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【完結】highest‘A’  作者: 輪形月
第三章
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消滅集落

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

活湖市にはその名の通り、かつては多くの潟湖があったらしい。

 といっても、潟と湖の区別なんて俺は知らない。なんとなく潟の方が海べりにあるものを指しているような気がするが、それが正しいのかと言われるとちと困る。

 それはともかく、活湖市内の潟湖が干上がることがなかったのは、大きな河が流域を広げていたからだというのは本当のような気がする。河は治水で流域を狭め、後に残ったのは広大な平野だ。

 海を離れて数十㎞は内陸に入っても、ぜんぜん風の強さが変わらないのは、平野がずっと続いているからだろう。

 

 一定期間同じ自治体の管轄地域に滞在する場合、ノマドは滞在場所を不定期に変えるよう推奨されている。

 理由は簡単、ノマドというだけでヘイトクライムの対象になりうるからだ。

 もちろん直接死角から殴られたり、刺されたりするようなかたちで危害を及ぼされることは少ない。今は犯罪を犯したら逃げ切ることは不可能だからだ。防犯カメラだけでなく、ほぼ国民全員が一つは持っているだろうゴーグルディスプレイは、たいてい脈拍や運動量だけでなく脳波などもしっかり記録している。

 攻撃の意図もはっきりと現れるので、証拠はばっちりだ。司法AIの審査結果はあっという間に下るから、即座に犯歴に加算される。

 しかし、どんな感情に囚われているかは知らないが、犯罪に走るヤツはそれなりにいるものだ。襲われるノマドの数だけ。

 

 もちろん、対策をしていないわけではない。

 俺がどんな挑発をされても可能な限り攻撃的にならないように注意を払っているのも、下手な排斥の口実を作らないためでもある。

 どんなに住民登録者の方に問題があっても、『住民登録者ともめ事のあったノマド』には負のイメージがつきまとうものだからだ。

 自治体もヘイトクライム撲滅の努力をしていないわけじゃない。

 臭い物に蓋ではないが、そんな犯罪など発生すればそのぶん自治体の評価は下がり、地域的な経済活動にも影響が及ぶ。人口が激減している現在社会において、人一人の経済的価値は相対的に上昇しているのだから。

 

 そんなわけで、自治体はわりと俺たちノマドの身の安全には神経質だ。

 俺がしばらく滞在していた宿泊施設でも、部屋を一日ごとに変えられていた。地道なリスク軽減努力だ。

 時には別の施設や別のエリアに移ることもある。

 そしてこんな風に、周辺区域や他の自治体に移動する仕事を請け負ったりもする。移動し続けている人間を害するのは難しい。たしか暗殺回避の心得だったか。


 昔の国道の面影が残っているのか、曲がりくねった道を、俺の乗ったトラックの隊列は昔の集落の跡を踏みしめるように進んでいく。

 線路のいらない大量輸送システムといったところか。

 流通は基本完全自動運転のトラックが隊列を組んで構築される。無人であってもまったく問題は起こらない。はずだ。

 あってもなくても困らないような仕事ということで、トラックに乗って移動するだけの監視員としての賃金は驚くほど安い。

 だから副業も認められている。俺も先頭車両で道中動画を撮影しながら来た。


 道中動画というのは、本当に道路の動画でしかないのだが、あまり住民登録者は同一自治体内でも移動をしたがらないという傾向があるせいか、意外と人気の高いジャンルだ。ググレ明日とかいうサービスで世界のいろいろな道を移動した気分になってみようという動きがあったが、視点の高さを固定して、一定速度で移動し続けるだけの動画は、操作が不要だ。ながら視聴により向いているらしい。

 あとでチェックしてから、状態の良い映像を上げておこう。


 道路は限界を超えた消滅集落を辿るように延びている。集落に人がいなくなったとたん、物流の集積地として利用されるのはよくある話だ。

 住宅地を潰した方が、田畑に手を入れずに済むからだ。

 幸運にも、無住になっていても解体されない民家もある。人口が集まっている土地ならば、定住者の基点として使われるのが定番だろう。所有権者不明ってことで自治体の行政財産になっているか、もしくは維持管理費とのバーターでほぼ無料で借り上げられているか。


「おいアンタ」


 カラカサを下ろしていたところに声をかけられたが、俺は無視をした。

 俺が今日自治体から受けた仕事は、隊列トラックに監視員として搭乗、ここまで移動すること。

 完全自動運転は人間の命を最優先としたアルゴリズムによって構築されている。たまさかトラックの前にわざと飛び出して停車させ、積荷を奪う山賊のような連中がいないわけじゃないとは聞く。

