睨まれた蠢動
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
リモートでとはいえ、学校というものに通うようになってからたぶん初めての女性とのコンタクトは、そんな昔話から始まった。コンタクトが生まれて初めて、と言えないのは、女性居住エリアなんて、サロゲート期までの幼児は基本的に男女混交で育成されるからだ。
逆に言うならサロゲート期までの幼児しか男性は女性居住エリアで生活するどころか滞在、いや立ち入ることも簡単にはできやしない。会話がぎこちなくなるのも当然、だからこそ小早志さんはアイスブレイクに共通点を探して、単純な昔話をしたつもりなのかもしれない。
けど、本題はおれらの探究学習だったりする。
「南天高校のみなさんも探究学習で羽立澧を取り上げられたんですよね。梗概を説明してくれませんか?」
「あ、はい」
ソウが立ち上がるのにあわせて、おれはプレゼンデータをアクティブに変えた。ようやく花粉症の薬がちょっと効いてきて、少しはまともに頭が動くようになった気がする。
プレゼンといっても内容を固めておけば、文章の読み上げもデータ操作も手分けしてやれば簡単にできることだ。だったら三人の中で一番インパクトと図体のでかい人間が前に出てやればいいというので、上背のあるソウがメインに出ることになっている。
なんでおれらの探究学習がこんな大事になったかというと、すべては金策のせいだ。
もともと、ビフォアの時代から、子ども絡みのイベントってのは話題や経済活動の種になるのは変わっちゃいないらしい。ウィズの今となっては、学校が地域経済にいっちょかみしてるのは当然のことなんだが、どっかの企業や地域の経済団体だけじゃなく、自治体にもがっぷりくいこんでいるらしい。それもおれらの想像を遙かに超えたレベルで。
探究学習の情報を自治体とも共有していいかーという長谷川せんせの質問に、三人共にハイと素直に答えたのが許諾になってたらしい。
まだ骨子どころか骨組みすら固まっていない内容を流すなよというか、活湖市のPRやオンライン観光に使おうとするなよというか。
おれはこっそり呆れていたが、ガクに言わせりゃまだライバルが出てこないうちの青田買いだろということらしい。おれらがこけたらどうする気なのか。
まあ、こけないようにサポートはしてくれるみたいだし、懸案だった金策もどうにか回りそうだというめどがついたから、そこまではいい。
問題は、なぜおれらの探究学習の話が女性居住エリアにも回ったかってことだろう。向こうは向こうで自治組織が国単位というか、自治体とは別枠で存在している。それもかなり独立性が高いものだってのに。
だけどたまたま女性区の高校でも羽立澧に関心を持ち、研究対象にしていた人がいたんだそうな。それが高端さんだ。
おれらの作品から切り込んでくアプローチに対し、むこうは羽立澧の人物像から迫るアプローチだという。
「それじゃ高端さんは、羽立澧が個人のハンドル的なものと考えてるんですね」
「実質的にはそうです。黒鳥豊が羽立澧と名乗って創作活動を行ったというのが、わたしの仮説です」
はきはきと高端さんは答えた。
「もちろん、資金援助や資材確保などの協力者はいたと思います。けど羽立澧の遺したと言われる作品には統一性がありますから。複数の人間で仕上げたようには見えません」
あんのか統一性。素材も形も大きさも、設置場所すらバラバラなのに。
「それにはたぶん当人の考えがあったんだと思います。それも模倣人格を構築できれば、喋ってくれるんじゃないかと期待しています」
高端さんの探究学習は、調査と実証に基づくレポートメインのおれらとは違う。
なんと、模倣人格をAI上に構築して、生前の羽立澧に近づけることで疑問を解決しようというのだ。
いや、確かに本人に喋ってもらえるんなら、情報収集は簡単なのかもしれないが。最初に聞いた時は三人揃って「「「まじか」」」と言ったくらいだもんなあ。どこまで再現できるんだろう。
「けれど、わたしの研究には大量の情報が必要なんです。ここで入手できる情報はほとんど使いました。けれど女性居住エリアの外の情報は、どうしても入手するのに限度があります」
だよなあ。おれらだって現地取材を自由気ままに敢行してるアシさんに情報をもらえてなかったら、羽立澧作品が巨大な笛かも、なんて考えもしなかっただろう。
「そこでお願いがあります」
高端さんが真面目な顔になった。
「お、いや、ぼくたちの持ってる情報を渡せってことですか」
ずいぶんと虫の良い話、というか図々しい話だ。おれらの地道な努力を根こそぎ持っていくつもりかよ。
けれど画面の向こうで女性は二人とも首を横に振った。
「南天高校のみなさんがお持ちの情報は確かに欲しいです。けれど、探究学習は自分でやるものです」
そりゃそうだ。
「ですから、情報源の情報を教えてもらえないでしょうか?」
「えーと……お、ぼくたちが使っている参考文献をお知らせすればいいんでしょうか?」
「それだけじゃありません」
きっと頬が直線になった。
「情報をみなさんに与えた人も紹介してほしいんです」
「外部協力者が、いらっしゃるのでしょ?」
一切目の笑っていない小早志さんが挟んだ口を吊り上げた。
ソウがすごい勢いでハセンを睨んだが、モニターの影に立っていたハセンは首を思いっきり横に振っていた。
……ハセンが嘘をついてないとするなら、女性区は独自の情報収集ルートを持ってるってことか。
「もちろん、ただでとは言いません。情報の対価は情報で差し上げましょう。現存しない羽立澧作品のデータはいかがですか?」
ソウがおれとガクを振り向いた。
確かに、羽立澧作品の中には失われたものが複数ある。あの都市伝説のせいだ。
埋蔵金の地図や手がかりが、いや資産そのものが作品の中に隠されているのではないかと考えた人が調査と称して破壊したものについては、残念ながらデータが乏しく復元を諦めていたのだが。
「いかがですか?全周囲から撮影した画像データが遠近さまざまあるのですが」
それは、喉から手が出るほどに欲しい。
だが。
「ちょっと、待ってください」
「なんでしょう?」
嫣然と――というのだろうか、ただただにっこりと、罠にかかった獲物を見る目で――見返してくるディスプレイ越しに、おれはこっそり歯を食いしばった。
「本人の同意なしに個人情報を第三者に伝えることはできません。また協力や接触を拒否されることもありえます。ですから、コンタクトを取りたいということをお伝えして、本人の意思を確認してからお返事をさせて欲しいのですが」
我ながら苦し紛れの逃げ口上。だがそれに高端さんも笑顔になった。
「では、みなさんに外部協力者は『いる』ということでいいのですね」
「……ええ」
ソウがハセンを睨みつけた時に、とうにその情報は抜かれていただろう。
だが、おれたちにすら距離を取りたがるアシさんを面倒事に巻き込んでしまったという思いがどうにも苦く、なかなか消えようとはしなかった。




