正統派勇者様は悪役令嬢しか愛してくれない
サクッと斜め読み程度でどうぞ(^^)
2019/10/12
秋の桜子さまより、美麗なタイトルFAをいただきました。
秋の桜子さま、ありがとうございます。
魔王の国バブエドゥラ王国は、度重なる人間からの襲撃に困り果てていた。
魔物が人間を困らせていたのなんて昔の話なのに、今もまだ「勇者」と名乗る者たちは『魔王を倒してレベルと名声をガン上げし、ハクをつけて王位を嗣ごう』などと企んだりするのである。
しかし魔王は平和主義。血みどろの争いよりは婚姻での解決が望ましい。
というわけで、魔王の3人娘にはそれぞれに、タイプの違う勇者を誘惑して国を守るという使命が課されたのである……!
長女マリーは氷の美貌を誇るS女。潜在的にMっ気のあった勇者ケーサスを見事に誘惑。毎日のように元勇者を鞭でブチブチし素足で踏み付けロウソクを垂らし尻の下に敷くという本人達からすればラブラブの生活を送っている。
次女のサリーは家庭的な雰囲気と優しい表情で、家族愛に飢えていた勇者シュジーテ・ラ・ヤンマーを見事に籠絡。元勇者とともに海の側の家に住み子供も産まれ温かな家庭を築いている。元勇者の現在の職業は漁師だ。
そして、3姉妹の末っ子、銀髪紅眼のリリーもまた。父親の魔王から、命令を下された。
「勇者エドワードを誘惑して、バブエドゥラ王国を守るのだ」
「無理ですっお父様!」
エドワードは人間の国ラウム王国の第一王子。
黒髪黒瞳の端整な顔立ちは凛々しく引き締まっており、ボディは実用向けのしなやかな筋肉でやはり引き締まっており、高身長で頭も良くて思いやり深く義に厚い、もちろん剣の腕は一流という、正に全てを兼ね備えた腹立つ……イヤイヤ、正統派ど真ん中の勇者様なのだ。
しかも正統派王子にはもちろん、完璧な婚約者が付いている。公爵令嬢で白魔術師のサフィアだ。
金髪碧眼で胸はほどほど、すらりとした体躯は常に舞踊のように優雅な動作を繰り出し人を惹きつける、美貌の聖女様である。
「わたくしなんかが、勝てるわけがないじゃないですかぁっ!」
大絶叫するリリーは、小柄だった。顔は可愛いといえなくもないが、美しさより、あどけなさが勝っている。唯一の美点は巨乳であることだが……エドワード王子の好みとは限らない!
思い余って、里帰り中の2人の姉に相談するが、なんと2人ともに「それイケる!」との返事。
姉たちが主張するのはこうだ。
「いいこと。これを人間界で流行っている一般的なストーリーにあてはめるなら」
「その婚約者はどう見ても、悪役令嬢のポジションよ!」
「そしてあなたがヒロインよ、リリー!」
「そのあどけない太陽のような笑顔であなたは、エドワード王子の心を掴み、婚約破棄に持ち込み!」
「悪役令嬢をざまぁするのよ!」
ウンウン、と大きく頷きあう姉たち。
「これだわ!」「これよね!」
姉たちは厳かにリリーに告げる。
「リリー、あなたはただ勇者エドワードのパーティーに潜り込み、可愛らしく振る舞うだけで!」
「焦った悪役令嬢はドンドンとあなたに罠を仕掛けては失敗して墓穴を掘り、王子とあなたの親密度を高めてくれる、というわけよ!」
「加えてあなたには最大の利点、胸がある!」
「そうよ!貧乳好きがナニ?そんなもの、色んなところをそのパイに挟んでユスユスするだけで!」
「消し飛ぶわ!」「消し飛ぶわよね!」
またしてもウンウンと大きく頷く姉2人。
「わかったわ」リリーはついに決意した。
「お姉様方!わたくし、やってみますわ!」
―――こうして、普通の人間(職業:黒魔術士)を装い勇者エドワードのパーティーに潜り込んだリリー。
早速、正統派王子を誘惑しはじめるが―――だがしかし。
(ぽっと頬を染めて羞じらいつつ)
「王子、お背中流しますわ」
「1人でできるから大丈夫だよ」
「そんな。魔物に襲われ、危うく処女膜破られる寸前で助けていただいたご恩、ぜひお返しさせて下さいませ」
王子の脱ぐと意外と広かった背中を流しつつ、わざとよろめくフリをして胸を押し付けるリリー。
「大丈夫かい?」
「すみません、ちょっとのぼせてしまって」
心配そうに覗き込んでくる王子の顔が近い!近すぎる!
(ああ……もうこのまま死んでしまいそうっ)
※魔王の娘の平均寿命は千年くらいです。
「わ、わたくし……エドワード様になら、処女膜を捧げてもかまいませんわっ」
(緊張するけど頑張ってリリー!)
姉に教えられた通りに、顎を少し上げて眼を閉じる。
「リリー!」王子は優しくリリーを抱きしめてくれた。
「のぼせてしまったんだね!すぐに涼しい場所に運ぶよ!」
恥ずかしさで赤く染まっていた顔を勘違いされたようである。
そして翌日。
公爵令嬢サフィアは、羞じらいに頬を染めつつ、しかし喜びに満ちてそっとリリーに打ち明けた。
「わたくしたち、ついに……結ばれましたの!」
「ええっ」
悲痛な思いに打たれて声を上げるリリー。どうしてそんなことに。
「わたくしも驚いたけれど……でも。後悔はしていないわ」
サフィアは清らかな微笑みをその頬に浮かべている。
「前よりもずっとエドワード様が好き。きっと、魔王との決戦でもあの方を助けるわ……命に代えても」
「そ、そう……」
(わたくしだって恥ずかしかったけど頑張ったのにぃっ!どうしてっ!)
