草木萌動
本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。
黄色い朝の陽射しにはうんざりとする。
黄砂が大量に吹きつけてくる季節は暗いからだ。
ようやっと雪雲が低く垂れ込めていた冬模様から、じわじわと高さを増し、春らしくなっていた空が、あっというまに閉塞的なものへと逆戻りしていく。
寒さが緩んできたのはいいが、こんな時期に限って、黄砂を重くして地上に叩き落としてくれる雨はなかなか降らない。
風は乾燥した空気はやたらと強く叩きつけ、見通しを悪くしていくばかりだ。
予測不可能な明日への。
その日、おれらはかなり緊張していた。
「いやな風だな……へっ、ぢゅっ、へじゅっ」
「だなって、おい。大丈夫かよ?」
くしゃみを連発したとたん、ソウは呆れた声になった。
「サクお前休んだ方がよかったんじゃね?基点からつなぐとかでもいいけど」
「いや、だってガクもちゃんと来てるのに」
「固まってるけどな?」
振り向けば、ガクは机の天板に貼りついていた。花粉症ではないはずなのに、なぜかかけてきた黄砂ゴーグルを外しもしないで、息をしてるのか心配になるほど身じろぎ一つしない。
「おーい、ガクー?フィルターかけるか?」
人間恐怖症の症状が出ているのなら、人の姿を視界から排除するだけでも少しは楽になるはずだ。自動的にアバター変換してくれるものの中には、それなりに人の形を隠せる物があったはずだ。確か光るマリモみたいなやつも。
「い、いや、大丈夫」
顔色が大丈夫じゃないくせに、かたくなな顔でガクは首を振った。
「オレらはチームだし。ソウとサクだけに押しつけらんない」
「……ったく。しゃーねえな」
ソウはがしがし頭をかき回した。そのせいでせっかく真面目風味に整えてた髪がいつものぼっさりに戻ってしまっている。
「具合が悪くなったら強制リタイアだかんな」
「わかってる」
ぎくしゃく頷いたのを確かめて、おれはハセンによろしくと校内メッセを送った。
しばらくして、ヨームと呼ばれている校内用ワーカーが、キャタピラの音を立てて廊下をやってきた。よし、いざとなったらヨームに横抱きにさせて医療処置室に放り込んでやる。
「てかサク。お前はどうなんだよ?黄砂ゴーグル効いてないぽくね?」
「多分。薬はさっき飲んだ」
自分の鼻と目が赤く水っぽいのはわかってる。二人ほど緊張を感じていないのは、薬のせいで少し頭がぼうっとしているせいもあるんだろう。
パンデミックで人間の数が急減してからこっち、アレルギーテック、サイコテック、フェムテック、フードテックといろんな技術が進んできた。人間の身体面精神面のあらゆる問題を解決することで、日常生活を安心安全に送ることができるように、ではない。問題による経済的損失の発生を防ぎ、生産性を高水準で維持するためにだそうだ。
あいにくと成人でないと適合しない技術が多く、おれら18才未満の人間にはあまり恩恵が感じられない。
未発達な身体に適合しない技術が多いとかいう理由よりも、生産性に貢献する割合が低いからという理由のせいなんじゃなかろうかと勘ぐってみたくもなる。
緊張した顔なのは、機器の接続チェックを終えてやってきたハセンもだ。
自治体からコンタクトがあっただけならここまでオレらも緊張はしない。というか、もう自治体からのコンタクトはすんでいる。
時間きっかりにディスプレイに映し出されたのは――髪の長い人物の顔だった。おれは唖然とした。
「南天高校のみなさん、おはようございます。人口再生産推進庁関東北陸東北総局男女交流支援部の小早志と申します」
「おはようございます、初めまして、翠原高校1年高端瑞月です。男性と直接話をするのは今日が初めてです。今日はよろしくお願いします」
「……おはようございます。南天高校1年萩原隆之介といいます。女性の方とお話をするのはおれ、あいやボクも同じです。よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げたついでに、ソウの机にわざとぶつかってやる。それでようやく我に返ったんだろう、おれが座ると慌てたように立ち上がった。
「おはようございます!同じく南天高校1年新居壮大です、あともう一人は江尻学といいます。よろしくお願いします!」
「らくになさってください」
にっこりと小早志と名乗った女性は微笑みを作ったが、目が笑っていない。まじまじと珍獣でも見るような顔でディスプレイを見ている高端という高校生とは、対比というか落差がすごい。
「すいません、どうも緊張して……」
「思ってたより人間でしょ?」
あっさり言い訳は斬り飛ばされた。高端さんもこくこく頷いた。
「わかりました!わたしも、先輩から『男性はしゃべる二足歩行の猛獣だと思え』って言われましたけど、そんなことないですもんね!」
ってオレらはヒグマかよ。人間だっての。
ぶっとんだ言葉だが、気持ちはわかる。
人間、自分と同じと認識したもの以外は簡単に同じ人類という認識からも弾き出してしまうというのはこういうことか。確かに、女性というのは、おれらより華奢で、小さくて、うかつに触ったらら砕けるガラスの細工物かのようにいつのまにか俺も錯覚していた。
