がないものをお示しいただいても困りますので」

「以前はわたくしどもの方で提供できるものの中でも、もっとも価値あるものをご提示したつもりでしたが」


 新しい生命に価値がないとでもいうのか、とでもいいたげな視線に、俺は溜息をついた。


「私にとって、生命は報酬にするものではないというだけのことですよ。もちろん、人口再生産推進庁の方にとって、新たな国民の生命は、御自分の管理下にある国家の資産であり、成長により新たな消費者であり生産者となることを期待する、持続可能産業経済的拡大再生産の要素でもあるのでしょうが」


 あのパンデミックの中をなぜか生きたまま抜けることができた、俺にとっては組織や社会の歯車とは違う意味があるだけで。

 

「では、浅野さんにとって、命はどのようなものなのでしょう?」

「命とは授かり、価値を見失い、失ってようやく再発見し、後悔するものですよ」

「……お子さんが、いらした?」

「どうしてもそっちの方向に持って行きたいようですね」


 俺はふたたび溜息をついた。

 たぶん表情は抜けきっているだろう。


「すでにお調べのことと思っていましたけどね。私の認識している限り、私の子どもはおりませんよ」


 国民の四大義務の一つとして提供した精子で、『生産』された人間はいるかもしれないが、それは俺の知ったこっちゃない。

 隔離施設の中では、不純異性交遊などできるわけもなかったし。

 そもそもだ。

 

「フーディーに卸す食料品をいじくれば、その近隣に基点を置く人の夕食は、かなりの確率でメニューを同一化することができるとか。ですが、そのような狙いの元に操作されていると知れば、人間はわざと同一化をはずす方向に動くという行動実験があるそうですね」

「それが、何か?」


 本気で分からないという様子の表情に、ひょっとしたら超高精細な3Dで作られた顔のデータをAIが操作しているんじゃないかという気分になったのは、それが感情のありかたに関わることだからだろうか。


「不経済活動へ向かう動因を、ただのへそ曲がりと捕らえるべきではないということですよ」


 そう、どうにもこの交渉に消耗するのは、目的に合致させるための力技がすぎて、感情を逆撫でし、ねじ曲げるやり方に反発しているからなのだろう。

 だからといって、ぶち壊すわけにもいかないのだが。


「では、なぜ羽立澧(はだちれい)の作品をお調べになのでしょうか?」


 そんな疑問が出てくるということは。

 

「何かあるんですか」

「あ、いえ。浅野さんがご存じでなければかまいません」

「……そうですか」


 あえてつっこみはしない。

 つっこませておいて、逃げ道を塞ぐという罠は交渉にも機能する。

 俺は話題を変えることにした。

 

「そうそう、以前にお伝えした子どもたちの安全確保については、どのような進展がありましたか?」

「『羽立澧を調べると狙われる』、でしたか。ええ、文教地区で不審車の目撃情報は確かにあったそうですね」


 さらっと言うが、それはしっかり県警なりに情報を得るだけの繋がりがあるということか。


「警戒は強められたそうですが、それだけでは危険は排除されないようですね」


 困ったことに、などと頬に手を当ててつぶやくわざとらしさ。


「文教地区の安全を確保するために、協力者は多い方がいいのですが。これも何かのご縁ですから、浅野さんにもご協力をいただけると助かるのですけれど」

「……その話、誰へ最初に持ちかけましたか?」

「さあ」


 にっこりと元祖鉄面皮な微笑を返されて、俺は内心ひきつった。

 この分だと、サクくんたちにも同じ事を持ちかけていることだろう。

 使い道としては囮か。

 そしてディスプレイの向こうは、侵入不能な女性居住エリアだ。このまま高みの見物を決め込む気か。

 そうはさせるか。

 

「それは困りましたね。囮となった人が未熟な場合、本当に何を取られるかわかったものではないですから」

「ええ、本当に困ります」

「そうでしょうね。……例えば、他校との交流記録などと言うものが流出したら、傷つく人は増えるでしょうね」


 そう言ってやると、ディスプレイの向こうは彩色された能面のようになった。

 ソウくん曰く、『水着というよりも紐』しか身につけていない、未成年女性の画像などというものが本当に流出したら、確かに被害は並大抵のことではないだろうさ。

 他人事のような顔などしてはいられまい。

 

 巻き込む気ならば巻き込み返す。

 遠距離からの一方的な状況操作なんてさせるか、たとえ交渉上であろうが同じリングに上った相手だ、徹底的にインファイトの殴り合いから逃がすものか。


「申し上げますが、私はただの行旅人にすぎません」


 だから囮として使い捨てにもできると思ったのだろうが。


「そう、……いくばくかの情報を握っているだけの、一人の行旅人にすぎません」


 最終手段で強制執行、ソウくんたちに渡した情報を抜けばいいのだろう、そう考えているのかもしれないが。


「私だけが握っている情報も、人脈も、ほんのわずかなものにすぎませんのでね。ここはぜひとも、行政組織の方とじっくりとお話をさせて戴いた上で、協力をさせていただこうと思います」

 

 彼らしか持っていない情報もあるだろう。俺しか握っていない情報があるのと同じだ。

 彼らも、俺も、どちらも権力の力でしっかり守ってもらおうじゃないか。

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