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【第21話】ア・セルフ・イントロダクション



「みなさん、こんにちは。回復プログラムへようこそ。まず言っておきますが、このグループでは、薬物を止めることを強制しません。薬物を使用したからといって、私たちはそれを責めるようなこともしません。でも、最初に一つ約束をしてください。グループには毎週必ず参加することです。このプログラムは、毎週参加することによって、最も大きな効果を発揮します。今日のようにお茶菓子も用意していますので、どうぞ気楽にいらしてくださいね」


 乃坂の言葉は、今までのどの言葉とも違っていた。刑務所の中でも、親にも「クスリを止めろ」と言われ続けてきた。その定型句を聞くたびに、俺は反発し、「俺がクスリをやったってお前らには関係ないだろ」と、クスリを余計やりたくなった。だけれど、ここでは「クスリを使ってもいい」という。コットンの塊に、身を投げ出したような心地がした。


「では、まずはそれぞれ自己紹介をしていただきます。名前と、そうですね……。何か趣味があれば、それも一緒にお願いします。まずは私たちからですね」


 そう言うと、乃坂は首から提げられたネームプレートを両手で、胸元まで掲げた。


「私はファシリテーターの乃坂灯里と言います。趣味は買い物です。最近は秋服がいっぱい出てきているので、どれにしようか、今考えているところです。よろしくお願いします」


「皆さん、こんにちは。コ・ファシリテーターの磐城洋介です。普段はダルクという、自助グループのスタッフをしています。趣味は、山登りですかね。そろそろ夏のシーズンも終わってしまうんですけど、秋は秋で綺麗な紅葉が見られるので楽しみです。よろしくお願いします」


「皆さん、こんにちは。同じくコ・ファシリテーターの綿地光です。今回のプログラムでは主に書記として、参加させていただきます。。趣味は、ギターを弾くことです。皆さん、どうぞリラックスしてプログラムに取り組んでいってください。よろしくお願いします」


 綿地が頭を深く下げる。机の周りで拍手が起こる。綿地は少し恥ずかしそうに顔を上げた。薄い眉が人懐っこい印象を与える。隣では磐城も拍手をしている。手はマメでごつごつしていて、山が多いこの県でも、とりわけ険しい山に登っているのだろうと思わせた。


「では、次は参加者の皆さんですね。えっと、唯一前回も参加していて、雰囲気も分かっている高咲さんから、こう反時計回りにやっていきましょうか。では、高咲さん、お願いします」


 高咲さんと名前を呼ばれた彼女は、椅子を引いて立ち上がった。背筋を伸ばした彼女は、百六十センチメートルほどの背丈よりも大きく見えた。


「皆さん、こんにちは。高咲美弦といいます。妹に勧められて参加したこのプログラムも、今回で二回目になりました。前回も参加しているので、皆さんの中でもし分からないことがあったら、できる限りお力になりたいと思います。趣味は、映画鑑賞ですね。よく意外って言われるんですけど、ホラー映画が特に好きです。こう、わーってなるのが好きですね。よろしくお願いします」


 アナウンサーのように明瞭でよく通る声だった。高咲さんが頭を下げると、一斉に拍手が起こった。刺青男はつまらなさそうに、眼鏡男は小さく、だけれど全員が手を叩いていた。


 高咲さんが座ってしばらくして、刺青男が立ち上がる。椅子は引かれたままで、また辺りを見渡して、唇を噛んでから、喋り始めた。


「熊谷伸太郎。趣味は、バイク。俺は自分の意志だけでもクスリを止められるけど、親がどうしても行けってうっさいから来た。そんだけだ」


 吐き捨てるように出てきた言葉は、やや酒にかすれていた。室内は一瞬、再びの緊張感に包まれたが、高咲さんは、いの一番に拍手をして、


「趣味がバイクということは、山登りが好きな磐城さんと、アウトドア派同士じゃないですか!一緒に遊べますね!」


 と元気に言う。熊谷は高咲さんの活力に押され、思わず磐城の方を見た。磐城は何も言わず頷いていて、熊谷は少し肩をすぼめた。龍の刺青が窮屈そうだった。


「皆さん、こんにちは。六角真佐子です。初めてなのでとても緊張していますが、なるべく自然体で皆さんの話を聞けるように、頑張りたいと思います。趣味は将棋で、好きな棋士は土井竜王です。歩のように一つ一つしか進めない私ですが、皆さんよろしくお願いします」


 六角は身を縮こまらせて、椅子に座った。スールの裾が揺れる。持参したペットボトルの水を、すぐさま口に運ぶ。口から少しこぼれていて、高咲さんが席を立ってまで、水玉模様のハンカチを差し出していた。順番は机を飛び越え反対側へと向かう。眼鏡男は二つ息をしてから、おずおずと立ち上がった。


「皆さん、こんにちは……。ふ、深津と言います……。趣味はありません……。よろしくお願いします……」


 語尾はフェードアウトしてしまって、誰にも聞き取れなかった。一番近くにいた乃坂が「最初は誰でも緊張しますもんね」とフォローを入れる。深津は小さく頷いて、真っすぐ机を見つめていた。誰も話しかけてこないでほしいといった面持ちだった。


 やがて視線が俺に集まる。クスリをやった後ほどではないが、喉が渇く。俺は、手を机につけて、ゆっくりと立ち上がった。


「み、皆さん、こんにちは。弓木峻と言います。初めてですが、お手柔らかにお願いします。え、えっと……。あ、そうですね、趣味ですね趣味。趣味は探し中です。何かお勧めの趣味があったら教えてください。よろしくお願いします」


 後悔した。人前で喋ると早口になってしまうのは、何年経っても変わらない。気持ち悪く思われていないだろうか。侮蔑の眼差しで見られていないだろうか。だけれど、斜め前を筆頭に拍手が聞こえてきたことで、少しだけだが安心する。と同時に、形式的なものではないかという疑念もかなり。


「皆さん自己紹介が終わりましたね。改めてよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 五人が言ったはずなのに、部屋には高咲さんの声しか聞こえなかった。



(続く)

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