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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第五章
20/48

お金がない!

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

「よー」

「うす」

「おー、ってガク。探究学習ミーティングに時間空けろって、なんだよ」


 今日も実技の授業はない。ない日は基本的に三人とも、それぞれの基点から学校サーバに入ってそれぞれの適性や進め方に合わせて勉強していたりする。

 定められた時間内に予定の学習内容を終了させればいいのだから、別に昼に入ろうが深夜に勉強しようがいいだろうとおれなんかは思うのだが、大人はそう考えてはくれないようだ。

 未成年者の発達段階の途中にある心身の健全な成長のため、正しい生活習慣と学習習慣を融合して身につけようとかいうなんだかよく訳の分からない理由で、午前中のコアタイムの間は接続していないといけない。無断で休んでいるとサーヴィーがバイタルチェックを30分おきにしにきたり、場合によっては基点に先生が直接やってくることもあるので、小心者のおれとしてはさぼるなんてことは考えもつかない。

 だからまあ時間を取れというならわりと簡単に取れるのだが、前日には「都合いい?」と確認してくるガクにしては、メッセージの飛んでくる時間が珍しく遅かった。


「悪い悪い。オレもそろそろ昼飯なんにしようかとか考えてたんだけどなー」

「メニュー決めたん?」

「朝のご飯と味噌汁がまだ残ってるし、あとはさくっと生姜焼きして丼にしようかなとか」

「うまそうだな、おれもそうしようか、って鶏肉しかねえや!あと小松菜と人参」

「フーディー行って椎茸でも調達してくれば治部煮ができるんじゃね?」

「昼休みがなくなるわ!そーゆーサクはどーすんだ?」

「ガパオライス。調味料がちょうど切れててさー、フーディー行ったらなぜかそれだけ安かった」

「「あー」」


 納得したようで、ふたりもいつもより3mほど遠い目になった。

 なぜかフーディーはたまに攻めた品揃えをすることがある。ほっとくとどんどん安くなるので、おれら未成年者の目もどんどん磨かれて、底値を見計らうのがうまくなっていったりもする。世知辛い話だ。


「ま、腹の虫が鳴く前にサクッと話だけしとかね?」

「うい。じゃあ言い出しっぺなオレから」


 しゅたっとディスプレイの中でガクが手を上げた。

 

羽立澧(はだちれい)作品関係のデータな、設置してあった向きや角度はなんとか出た。だけどその地点の風向風速データっての、ピンポイントで録ってるところが少なくてさー」

「てかピンポイントで録ってるようなとこ、あったんだ」

「跨線橋上が一箇所だけ。気象条件一緒くたにして計測するのに、風向風速計が組み込んであったみたい」


 なるほど、それは納得だ。


「とりあえずそこのデータを加工してみようかと。あと、3Dデータも1つ作ってみた」


 ほれ、と表示されたのは画像から凹凸を検知して3Dに変換するアプリを使ったのだろう。若干細部が荒いが、十分特徴が出て着る。

 だがくるくる回していて、おれはあることに気がついた。


「おい、ガク。これ穴開いてんぞ」


 彫像にはいくつも穴が開いている。それはたしかだ。

 けれども画像から3D変換するとき、大抵の穴はただの凹みにされてしまうことが多い。何もない部分を影と認識してしまうためだ。

 けれどもそういったぽんこつ変換がまったくないのは、逆に奇妙だ。


「そりゃそうだよ。そのためにむっちゃ苦労したんだもん。動画で360度撮って、静止画像も100フレームぐらい撮ってさー、空洞の中にもカメラ入れたし。てっぺんとか大変だったんだぜ?」

「って、彫像公園また一人で行ったんかいお前は!」


 ソウのツッコミにぷうとガクは膨れた。

 

「だからあ、ちゃんとサーヴィー連れてったって」


 倒れたときのバックアップかよ。


「ていうか倒れることを想定するようなことをすんなっての!」

「まったく同じ事を言うのも芸がないから言わんが、おれもソウに賛成だな」

「だったら、ちゃんと仕事を寄こせよー」

「だから、やってんじゃん」

「お前らのアシストなきゃできない仕事じゃん?」


 ガクはいじけた声になった。

 

「おれらってチームじゃん?お前らは一人でできる仕事をずんずん進めてるのに、おれだけ助けてもらわなきゃならないってさあ、サロゲートにくっついてる赤ん坊みたいですげえみっともないんだけど」