唇を噛みしめるリリーであった。
リリーの使命はただ1つ。
魔王との決戦などという事態になる前に、エドワード王子を籠絡し骨抜きにしてしまわなければっ!
(今夜こそ)
リリーはまたしても覚悟を決め、薄絹1枚でエドワード王子の部屋に忍び込む。
「エドワード様……」
「どうしたんだい、リリー」
「恐い夢を見てしまって、眠れませんの」
「可哀想に。まだ、魔物に襲われたトラウマが残っているんだね」
エドワードに優しく頭を撫でてもらい、リリーはうっとりとする。
「お願い……わたくしが眠るまで、抱いていて下さいな」
「ああいいよ……おいで」
エドワードの広い胸に抱きしめられて、リリーはまた……
(うっとりしている場合じゃないわ!)
そう、今夜はパイゆすでエドワードの理性を奪うのである!
胸のユサユサ感がエドワードに伝わるよう、リリーは上半身を動かす。ヘンに思われない程度に少しずつ、慎重に。
だが。
「震えてる?まだ恐いんだね……可哀想に」
エドワードは優しいだけで、断じてケダモノ化などしなかった。
ヨシヨシ、と大きな手が頭を撫でてくれるのが気持ち良くて、リリーはつい眼を閉じ……そのまま眠ってしまった。
夜更け。
ハッとして眼を醒ますと、そこにエドワードの姿はなかった。そして隣のサフィアの部屋から。
いかにもそれらしい声がっ!
耳を塞ぎ、ギュッと眼を閉じるリリー。
(わたくしだって頑張ったのにっ!どうしてサフィア様ばかりっ!)
それはエドワードが男子として健康である以上に、人としてまっとうだからである。さすが正統派勇者。
「ああっサフィア!ボクはもうガマンできないっ!」
「あああっエドワード様っ」
リリーがドンドンと罠をしかけるほど、それに実は踊らされ煽られているエドワードは、婚約者であるサフィアとの仲を深めていくのだった……!
こうして虚しい努力を重ねる中で、いつの間にかエドワードのことが本当に好きになってしまっていたリリー。そんなリリーを横目に、ますます仲睦まじいエドワードとサフィア。
ある日リリーは気付いてしまう。
「もしエドワード様が、サフィア様を捨ててわたくしを選んだとしたら……そんなエドワード様を、わたくしは好きかしら?」
答えはNoであった。
リリーがエドワード王子を好きなのは、顔とか匂いとか……も、けっこうある。けど、リリーに優しいから、などではない。
リリーがエドワード王子を好きなのは、誘惑に負けず、ずっと1人の婚約者を大切にするような人、だからだ。
(わたくしが使命を果たした時……わたくの恋は終わってしまうんだわ)
エドワード王子がリリーを愛さなければ、きっとバブエドゥラ王国は襲撃されてしまう。父と、国民の命が危険にさらされる。
でも、サフィアを捨ててリリーを愛するようなエドワード王子は、もうリリーが好きな正統派ど真ん中の勇者様じゃないのだ―――
それからまた数ヵ月が過ぎ、バブエドゥラ王国を目前にした勇者エドワード王子は、ある日パーティーメンバーの前で意気揚々と告げた。
「さぁみんな!これから先は、いよいよ敵の本陣だ!」
「「「おおおっ!」」」
「敵は手強いはずだ!心してかからねば、勝てないだろう!だから、さぁ、ボクと一緒に……」
盛り上がる仲間たちの中で、リリーはただ1人うつむき唇をかみしめていた。
エドワード王子の黒い瞳が決意を込めてランランと輝く。
その瞳を閉じ、彼は大きく息を吸ってからまた見開いた。
刀身に紋様の施された勇者の剣を勢い良く天に突き上げれば、刃が白くギラリと輝く……。
エドワード王子は、意気揚々と告げた。
「解散!」
「「「はぁぁぁ!?」」」
全員が、ずっこけた。
その後。ワケのわからないままに勇者のパーティーは解散され、リリーはエドワード、サフィアと共にのんびりお茶など楽しんでいる。
「いやぁ実は、ボクとサフィアの愛の結晶が」
「もうやめてっエドワード様。恥ずかしいわっ」
頬をほんのりと染めうつむくサフィアは、誰よりも美しく可愛らしかった。
そして、そんなサフィアを見守るエドワード王子の顔は、デレデレとだらしなく崩壊しまくっており、イケメン台無しであった。
でもやっぱり、リリーはそんな王子をカッコイイと思ってしまう。
「たとえ王位を嗣げなくなったとしても、ボクはボクの大切な人たちを守るんだ……!」
キッパリと言い切り実行する、その強さ。
この人なら、分かってくれないだろうか。リリーの父、すなわち魔王が平和主義者だってことを。
そして、人間と魔物の共存を、本気で考えてくれたりしないだろうか。
これまでどんな人間も、リリーが魔王の娘とわかった途端に攻撃対象とみなしてきた。
でも、この人は違うかもしれない。
違っていてほしい。
リリーが、好きになった人だから。
お茶を飲み干し、願いを込めて、リリーは口を開いた。
「実は……」
©️秋の桜子
真面目に悪役令嬢ものを書いてみたいとプロットを練る練習をしていたら、こんな話になりました(爆)




