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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第四章
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冬の嵐

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 活湖の冬空は基本的に鉛でできている。

 蒼く、鈍く、重い雲に塞がれた暗い空の下を、ただ風だけが(はや)い。

 下町や住宅街といわれる地域は真っ先に老朽化した建物が解体され、最小限対面二車線の真っ直ぐな道路が縦横無尽に引かれた。そのせいで、微細な高低差や防風壁の役目を果たすものが街並みから消え、活湖を吹き抜ける風は一層強くなったという。

 残った建物の規模からは馬鹿げて見えるほど広い道幅は、被災時にドクターヘリや物資補給用の小型VTOLを下ろせるように、もしくは撤去された瓦礫の一時集積所としての用途が想定されているらしい。

 そんなだだっぴろく広げられた道を、雪というより小さな雹のような氷の粒と凍結防止剤の粒が、風に煽られ仲良く転がっていくのが、いつもの冬の風景だ。


 けれども、その日の朝は違っていた。


 一面ただ鉛色なのは変わらないくせに、ただどんどんと海側から内陸へ向けて空が動いている。基点の構造すら風で軋み、川沿いの発電用風車が支柱から外れて飛んでいきそうな勢いで回っている。

 唖然としているとゴーグルディスプレイが点滅した。


「『暴風警報発令。安全確保のため登校を中止せよ』?珍しすぎるだろ」


 幸い今日の授業はオンラインのものがほとんどだ。VRを使った実験は予約を延期にしておけばいい。

 学校サーバに接続すると、ソウからメッセージがすぐさま飛んできた。とっとと会議モードに入れという。

 おれたち未成年の場合、ゴーグルディスプレイの利用は日替わりポイント制だ。ポイントがなくなるとそこで使用終了となるのは、長時間の利用による目の酷使が心身の成長に悪影響を与えるのを防ぐため、とかいう理由があるかららしい。

 けれど、どっちかっていうと活用情報の監視目的もあるんじゃなかろうかとおれはちょっと疑っている。なにせグラフィックスにリソースを割いた、フラッシュ過多なゲーム画面ばかり表示していると、あっという間にポイント切れになるのだ。その上利用可能な情報が制限されている学校サーバからなら長時間使えるとか、疑ってくれって言ってるようなもんだろう。

 文字情報中心のフキダシマリスで喋るよりも、ディスプレイ越しとはいえ顔を合わせた方が話もしやすいから文句は言わないが。


「よー」

「はよっす」

「おー」

 

 体温などのバイタルを送ってから会議モードに入ると、途端に挨拶が飛んできた。いつもならソウもガクもわりと登校時間ぎりぎりにやってくるのに、突然の登校中止で時間の余裕ができたからだろうか。

 

「いきなりなんだよ、ソウ」

「ちょい見つけたもんがあったんで、共有しとこうと思ってさ」


 ぺいぺいと飛んでくるデータは、所属コードを見ればなんと学校に置いてあった古い地域史料だった。

 人がいなくなり、統廃合が重ねられることでかつてはきめ細かだった地域学習も範囲が広がるにつれて、ぬっぺらと、広く浅くなってしまったという話ならどっか、たしかサロゲートから離れてからすぐぐらいに聞いた気がする。

 そんなことがあったんだとも思わずにいたが、まさかその史料が学校に設置されたまんまだったとはね。

 地域学習を盛んにやってたってことは、各学校に学生の年齢対応な地域史料もあって当然ということか。盲点だったかもしれない。公共の図書館は、確かに深く掘り下げられてはいるのだが、もうちょっと読みやすいものがあってもいいと思っていたのは確かだ。


「てか、ソウも真面目に調べてたんだな」

「うん、ちょっと意外だった」

「待てやお前ら。オレのことなんだと思ってる」

「筋肉担当」

「筋肉かい」

「高いところの掃除には助けてもらってます」

「身長しか取り柄がねーみたいじゃねぇかそれ」

「じゃあ、お返しにこんなのはどう?」

 

 投げやりにツッコミ返したソウに、今度はガクがぺいぺいとデータを飛ばしてきた。羽立澧(はだちれい)の彫刻が最初に設置された場所のデータ、そしてなぜかおれたちのカリキュラムのデータだ。

 羽立澧を名乗った人間の本名は今でも知られていない。けれども彼がとんでもない資産持ちであり、そして突飛な発想の持ち主だったということは間違いがないだろう。

 彼は自分の彫刻を設置するために、市街地のど真ん中であろうと土地を買った。とはいえ、ほんの一平方mぐらいだろうか。

 これではたとえ道路予定地であろうと、撤去するにはそれ相応の対応が必要になってしまう。

 人手がパンデミック対応のために取られていたこともあり、動きの鈍い行政に対し羽立は素早くゲリラ的に、街中へ彫刻を増やしていったらしい。

 彼の彫刻が評価を受けた晩年期には、なんとある長大な橋の橋桁すら作品に組み込む形で設置したというから、すげえとしか言いようがない。

 

「これをさ、探究活動に設定するってのは面白いんじゃないかな。個人でやってもチームで仕上げてもいいみたいだし」


 探究活動ってのは、おれたちの学校にある風習で、なんというか卒業研究みたいなものだ。

 本当は二年から三年にかけて、たっぷりと時間をかけてやるんだが、そのテーマにどうかというのだ。

 

「ありかもな。羽立澧の彫刻とビフォアからアフターの地域史、あと風土的なもの」

「風土?」

「見てみ。この初期設置場所」

「固まってたり、そうかと思うとえらく遠いところにばらついてたりするよな」

「彫刻を設置するというのも人目を引くための奇行か、それとも芸術的なパフォーマンスなら、こんな人の少ない海岸近くには置かない、か。確かに羽立澧をメインに据えるのも面白いかもな」