「……別にそういうわけでもないんだけどなあ」


 ソウは頭をがしがしと掻き回した。

 でもガクがそう思ってるんなら、それはガクの中での真実になってしまう。というか、なっているんだろう。

 だったら、ちょうどいい。


「んじゃ、オレの方からもヘルプー。お金がありません!」

「は?!」

「何それ?」

「ものづくりステーションの使用料金なんだけど、めちゃくちゃ高くってさあ」


 ぺいと二人にデータを飛ばす。 

 もともとほんとに彫像が鳴るのか確かめるために、3Dデータをもとに模型を作る予定ではあった。

 だけど、学校に3Dプリンタはない。しかたがないのでものづくりステーションを探した。

 すべてコワーキングスペースに付属しているタイプだったんで、いやな予感がしてたのだが。


「いやー、どれもこれも自営企業御用達って感じだな」


 大人、それも企業が使うことを前提としているのだ、そりゃ料金が多少高くても使えるユーザーしかいないんだろうが。


「うん、おれらに用意できる金じゃねーな。無理だわ」


 きっぱりソウが言い切った。


 実物にするには金がいる。大きさを等倍にするならもっと金がいる。素材も同じにするのは死ぬほど金がいる。

 それは知っちゃいたんだが。


「データ加工でお茶を濁すってのもできなくはないと思うけどなー」

「サクとしてはしたくはないと」

「んだんだ」


 おれはうなずいた。

 VR技術は基本的に視覚優位なので、音響などそれ以外の感覚情報はわりと後回しにされやすい。

 そのせいでほぼ一般人なユーザがいじれるものは作曲用のものが多く、今おれたちがしようとしているような「3Dデータをもとの素材で作成した場合、どのような音が出るのか確認する」なんてことができるものはほとんどない。

 プロが使うような機材やアプリだったらできるのかもしれないが、それだってどれだけ金がかかることか。

 

「じゃあ、別の相手に金を出させりゃいいんじゃね?」


 は?


「ガク。どっから金を出させる気だよ」


 ソウが呆れた。


「探究学習だから学校から引っ張れると思ってるとか」

「ナイナイ。金がないのは自治体レベルでないんだから。ま、自治体相手ならたぶんやりかた次第でうまく引き出せるだろうけど」

「「まじかい」」

「まあねー。だけど、それにはおれらが起業もしてない高校生ってことがネックになるだろうね」


 だよなあ。


「じゃあ、どーすんだ?」

「オレが今ぼんやり考えてるのは、個人に出してもらうってあたりかな」

「個人って、いやでも出してくれるような人っているかあ?」

「直接出資してくれるような人はいないだろうね。でも数秒の時間ならわりと簡単にくれる。その数秒を金に変える」

  

 この世界の経済は壊れている。そう言ったのはパンデミック発生期を知るアシさんだった。

 経済的活動の維持を掲げてとうとう既存の社会の在り方すべてを崩壊させてしまった時点で、貨幣経済はある意味終わりを告げたんだろうと。

 確かに今おれたちが労働により得ている対価は金じゃない。住むための基点の確保だったり、衣服や食料だったりする。

 だけど、数秒の時間を金に変えるって。


「何やる気だよ、錬金術師」

「広告を打つ」

「はあ?」

「生活と情報でアフィリエイトってやったじゃん?あれをやんの」

「ああ、あれか」

 

 アフィはそのサイトに一定秒数滞在しているだけで報酬対象となるものがある。それをガクはやろうというのだ。


「踏んでくれなきゃ金になんないじゃん」

「だから、人が来るような仕掛けを打つの。おれらが羽立澧の謎を追っかけてること、解き明かすのに実験が必要なこと、実験に金が必要なことを訴えて」

「興味持つ人がいるかあ?」

「いるでしょ。ソウがインタビューした先輩とか」


 ほほう。


「つまり、ガクは宝探しってニュアンスも出せと?」

「ぜってー興味は引くと思うんだよね。あるかないかわかんない隠し財産とか」

「まあなあ、先輩も信じたいって言ってたし」

「だったら、おれらが解き明かしたら金寄こせって言ってくるやつって出てきそうだな」

「そりゃいるだろ」

「いくらかよこせってのも出てくるだろうね。だが断る」


 とびきり意地の悪い顔になって、ガクは笑った。

 

「だっておれらは『隠し財産があるかも』って夢を売ってやるんだぜ?代金は人生のうちわずか数秒、こんな格安な夢が現実になるわけがないじゃん?」

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