 そんな人間に出会ったら命だけは助かることを祈れ、なんて脅かされたこともあったが。

 ……どうやらそういう人間ではないようだが、厄介の種ではあるらしい。


「おい!アンタだよアンタ!聞こえないのかてめえ!」


 怒鳴り声に変わったところで俺は無表情を向けた。

 くたくたのTシャツにやたらとポケットのついたベスト、同じくポケットだらけのカーゴパンツという、いかにもな恰好をした男は鼻白んだように二三歩下がった。俺よりまあ若いだろうか。


「何か用か?」

「あ、ああ。それはここに届けられたもんだろ?」

「知らんな」


 知らないことを聞かれても困る。こっちが受けたのはただの運輸監視業務だ。荷受けがどこの誰かも、荷物の中身が何かも知らない。知って良いことじゃない。

 ここからまた隊列が分岐するのか、それともここで荷下ろしをするのかも俺の知ったこっちゃないのだ。

 だが男は激昂した。


「知らんじゃ困るんだよ知らんじゃ!監督がじりじりしてんだよ!」


 なるほど、ロケか。

 今じゃ企業が配信するたいていの映像作品は、何億かけようがCGメインだ。スタジオ内の撮影だけじゃいやというわがままを言えるのは巨匠といわれるクラスだろう。

 だが、こんなところに来たところで、百何年たった家屋が数軒並んでるところをどう切り取る気なんだか。

 とはいえ、彼らの活動で経済が回るだから、世間的に見れば俺の何千倍も社会に貢献しているということになるのだろう。それを当然と納得するか、鼻で嗤いながらも背中に寒気を感じるかは別物だ。

ともあれ、とっととおさらばした方がよさそうだな。これは。

 俺はカラカサをその場で組み立て始めた。

 カラカサは一人乗り用のドローンだが、いわゆる空飛ぶ車と違って、せいぜいが空飛ぶ電動自転車ってところだろう。外殻もビニール傘レベルのぺらっぺらなもの。推奨高度は地上1m以内というものだ。

 男はしばらく見ていたが、どうやら自分たちと関係のないことだと理解したんだろう、さらにギャンギャンと噛みついてきた。


「ちんたらそんなもん構ってないで、とっとと荷下ろししたらどうだ!この愚図が!」

「おい」


 低い声を出すと男は黙った。


「いいかい、俺はあんたらのスタッフじゃない。顎で使われる筋合いがないってことはわかるか?」


 子どもに言い聞かせるようにゆっくりと話しかけたが、ふてくされた顔の男は黙ったままだ。これならあのサクとかいう彼らと話している方がまだ建設的だな。

 

「あんたの言う通り動くなら契約が必要だということもわかるな?あんたの一存で結べるのか?外部の人間を入れた場合の感染リスクは誰が管理するんだ?」

「……そんな固いこと言わなくても」


 口の中でごにょごにょ言い出したのをほっといて、展開し終わったカラカサと荷物を持った俺は発着場を出た。頭ごなしに命令されてこっちの腹も少しは煮えている。だがこれ以上付き合ってる方が絡まれ損だ。逃げるが勝ちというのは案外正しい。

 田んぼのあぜ道に入るのは私有地侵入ということになる。しかたがないので俺は市道のきわまで移動した。

 

「おい。そこにいたらいつまでたってもトラックは動かないぞ」


 なけなしの親切心で忠告してやる。

 トラックは人間最優先なので、センサの感知範囲内に人間がいると決して動かないようになっている。だが男は動こうとしない。

 どうでもいいやとおれはフットバーに足を合わせた。自動で靴が固定され、傘の柄にあたるところにくっついてるベルトを腰に回す。

 

「シューシ!シューシじゃないのか?!」

「監督?!」


 ……御大か。

 俺は眼を細めて、広い発着場をぜいはあ走ってくるごま塩頭を見た。定住者や俺たちノマドの持つ国境をあっさりと乗り越えて進む、首輪をつけられた選ばれし民は下っ端に目もくれない。

 

「あ、あんたシューシじゃないか?renyou/syu-siの」

「……人違いじゃないですかね?」

 

 靴を固定してしまっては、カラカサを持って逃げるわけにはいかない。ここは大人しく引いてもらうしかない。


「いや、だが。……そうか。すまん」


 さすがは御大。下っ端よりはものわかりがよくて助かった。

 俺は手真似で彼らを追いやると、カラカサのローターを回した。

 設定高度は地上40cm。ちょっと背の高い草に足が触る程度の高さに浮かび、俺は冬枯れの、雪などない黒ずんだ田んぼの上を飛び始めた。


 ……まさか、成人前の、あの頃のことを覚えてるヤツがいるとはな。

 たしかに顔出ししちゃいたが、こんなところで響くとは思わなかった。

カラカサは個人的に欲しい乗り物だったりします。

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