「だろー?!」


 ガクが得意そうに反り返ったところで、アラームが鳴った。SHRの時間だ。

 自動的にディスプレイが三分割になり、ハセン(長谷川せんせ)の顔が現れる。


「よし、3人ともいるな」

「はよーっす」

「うぃーっす」

「おはよー……?先生、なんかありましたか」


 おれたちの前では目か口元か、どっちかが必ず笑ってるハセンにしては珍しい真顔だ。

 

「どうしたんすか、先生」

「どうしたは俺が聞きたい。お前ら、何やってんだ」

「は?!」

特生指(とくせいし)の話が出てるぞ。三人まとめてだ」

「へ?」

 

 おれは思わず呆けた。特別生徒指導、略して特生指はかなり厳しい処分を決定する前段階で行われるものだ。場合によっては謹慎どころか転学もありうる。

 

「いや、ちょっと待ってください!」

「なんかの間違いじゃないっすか!」

「身に覚えがないか」


 じろりとハセンは俺たちを睨み渡した。

 

「不適切人物との接触過多、だそうだが」

 

 わかるかと顔色をうかがうような視線に頭が白くなった。

 だって、それはたぶん、アシさんのことだ。アシさんは自由人だけど、でも、そんなことは関係なくいい人で。


「やっぱり、心当たりがあるんだな。よけいなことをしないほうがいいぞ」

「いやだって、オレらが会ってた人って、そんな、先生が言うような不適切な人物じゃありません!」


 ガクは必死に言いつのったが、分が悪い。

 

「そうか?」

「彼は発作を起こしてたおれを助けてくれた人です!」

「発作って人間恐怖症のか?なら発作の原因じゃないのか」

「いや、でも」

 

 ガクを黙らせたハセンは、これまで見たこともないような冷たい目で言った。


「不審者対応の原則その一だろうが。身元のはっきりしない相手との接触は避けた方がいいってのは」

「つまり先生は、勝手に相手を不審者扱いすると」


 ソウの声がかなり低い。


「ノマドだそうだな」

「ノマドだから信用ならないと。差別的判断って言うんじゃないんですかそれ。あんだけいっつもオレらに肩書きで見るな、多様性を受け止めろって言うくせに」

「限度ってもんがあるだろう」

「限度ってなんすか。何を先生が知ってるって言うんすか」

「少なくとも、お前らに本名を教えてないってことは知ってる。虚構を向ける相手を信じられるのか?」

 

 本名かどうかより、人間性を知っているかどうかの方が大事たとおれも思うが。

 

「尊敬できる大人ですよ!長谷川先生よりも!」

「おいソウやめろ」


 その煽りはまずい。


「本名を知らなきゃ尊敬できないっていうなら!先生は!オレらに!生まれた時の名前を言ってるんっすか!今ここで言えるんすか!」

「ソウ!」


 ハセンの顔から表情が抜けた。

 ソウの荒い息がマイクを通ってそれぞれのディスプレイのスピーカーから響き、無様に輪唱状態になって聞こえる。

 

「先生、ソウは確かに言い過ぎです。あとでしばいときますんで」

「おい萩原。……クラスメートをしばくとか言うなよ。しかも教師の前で」


 ハセンはぎこちなく、だけど笑ったように顔の筋肉を動かした。


「すんません、助走をつけて全力でぼてくりこかすに変更しときます」

「パワーアップしてんじゃん、思い切り!」


 ガクがつっこんでくれて、少し緊張が和らいだ。


「でも、おれらだって、そこまで考えなしじゃありませんから。そうそう無防備に彼と接触してるわけじゃないんです」

「どんな風にだ?」

「そうですね、確かにおれらは彼の名前を教えてもらってません。でも、おれらも彼に名前は教えてません。学校の名前も、現在の基点もです。そのことはおれの行動ログを確認してもらってもかまいません。公表への同意を表明します」

「……そうか」

「それに、彼が、おれらに何か害を及ぼそうとする様子もなかったですし、何かしろとか要求してくることもありませんでした。そのことだけは確かです」

 

 だからといって、ほっといてくれと言ってもハセンが納得してくれるとも思えない。それはわかっちゃいるが。


「あの!オレも行動ログを公開しても構いません。そのかわり、今のやりとりも同じく無条件で公開します」

「ガク」

「お前ら」


 深々と、日本海溝やマリアナ海溝を越えてマントル層にまで到達しそうな溜息をハセンはついた。


「あんまり大人を脅すようなことを言うなよ。まったく」

「……大人が子どもを脅かさなきゃいいだけの話じゃないっすか」


 あた。おれもハセンと同じような表情になっていただろうか。

 

「だからさー、ソウ、お前も喧嘩を売りに行くなっての。まじでしばくぞ?」

「転ばぬ先の杖ってやつだ」

「威張るなよ」

「杖は長老の証だからな、オレらより先生が持つ方が確実に先だと思うけど。軽いんで(あかざ)の杖とかいいらしい」

「ガークー……」

 

 無駄雑学を披露する同級生に、おれはチョップする真似をしてみせた。


「お前も喧嘩を売るなっての。おれが苦労するから」

「喧嘩なんて売ってないけど?」

 

 きょとんとした顔のガクに毒気を抜かれたのだろう。ハセンは頭痛でもこらえるような表情になった。


「……ま、まあ、お前らが節度を持って接してるというのなら、それはたぶん考慮されるだろう。だけど、自分の行動については……よく考えろ。そんじゃ、SHRを終わる」

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