だが、ディスプレイ越しに教室のものを見た感じ、高端さんはぶっちゃけガクよりも身長は高いし、体格もしっかりしているかもしれない。さすがにソウより身長は低いが、同じ人間だということはよくわかる。
ただ、ようは、偏見というのはなかなか認識の枠組から抜けないってことだ。不合理な差別が消滅しないわけだ。
話はパンデミック期における生存者保護と隔離処理に遡る。
男女が混在した隔離施設では、次々と問題が勃発した。簡単にいうなら性犯罪というやつだ。
死を意識すると種の保存のため性欲が増加すると、したり顔で解説した生き残りというより死に損ないもいた。最寄りの他者である異性に憎悪が向いたためのヘイトクライムだと解釈する知識人とかもいた、らしい。だがただの暴行や傷害ではない被害を――亡くなった人も相当数出たらしい――正当化することはできなかった。
今、おれらの視野に生きている女性が入ることは、たとえディスプレイ越しでもほとんどない。
ただでさえ生産性を保つために国民に健康を維持する努力義務を課す国々が増えている。そんな国が犯罪を、それも次世代の人間をダイレクトに減らすような性犯罪を起こさせるはずもない。
そう、犯罪を起こさせないためには、犯罪が発生する状況を徹底的に潰せばいいというわけだ。
おれらが特定の異性へ恋をするには、平安時代以上の難関が待ち受けているとは、古典文学の授業で言われたことだったか。
噂を聞くことすら難しい十重二十重の警戒態勢が敷かれているせいだ。
といっても、別に、相手が茨の城の中で眠っているわけでも、電流を流した鉄条網やバラ線の壁があるわけでもない。
そこにあるのは物理的な距離だ。
活湖市内にも女性の居住エリアはあるというが、今もディスプレイの中の背景が戸外の様子がまったくわからないようにされているように、位置は完全に秘匿されている。男性の生活エリアからは基本たどり着けないようになっているというのも有名な話だ。
公共交通機関は存在しないし、AI完全自動運転車を使用したら確実に途中で停止する。自転車でも一日以上かかる距離がある上に、中間エリアはガーディアンと呼ばれる特殊なワーカーが動いているという話だ。
そこまで女性の隔離保護政策が厳重になったのにはわけがある。女性の生活エリアには人口再生産施設――早い話が妊娠から出産に、加えて国家事業化した育児に関する施設が含まれているからだ。
万が一にでもテロの標的とされたら、マンパワーは弱まり、国力は落ち、数十年後の国際経済面から確実に沈んでいく。ソフトターゲットのままではあまりにも危険すぎる。
万が一にでも女性居住エリアに不法侵入したならば、国の、いや人類の未来にかかる犯罪をおかしたとして重懲役――殺人と同程度、いやそれ以上重い刑罰が科せられることになっている。
仮釈放は認められず、受刑者は様々な技術開発に必要な実験体やテストベッドとしての役割を求められる。技術開発協力要請については一応拒否の余地はあるそうだが、一度でも拒絶すれば死ぬまで出てくることはできない。
これに対し人権団体がデモを行ったこともあるが、男性差別と叫ぶ声は性犯罪被害者のうち9割以上が女性、その6割以上が30代以下というデータの前に消えた。
今では被害者の人権を無視して危害を加えた、ないしは加えようとした人間に、人口の拡大再生産プロセスを妨げ、人類の未来を悪化させた人間に、無辜の人間と同等の人権を無条件に認めるべきと主張する声はほとんど聞かれない。刑罰の軽重を裁定しうるとしたら、それは現在の人間より大きな被害を被るだろう未来の人間が決定すべきということで、高校で最初の公民の題材として取り上げられ、全国の高校生の判断が法解釈にも反映されることになっている。
今のところ、『罪には罰を。既存の刑罰にはすでに人権制限が含まれている』ということで、この重い刑罰に関する司法判断が変わったことはこれまでないというが。
「それでも入り込む者もいますしねえ……」
小早志さんは嘆息した。
好みの女性に自分の子どもを産ませたい、そう考えたカスが無駄な根性を見せて女性居住エリアに忍び込んだことが十年ほど前にあるそうだ。立派なバイオテロだろう。
そもそも現在出生数の大半は人工子宮からのものであるってことは、おれら高校生でも知ってることだ。
もちろん女性が自分の意思で出産することは当然の権利だが、妊娠や出産には大きな身体的負担がかかり、おまけに死亡リスクもある。単純に人口を拡大再生産させようとしたら、体外受精卵を人工子宮で育成するのが一番負担が少ないのだろう。
おかげでというか、パンデミック下においてもバーステック開発はかなり強力に推進されたという。
十年前の侵入者は、警戒が厳重な人工子宮の管理施設にも女性の居住基点にも入り込めず、子どもたちの生活するサロゲート施設の一つに忍び込んだ。たまたま自立を学習しはじめていた子が閉め忘れていた窓から侵入して。
「その時被害にあった子どもが……いえ」
さすがに話しすぎたと思ったのだろう。小早志さんは話を切り替えた。その方がありがたい。
おれもサロゲートに育てられていたとき、いっしょに生活していた子どもたちがいたのは覚えている。だから、なんとなく想像ができてしまうのだ。これ以上は考えたくない。
今作を書き続けて一年が経ちました。
まだパンデミックは終熄する気配を見せませんが、少しでも良い明日がありますように。




